Call me 東経180度線のタクティクス (8) 『シュテルンビルトハリケーン吹き荒れる。またまた求婚者を一刀両断。シュテルンビルトに舞う悲鳴、一体彼らを射止めるのは誰?』 シュテルンビルトゴシップスに昼間の騒ぎが既に載っていた。 デジタルスクリーン一杯に、『一体何人までなら許されるの?』『司法局はだんまりを決め込む』などと流れていて、誰だか判らないレポーターが、『二人が結婚する事についてどう思いますか?』と市民にアンケートをとっていた。 虎太郎はぶしっとデジタルスクリーンの電源を落としてそれをぽいとベッド脇のブックスタンドに投げ捨てた。 乱暴な動作だったがどうにかブックスタンドがスクリーンを受け止めてひっかかっている。先日壊してしまったスクリーンの代わりに司法局が新しく支給してくれたものだが、以前のと比べて旧型で、投げても壊れないようにソフトプラスチック製になっていた。最初からこのタイプを支給してくれれば良かったのにとWが思っていたのは内緒だ。 「よけーな世話だ」 「全くですね・・・・・・」 Wも頷く。 虎太郎とWはダブルベッドに二人して納まっていた。二人に宛がわれた部屋はシュテルンビルト高官用となっているのだが独身寮の分類で、ベッドが一つしかない。 一つでも問題ないと言われて案内されたが確かにダブルベッドなので寝るには問題なかったが、暫し二人はベッドルームの前で絶句したものだ。 結局二人は何もしてないのだが、Wは正直ベッドルームを最初に見たときに内心卒倒しそうになっていた。これはどういうことなのか。司法局は自分と虎太郎に今すぐヤレと言っているのだろうか、そういうことになってもいいんだぞ、ということなんだろうかとぐるぐる考えて、その後思い当たった。 もし、そういう関係になったのなら、その事実婚だけでいいじゃないか――実際シュテルンビルトに限らず世界ではみなその傾向があってそれで上手く回ってるんだから――と説得するに違いないと何故か気づいてしまったのだった。 勿論虎太郎はWに手を出したりしなかった。 結婚するまでそもそも二人で暮らすことすら出来ない、結婚というのは神聖なもので、大切な約束なんだとそう教育されて育った虎太郎にしてみたら、据え膳に手を出すなんてプライドからして許されないのだろう。そして虎太郎はWがそう思っているように事実愛情深い。更に家族思いで、自分に連なる者をとても大切にする。能力的に敬遠されることはあっても完全に除外されず多くの人が彼を取り巻いている。憎めないのだ。そういった魅力が虎太郎にはあって、多分Wもそんな虎太郎の部分をとても愛していた。 だがしかし、内情はどうであろうとシュテルンビルトではもうこの二人が司法局に守られていて今同棲していることがもろばれていた。ついでに言うなら虎太郎の父親である友則にも当然報道機関が押しかけており、友則も虎太郎と良く似た性格だったものだから、「あの二人には結婚を許可した。許可した限りは俺は応援する。撤回はしない」とこれまたシュテルンビルトタイムスのインタビューに思い切り答えてしまっていて、二人が血縁関係者によって正式に婚約していることも知られてしまっている。この時代血縁関係者、特に一親等である親の意見はダイレクトに子供に反映する。多分友則さんのところにも、大勢押しかけてるんだろうなあとWは思い当たってしまい今更のように蒼褪めたりしていた。 なんにしてもギクシャクしていたのは数日で今では二人とも仲良くベッドに入る。 それから互いに少し触れたり、腕枕や気が向けば二人とも抱き合って眠ったりはするけれど至って健全に過ごすようになっていた。 別に何もしなくても誰かと一緒に寝るのは存外気持ちいい。それが好きな相手なら更に嬉しい。ちょっと喧嘩したり体調が悪かったりすれば、ベッドの中で適度に距離を取れば済むことだ。 「司法局からなんでか日本語のニュースも届いてるんだけどよ、これは俺に対する嫌味なのか。それともなんかの牽制なのかね」 「何が? メールで?」 「なんかさ、トーキョーでも記事になったみたい。この調子でいくともう世界中に配信されちまってる可能性があるんだよな。さすがに本名とかは載ってねえけど、シュテルンビルト台風って俺のことだよな?」 「・・・・・・」 Wはどれどれと虎太郎が投げ捨てたデジタルスクリーンを寄越すようにいう。 虎太郎はちょっと嫌そうな顔をしたけれど何も言わずにブックスタンドにひっかかっていたそれを起き上がって掴み取るとWに渡した。 「日本? トーキョーシティ?」 「言っとくけど日本語の記事だぞ」 多分なんとか読めますとWが検索する。 するとそこに現れたのは一ヶ月ぐらい前のシュテルンビルトタイムスの記事が和訳されたものだと判った。 「ははーん、転載ですね。随分前に貴方が求婚者を纏めて3人ぐらい病院送りにしたときのやつです」 「ふふん」 そりゃーいいやと虎太郎は呟く。 Wはざっと記事に目を通し、台風というのはサイクロンの事なのかと頷いていた。 「サイクロン?」 虎太郎が小首を傾げる。ハリケーンではなくて? と聞くのでWはぱっと顔を上げる。 虎太郎がなんだか判らなくなってきたと首を捻るので「何か気になりました?」と聞くのだ。 「台風とハリケーンって違うのか? 同じものだと思っていたけど」 「違うといえば違いますが概ね一緒かなあ」 Wは少し考えを纏めた後、虎太郎に説明を始めた。 「北西太平洋やアジア圏で発生したものをタイフーンと呼びます。シュテルンビルトを含めて北中大陸圏で発生したものを、概ねハリケーンと呼んでいるんです。そしてそのほかの地域で発生したものをサイクロンと定義しているようです」 「へえ、成る程ね。じゃ東アジア圏、日本なんかでは台風って呼んでるのはその当て字なのか」 「台風については諸説ありますが、決着はついてないようです。まあとにかくトロピカル・サイクロン(熱帯低気圧)というのが全体の名称でこれは主に暖かい空気で構成されているのですが、その中の一つがエクストラトロピカル・サイクロン。これは暖かい空気と冷たい空気が接している状態で発生したものです。つまりタイフーンとは北半球の東経100度から東経180度に位置するトロピカル・サイクロンの事を言うんです。対してハリケーンとは、北半球の東経180度より東、南半球の東経180度より東に位置するトロピカル・サイクロンの事なんですね」 「お前いろんなことを良く知ってるなあ」 虎太郎がへーっと本気で感心したようにいい、それから何かに気づいたようにあれっと呟いた。 「じゃあさ、最初東経180度内で発生してさ、その後移動して北中大陸圏に台風入ってきたらどうなんのよ?」 その疑問にWは微笑んで頷いた。 「そうです、貴方は賢い。その疑問の通りですよ。その場合はタイフーンではなくハリケーンと呼ばれるようになるんです。逆もまたしかり。東経180度に達して北西太平洋に入った場合、それ以後はタイフーンと呼ばれることになります」 そういうことは滅多にないんですけど、まあ稀にはあるようですね。きちんと調べてみた事がないんで実際の頻度はわからないですけど。 「まー要するに台風は名前が変わろうが何しようが位置がどうだろうが台風ってことだよな」 「まあそうですね・・・・・・」 「フォースさあ」 虎太郎はWから視線を逸らし、ため息をついていった。 「俺がさ、これからどんな事しても俺がお前を愛してる、大好きだっていうのだけは疑わないで欲しい」 「当たり前じゃないですか、――どうして」 聞きかけてああ、とWも自分のほつれ毛を撫で付けた。 「政府から強制されたら僕らがどうこう言ってもどうにもならないですしね・・・・・・」 「なんつーの、あれ・・・・・・子種だけ毎月提出するとかでアレ・・・・・・、誰でもそれを好きに使っていい、それで子供産んでいいっていうアレ。あれにサインするっつーか承諾すれば俺はお前と結婚できるのかもしんねーけどさ、それってどうなのよ・・・・・・俺いやだよ。やだぁ――」 「・・・・・・」 僕だって嫌ですよというのは声にしなくてもわかっているだろう。なので布団に頭を埋めてしまった虎太郎を肩からやんわりと同意の代わりに抱くのだ。 「だからさ、俺――」 「大丈夫、タイフーンでもハリケーンでも貴方は貴方だ。信じてます」 「どんな場所にいても、俺の立ち位置がどうでも、お前が何処に行っても信じてる。だからお前も俺を信じてくれよな」 「当たり前じゃないですか」 「多少乱暴なのも許してくれ」 「それはちょっと」 「ダメ?」 「うーん」 Wは苦笑した。 「乱暴なところも短気なところも考えなしで突っ走っちゃうところもなにもかも全部好きですから」 虎太郎はその答えに満足してWに口付ける。そして「お前のほうは何考えてた?」昼間さあと聞いてきた。 Wは困ったように首を傾げる。 自分の思いつきをWは虎太郎に話すのはせめて司法局に聞いてからと考えていた。自分の提案は考えてみれば妥当だ。少なくとも人類存亡の為には理に適っていると思う。システム的にはどうなのかが判らないところがネックだ。都市管理システムは一世紀以上 人類を存続させる為にこそその機能を維持してきている。それを解除するとなるとどんな弊害があるかも判らない。一本貫いてきた方針を転換するのだ。恐らく想像以上の抵抗があるだろう。もしかしたら思いもしないところからも。シュテルンビルト一都市だけの問題でなくなる可能性のほうが高いのだから。 何も言わないWを虎太郎はじっと見つめていたが、やがてそのブルーグレイの瞳を瞬かせてため息をつく。 「俺も昼間にヴェルターのおっさんに言われて考えてた事があるんだ。明日俺の実家に行こう」 「友則さんのところへ?」 うんと虎太郎が頷く。 「一応父ちゃんには話しとおしておかないとさ。アレが俺の結婚許可権限持ってるのはもーどーしよーもないからなー」 「お父さんのことをあれだなんて」 Wが苦笑するのに、虎太郎はけっと吐き出しながら、ばたばた嫌そうに右手を振ってみせた。 「俺は心底あきれ返ったね、あの頑固じじーにはつきあってらんねーって。アイツのいう事聞いてたらいつまで経っても俺ら結婚できねーじゃんか。今回の件でこれ幸いと駄目出ししてきそーな気がするんだよ。何が気に入らないっつーんだなあ?」 「友則さんはいい方ですよ。ちゃんと許可して頂きましたし――」 「わかんねーぞ、今回の騒動で怖気づいて司法局の回し者〜、みたいな態度になってるかもしれん」 まさか。 Wはそれはないでしょうと笑った。虎太郎は友則の事をあまり信用していないようだが、Wは実のところ虎太郎の父親である友則の事をとても信頼していた。 第一印象が虎太郎と正反対だったというのもある。虎太郎の語る友則からは想像できないのだが、虎太郎と違って非常に寡黙で身のこなしからして柔和なのだ。ハリケーンとあだ名された容姿と真逆の苛烈な性格をしている虎太郎の父親だから、似たような人物を想像していたWは初めてあった時それに一番驚いた。 結婚を大反対していると虎太郎はぼやいていたが、Wが一人で直談判に訪れた時、友則はWの言い分を一通り聞いた後暫くの間静かに自分の思索にふけっていた。そして彼が長い沈黙を終えて最初にWへ喋った言葉は「虎太郎を宜しく頼む」という言葉だったのだから尚更だ。 虎太郎が言うような 何も考えていない、古い風習に縛られている頑固親父とは到底思えない。友則にはなんらかの深い考えがあって結婚に今まで反対していたのだろうとWは思った。そして公平な人だと思った。虎太郎の言うとおり、男子同士の結婚は奇怪しいと考えているのが本当だったにしろ、本当だとしたならば尚更。 「行きましょう」 Wは頷く。 司法局に保護され、官僚エリアに隔離されてから二ヶ月が経つ。 そろそろ友則に自分たちの安否と現在の生活を伝えに行くべきだろう。友則は今となってはWにとっても大切な家族なのだから。 [mokuji] [しおりを挟む] |