A secret novel place | ナノ
冬から春へ(4)


「ひゅー、生き返るぅ〜」
 湯船にばたーんと仰向けにのさばりながら、虎徹がはーっと天井に向かって息を吐き出す。
バーナビーはその時髪の毛を泡立てていた。
「お湯どんどん使って。寒いだろバニー」
「大丈夫です。なんだろう、虎徹さんて意外と寒がりですよね」
「お前ら欧米人の感覚が変なの〜」
「虎徹さんだって別に日本人って訳じゃないじゃないですか」
「いや俺は絶対白人っちゅーのは寒さに鈍感だと思う」
「・・・・・・イヌイットなんかどうするんですか」
「イヌイットは別に真冬に裸で泳いだりしねぇだろうが」
「アイススイミングは身体にいいって言いますよ」
「白人限定だ、俺は死ぬ」
 ふーんとバーナビーは言った。
シャンプーを洗い流す。
それから湯気で曇った鏡に顔をぐっと近づけてじっと自分の髪の先を見る。
枝毛があるような気がする。
「安モンのシャンプーで悪いな」
「はあ」
 別にシャンプーのせいで枝毛になったりしませんけどねとバーナビーが呟く。虎徹だって近所のドラッグストアで購入しているのだろうがそんな粗悪品なわけがない。一日や二日メーカー違ったぐらいでそこまで急激に痛んだりしないわけで、どっちかっていうと今日の湾岸ダイブの方が髪には悪かったと思う。
「塩水は痛みますねえ、やっぱり。あと湾岸部の海水ってそれだけじゃなくて排水やら油やらで汚いですし」
「その服を乾かすだけで済まそうとするとか、バニーは潔癖なんだかそーじゃないんだか俺には解らん」
「このジャケットとブーツはともかく、今日着てたのはもう捨てちゃおうと思ってたんです」
「だったらやっぱり乾かすんじゃなくてそのまま全部脱いで風呂だろうよ」
「まずは温まるのが先かなって」
「やっぱり理解できん」
「そうですか」
 はい、どいてどいて場所あけてーとバーナビーが湯船に足を突っ込んできたので虎徹は少し避けた。
虎徹とは反対、足の方の縁に頭を預けて、足はどかっと虎徹の頭の横に投げ出す。ちょっと虎徹がめんどくさそうにその足から顔を背けるのを見てバーナビーがくすくすと笑った。
「虎徹さんちの風呂狭くて」
「これでもホームセンターで一番大きな浴槽買ってきたんだぞ」
 お前んちみたいにオーダーメイドに出来るか、そんな金なーいのと言う。
バーナビーはいいえとまた笑った。
「このレトロな感じ割合好きですよ。昔ちょっと憧れたんですよ。でっかい倉庫を購入して、ほらガレージみたいなやつ。そこを適当にパーテーションで区切って、バスタブの近くにベッドがあって、そういうちょっと荒んだ感じの――ロマン主義っていうんですかね?」
「俺はお前の説明でカルト主義しか思い浮かばなかったけど」
「――神秘主義?」
 まーなんでもいいや、でもなんとなく解るというのでバーナビーは満足した。
それから自分の顔の横に投げ出されている足を繁々と眺める。
爪の手入れが適当だ、かさかさしてて、あまりクリームなど塗った事がないのだろう。でも日系人の肌は欧米人のそれより劣化が遅い。小麦色の肌をしている虎徹の足の裏はそこだけ薄いピンク色でつるんとしていた。真ん中にぽつんとほくろがある。
いきなりバーナビーが左足首をむんずと掴んだので、それまでバスタブに両腕を預けてくつろいでいた虎徹が湯船に沈みそうになった。
「なにすんだバニー!」と文句を言うと、「今日足の手入れをしてあげましょうか」とバーナビーに言われて目を丸くする。
「・・・・・・やだよ、いいよ」
「遠慮せずに」
「やだよ、お前のそれ時間かかんだもん」
「いいじゃないですか、少しぐらい」
「やだ」
「じゃ、虎徹さんは寝てていいですよ、僕がやっときますから」
「お前が寝る時間なくなるじゃん、それだと」
「えっ」
 バーナビーはまじまじと虎徹を見た。
「あの、それはもしかして初めての虎徹さんからのお誘いだって解釈していいんでしょうか」
「ばっ・・・・・・」
 ――カヤロー と続く言葉を口の中でもごもご言って、虎徹が真っ赤になってそっぽを向く。バーナビーはぱっと虎徹の足首を離して虎徹のほうへ寄っていった。顔を近づけながら、その頬の辺りに聞く。
「ずっと僕、虎徹さんってあんまり興味ないんだと思ってました。僕とやってるのも惰性で、僕がやりたい時でまあいいやって思った時にたまに付き合ってくれるようなもんで。今日みたいなイレギュラーあったらそれだけで気が削げちゃうもんなんだと」
「・・・・・・」
「終わったら直ぐ寝ちゃうし、虎徹さん自身はイかなくてもやっぱ寝ちゃうし、丁寧にほぐそうとするとイヤがるし、かといって毎回一回じゃ僕満足できないし・・・・・・。中間とって出来るだけ負担かけないようにって思ってたけど、罪悪感すごくて。虎徹さんはこんなの迷惑で、ずっといつも早く終わらせたいんだろうなって思ってました」
「・・・・・・少なくとも、そんなにイヤだったらちゃんと言ってるよ。つーか、その後があった時点で同意じゃん。なんで俺、いつもヤなのに流されて付き合ってやってるみたいな解釈になってんだよ」
「だって虎徹さん、絶対自分からやりたいっていわないじゃないですか」
「やだよ、恥ずかしいもん」
「なんで?!」
「だって俺、ポジション的に突っ込まれる方ばっかじゃんか。そういうのはその・・・・・・恥ずかしいもんなんだよ。よくわかんないけど」
「なんでそこだけ乙女かな」
「お前がそういう風にしてんだろ?!」
 俺のせいじゃねえよ馬鹿ヤロー。誰がこういう風にしたんだよ、お前だろ、責任とれ! と虎徹が喚くのでバーナビーはついに笑い出した。
「俺は男だぞ、変に女扱いしてるのはてめーじゃねえか」
「そういうつもりはなかったんですが、困ったな」
「自覚ないのかよ、最低だな」
「解りました。じゃあ時間短縮ではなく思う存分」
「俺だって手加減しねえからな」
「じゃ今から」
 えっ、と虎徹が言った。
「マジで? 処理するところからかよ」
「トイレでするのもここでするのも変わらないでしょう?」
「じゃなくてお前がそこにいるってことは見てるって事だろうが」
「当然」
 大違いだと虎徹は喚いたが、バーナビーはそっと喚く虎徹の唇に自分の人差し指を当てた。
「勿論優しく、でも行為は激しく」
「なんじゃそりゃ」
「要するに虎徹さんが求めてるのは、セックスじゃなくてファックでしょ」
 絶句する虎徹にあくまで優しくバーナビーは言った。

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