バンパイヤ | ナノ
バンパイヤ 4.人狼風景(1)


4.人狼風景

 虎徹が錘を眺めている。
じっと見てるなーとバーナビーは新聞を読みながらちらりと思った。
それは部屋の片隅にインテリアとして置いてある 衝突球アイアン と呼ばれる教材用玩具で、以前小学校にヒーロー業務の一環として訪れた時に、学校側からバーナビーへプレゼントされたものだった。
 きっちり正座をして、時折小首を傾げながら、延々とその物理学的オブジェが衝突する様を眺めている。
何か遊具を買ってきた方がいいかも知れない。
 バーナビーは新聞を捲りながら考える。
バーナビーの家は自分でも思うのだがかなり殺風景で、殆ど何も置いていない。
虎徹を手元に置いて判ったのだが、虎徹はやはり半分は犬・・・じゃなくて狼で、ヒトの姿をしていてもいつでも遊びに飢えているようなところがあるのだ。
発散させないとストレス溜まるんだろうなと思う。 しかし、どうやって発散させていいのかが全く判らない。
 ヒトであることも勿論、テレビも観るし、新聞だって読む。
渡せばこの前は普通に小説も読んでいた。 漫画を読んで馬鹿笑いしていた事もあったから、ヒトの娯楽も楽しめるのだろう。
聞けば、それなりに学もあるようで、ヒトとしての基本的な教育は受けているようだ。
勿論、極東圏の島である、神秘の国日本、それもド田舎出身であるわけだから、このシュテルンビルトでの上流社交界のことなんか知るわけが無い。
別にこれは、虎徹に限らず同じような出自であれば、誰でもそうなので奇妙でも何でもないのだが、虎徹の場合それにプラスして、芯に狼の特性を残しているのが問題なのだ。
 反対に考えれば、狼であっても何処と無くヒトの特性を残しているということで、事実完全獣化してしまうと、口の構造が変ってしまってヒトの言葉を話すことは出来なくなってしまうのだが、ヒトの言葉は全て理解出来ているのだ。
 ヒトの頭脳を持った野生の獣。
そういう感じ? と思ったところで、虎徹がぱしっと 衝突球アイアンに手を出した。
 ばらばらになる鉄球。
それを、綺麗に手で整えて、再びかっちんかっちんかっちんかっちん・・・。
「・・・・・・・・・」
 ぱしっ、カチカチ、かっちんかっちんかっちんかっちん。
バーナビーはため息をついて新聞を折りたたみ、リクライニングチェアから立ち上がると、虎徹の背後へといき、そのうっとおしい衝突球アイアンを手で揃えて動きを止めてしまった。
「バニー?」
「なんかもう、哀れで」
「?」
 金色の目で自分を見上げてくる虎徹の頭を、バーナビーは困ったようにぐりぐりと撫でた。
「何か遊ぶものでも買ってきましょう。 なんだか観てて可哀想なんですよ」
「俺は可哀想なのか」
 うーんと、何故か考え込む虎徹。
「別に俺は可哀想じゃないぞ」
「なんか手持ちぶたさ過ぎて、貴方が気の毒なんです」
「つーかさー、俺、走りたいんだけど」
 虎徹は伸びをして立ち上がった。
今日は特にパーティー等の予定がなく、バーナビー曰く休暇日らしいので二人で家でのんびりしていたのだ。
バーナビーの見立てで、センスのいい、モスグリーンのベストと、細身に良く似合う身体にフィットしたスラックスを身につけていた。
「身体がなまっちまう。 どっかで全力で走りたい・・・」
「残念ですけど、それはちょっと許可できそうにないです」
 別に変身する気ないよ。 満月じゃないと狼に転変出来ないし。 でもさあと虎徹がしゅんとうな垂れる。
「なんかこう身体動かす場所ないの? この姿でも走りたい」
 バーナビーは全力で疾走する、虎徹の姿を思い浮かべてふきだした。
「むしろそれ、ヒトの姿で全力疾走してるところを見られたら、明らかに怪談の類ですよ。 絶対通報されるので駄目」
 へにょへにょーと虎徹が床に倒れこんだ。
そのまま腹ばいになってがっかり、と言うように顔を床にくっつける。
「つまんない、よぅ」
「じゃあまあ、買出しに行きますか。 今思いついたんですけど」
 バーナビーは虎徹の身体を右足で突付きながら言った。
「友人が犬を飼ってるんです。 ジョンっていうんですけど、ゴールデンレトリバーで。 あの犬、確か狩猟犬だったと思うんですよ。 犬はどういう遊具を好むのか聞けばいいかなって」
「バニー、俺、犬じゃねーぞ?」
「僕だって、バニーじゃありません」
 ちえーっと虎徹が床で転げた。
「走りたい、狩りに行きたい、美味しいものが食べたい〜」
「いつも食べさせてるじゃないですか」
 何言ってるんだとバーナビーは言った。
「昨日だって、分厚いステーキをぺろりと平らげてたじゃないですか。 あの店は持ち帰りなんか滅多に出来ないんですよ」
 かといって、現段階まだ完全にテーブルマナーを取得していないので、店で食事をするのは大変危険なのだ。
下手をすると追い出されてしまうし、それでなくても、虎徹はちょっとでも気が緩むと簡単に半獣化してしまう。
 食事時は特に危険で、大抵耳と尻尾が出た。
そうでなくても、瞳が獣のそれになり、不自然に光を乱反射するようになるのでこれまた危険だった。
「あんなの肉じゃねーもん」
 虎徹が拗ねたように言った。
「あんなん肉じゃない。 大体血が全然ない、なんだか色々味がついてるし」
「どういう・・・」
 目の前で虎徹の瞳がきらりと光った。
琥珀色をしたヒトの瞳が、獣のそれへと変化していく。
その様は流るように淀みなくとても美しい。
 狼の瞳になった虎徹は、金色の瞳を瞬かせながら、バーナビーを床から見上げてにやりと笑った。
「血が熱いんだ。 口の中で弾ける、噛んだときの感触が違う。 ぶちぶちって筋肉が千切れて、じゅわっと広がるんだ。 血の匂いはヒトには気味悪いものかも知れないけれど、獣にとっては甘露に等しい。 命を食むってそういうことだろ、食べるって明日を生きるってことだ。 奪った命の分だけ俺は生きなきゃ行けない。 獣ならみんな知ってる」
「・・・・・・」
バーナビーはこの瞳は美しいなと心から賞賛しながら、それでもぱこんと虎徹の頭を軽く叩いた。
「はい、目を直して。 買い物に行きましょう。 はい、立って、窮屈かも知れませんが、ちゃんと靴を履いて」
 暫く小首を傾げていた虎徹の瞳がヒトのそれに戻り、彼は立ち上がりながらはーいと素直に答えた。



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