バンパイヤ | ナノ
バンパイヤ Prologue


Prologue



 満月だ。
血が滾る、抑えが利かない。
近頃自分の飼い主となったバーナビーに、厳しくシュテルンビルトから出るなと言われていたが、とても無理だと虎徹は思った。
脈動する四肢が、肉体が、身体を巡る血潮がさんざめき、内側から溢れ出る喜びを抑えられない。
 俺は自由だ!
畜生、自由だ。 そして獣だ。
紛れもない、俺はただの一頭の狼だ。
 獣に倫理観なんてものはないし、制限も禁忌もない。
あるのは、全力で駆けていきたいという肉体の欲求と、吼えたいという衝動だ。
細部まで管理された清潔で狭苦しい箱庭の中で、そんなこと出来やしない。
だから虎徹はシュテルンビルトの外壁を飛び越えて、一路島から飛び出した。
シュテルンビルトは東海岸圏にある、最も広大で美しい湖シュプリングフルートに浮かぶ、島の上に築かれた巨大三層都市国家で、周りを深い森林に囲まれている。
東海岸圏から46年前に独立したばかりだったが、自然と近代科学都市が見事に調和しており、小さいながら良く発展した豊かな国として知られていた。
自然保護区の中央に存在しているということもあり、湖を取り囲む深い森に手を加えることは許されておらず、島から延びる桟橋だけがこの国と外界を繋ぐ手段だ。
 その桟橋を、キラキラと銀色に輝く不思議な毛皮をした狼が、猛烈なスピードで駆け抜けていく。
季節はもう春なので、息は白くならず、自分の呼吸音だけが耳についた。
 美しい。
脅威の透明度を誇るシュプリングフルート、まるでシュテルンビルトは童話に出てくる城のよう。 世界は鏡のような湖面に反転して映し出され、濃い藍色をした煌々と輝く月夜に静止して佇んでいた。
 まるで名画だ。
風一つない、張り詰めた空間に、蜃気楼のようにそれは在る。
 蜃(シン)・・・・・・。
金色の瞳の狼は、一瞬その瞳を翳らせた。
 このまま逃げてしまおうか?
このまま帰らず、シュテルンビルトから去ってしまおうか。
森林を越えて別の国へ行ってみようか。
 そうしたら逃れられるだろうか? この馬鹿げた連鎖から、呪われた一族の運命から。 そして自分の性から。
いや。
 獣には獣なりのプライドがある。
ヒトには理解出来ないだろうが、自分は誇り高いナハトヴァ(夜啼き一族)の正統なる末裔なのだ。
ヒトに媚びることはこの身体を巡る血に賭けて絶対無いことだが、受けた恩を忘れるのは畜生にも劣る。媚びるのとは違う。
ナハトヴァは受けた恩は必ず返す。 それが遥か昔から、我々一族に定められた掟なのだから。
シュテルンビルトを背に伸びやかに走り、岩肌を駆け上りやがて山の頂上に辿りついた美しい狼は、月に向かって長々と吼えた。



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