A secret novel place | ナノ
冬から春へ(2)



 年始明けの休み。
それまで二軍で全力でこき使われていたのもあって、二人は数える程しか家に帰っていない。ちなみに4日以降は虎徹が自分の家に帰っていなかった。
年末の分を取り返すように二人はバーナビーのマンションの方に帰宅していたからだ。正確にはバーナビーが虎徹を手放したくなくて、ついでに言うと盛っていたのでアポロンメディアから近い方に戻ってやる事をやっていたのである。
 なし崩しにまた関係してしまった。バーナビーは虎徹からもうはっきりとした答えを聞き出すのは諦めていた。あまり意味がないことだと虎徹は思っているに違いないと。
さすがに休みはオリエンタルタウンに帰るのかと思った。これを留めておくのは難しいだろうと思ったら、二軍は年始明けの期間での休暇はシュテルンビルト待機が基本なのだと虎徹に教えられた。じゃあどうするのかと少し寂しく思う。
折角の5日の休日を自分はどう過ごせばいいのだろう。虎徹はいつもの通り何も言わないだろうとバーナビーは思っていた。だがこの日、家に帰ると虎徹が言った日、「折角の休みだから、イーストリバーから出てる遊覧船に乗らないか」と誘われてびっくりした。
「遊覧船・・・・・・」
「そんな長い距離じゃない。ヘリオスエナジーの下んとこ、あそこから、ちょっと下ったところまで往復してるのがあるんだよ。最近知ったんだけど」
「ブロンズステージの?」
「俺んちまで高速バスでてる。一本で行けるんだ」
「じゃ、その今夜は虎徹さんの家にその・・・・・・」
「泊まる? 別にいいぜ、用事もないし。腐るもんなんも俺も家においてないと思うんだ、以前懲りたからさ。でも多少整理はしないとな」
「あの、嬉しいです」
「? そうか? お前船が好きとか」
「別に船が好きなわけじゃ」
 なんかずれてるなあとバーナビーが嘆息する。虎徹は本当にこういう会話、わざとじゃなくて本気で言っているのだろうか。本心から述べた言葉もここまで届かないと少し寂しくなる。
 それでも。
やっぱり嬉しかった。
虎徹が自分を気にかけてくれていること。そして自分と一緒に過ごそうと考えてくれていることが。
いそいそと二人で出かけた。虎徹もだがバーナビーも顔を知られている。大抵のシュテルンビルト市民はプライベートヒーローに手出しをしてきたりはしないのだが極稀に撮影されたり付回されたりすることがある為バーナビーは多少変装していくことにした。既虎徹も以前トレードマークのように被っていた帽子をやめて、髪の毛も短く切り後ろに流すようになった。服も警察関係者のようなサスペンダーのものに取り替えている。それもこれもワイルドタイガーよりも鏑木・T・虎徹が有名になっちまったからだとぼやいていたが、バーナビー自身はいつもの事だったので虎徹の嘆きが良く判らない。正体を隠してこそのヒーローだという感覚がそもそもないからだ。
なんにしても午前中、ヘリオスエナジーのカフェテラスでのんびりとし、遊覧船搭乗チケットを買う。
結構な人気のようで午後四時からの便しか取れなかった。これは遊園地のアトラクションのような位置づけの乗り物であるらしいと途中でバーナビーも気づいた。
観光スポットでもあるらしく、観光客がそここで見受けられ、ツアーにも組み込まれているのか団体客が群れを成していた。それにもましてカップル連れが多い。
ゲイカップルも相当数居た。自分たちもそう見られているのだろうか、観られているのだとしたらほんのちょっと嬉しいなと思う。「これは誤解されますかね?」とバーナビーが返事に少し期待しながら聞くと、自分には区別がつかないと虎徹は言う。まあそうだろうなと思った。
 この遊覧船の動力はなんと水だという。
「昔からあったみたいだぞこの技術は。ワンダーランドの敷地内にあった遊覧船が20分ぐらいで人工湖を一周するんだけどさ、水が動力って聞いたことがある」
 遊覧船に乗り込んでぶるっと身を震わす。
シュテルンビルトは極寒の地だ。湾岸沿いや河川沿いでは吹き抜ける風の影響もあって、マイナス20度などざらなのだ。ちらちらと舞い散る雪、半分凍ってシャーベットみたいになった河川にどんよりと曇った空だが、新年用にライトアップされたシュテルンビルトが美しい。雪に滲むような七色の光が氷に雪に反射してみな息をするのも忘れて景色に見入っている。虎徹とバーナビーも例外ではなかった。
「綺麗だなあ」と虎徹が言う。
「綺麗ですねえ」とバーナビーも言った。
虎徹がすっぽりと被っている毛糸の帽子がなんだか可愛らしい。なんとなく楓が作ったか見立てたものだと察しがついた。
そんな風に景色に見入っていて、寒いからなんかコーヒーでも買ってこない? と虎徹がバーナビーに聞いた直後。
「誰か捕まえて〜!」という女性の悲鳴に二人同時に振返った。
 誰かのハンドバックをひったくった男がこちらの方にかけてくる。
遊覧船でひったくりなんて捕まえてくれっていうようなもんじゃないのかと思っていたら、その男が発光するのが見えた。N.E.X.T.だ。飛ぶ方か? 跳ぶ(瞬間移動系)方か? それとも別の力か? とバーナビーが逡巡している間に虎徹がその犯人の前に足を突き出した。
足にひっかけられてばたーっと倒れ伏す犯人に虎徹が圧し掛かる。
ちょ、虎徹さんどうして何の能力か判らないのにそういう・・・・・・と思いかけてぎょっとする。
虎徹ごとその男が空中に浮いたからだ。
 このN.E.X.T.、「飛ぶ」系だった。つまりスカイハイ系列、ネイチャーズだと思い当たり、バーナビーは浮かんだ虎徹の足をひっつかむ。
だが意外に強い力で浮き上がっていくのでバーナビーは叫んだ。
「虎徹さん! ワイヤー!」
 あっ、忘れてた! と虎徹がワイヤーを射出しようとした瞬間、観念したのかなんなのか、N.E.X.T.は突然力を切った。
まさかそういう方向に行くとは考えもせず、ふわふわと遊覧船から湾岸にむかって漂い出していた三人はそのまま落下した。
下は海とも川ともつかない灰色の水で、だばじゃーんという盛大な水音を発てて三人とも水中へ。
観ていた観光客やら乗員やら全員が仰天したが、それから数秒もしないうちに遊覧船のマストに向かってワイヤーが射出される。
「どっこいしょお!」という凄い気合の入った声が聞こえて、甲板の上に虎徹とバーナビーとひったくり犯が同時に投げ出されてきた。
 げっはーという凄い声と共に盛大に咳き込みながら虎徹が「寒い!」と怒鳴る。
バーナビーは無言で犯人を甲板に押し付けると問答無用で膝を胸に突き込んで昏倒させる。そこにロープのようなものをもってきてくれた船員がいるので礼をいって男を簀巻きにするとマストにくくりつけてしまった。
あとはその男がひったくったハンドバックを、おずおずとよってきた女性ににっこりと笑いながら手渡したところで、バーナビーと虎徹は心中「ああ・・・・・・」と思うのだ。
 タイガー&バーナビーだ。
誰かがそう呟く。
バーナビーは「ポイントになりませんしね」と小さく囁くように虎徹に言う。
「ああ」と虎徹も頷いた。
それから虎徹は「どうも〜」といつもの調子で乗員たちに笑いかけ、バーナビーも愛想よく手を振りながら、その癖二人同時に発動する。
 二人は呆気にとられた人々を置いて、ハンドレットパワーで天空高く舞い上がった。

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