Call me 時系の魔女 | ナノ
Call me 東経180度線のタクティクス (4)


「なんでだよ!」
 ばりっという音がして、電子新聞を表示していたデジタルスクリーンがばりっと左右に破ける。
コーヒーを入れながらそれを横目で眺めていたWは、そのデジタルスクリーン司法局からの支給物であとで返却しなきゃいけないんだけどなあと思った。
「虎太郎、コンセントレーション忘れてますよ。あとそれ高価です」
 まあ自分が弁償すればいいからもういいやと思いつつも、少し冷たい視線になるのは否めない。虎太郎があー、ごめんと全然悪いと思ってなさそうな顔で言った後ぽいとスクリーンの残骸をダストシュートに突っ込みつつため息をついた。
「くそっ、言いたい放題いいやがって」
「アポロンメディア以外のマスコミのいう事なんてほっとけばいいんです。特にこのシュテルンビルトの報道機関なんて一種のお遊びなんですし」
 今の社会形態として、正式な報道機関はみな司法局及び国の監査を受ける。そうではない民間の報道機関はそもそも国や市民を守る都市管理システムのバックアップが一切受けられないということになっているのだ。
 この世界の全ての情報網はシュテルンビルトにおいてはNIKEに総括されており、そこから全世界ネットワークが展開されている。しかし市民に許されているのはその表層部分に過ぎず、実際の本流であるネットワーク上には侵入できないように何百ものプロテクトがかけられているという。旧世代のシステムがロストテクノロジーといわれる所以だ。
都市管理コンピューターを作り出し世界に据え置いたのは恐らく死に逝くN.E.X.T.たちそのものだったのだろう。彼らはその悲鳴と絶望と希望と夢と美しいものも醜いものも全てそこへ封じ込めたのだ。恐らく新世代の人を、自らが愛した未来を守る為に。
 それは祈りなのか呪いなのかWには確かめる術はない。ただ悪意があったとは思いたくなかった。
「しかしむかつく。くそ、誰を殴ればいいんだ」
「やめてください」
 Wがため息をまたついて、それでも虎太郎のところへいくと煎れたてのコーヒーを手渡した。
今日は休日。
暦どおりであるのなら二人は家でごろごろしていられる日の筈だった。
しかし二人には、恐らくシュテルンビルトでたった二人だけに課されている特殊訓練義務があり、何事も無ければそれも欠席できたかも知れないのだが虎太郎だけは絶対に欠席できない事になっていた。それもこれも、先月から6人ばかりハンドレットパワーで病院送りにしているせいである。
実刑こそ食らわなかったものの、厳重注意は当然されて強化系N.E.X.T.の統合訓練全般一つも休む事が出来なくなっていた。
ついでに先日トドメでもう一人病院送りにしたのだが、そちらはそちらで問題に。軽いナンパ男に見えたが彼は彼なりに虎太郎を理想の相手と見定めて口説いていたらしい。病院で目が覚めた後、NIKEのライブラリに検索をかけたのだ。虎太郎は自分が非常に珍しい日系人であることを彼にばらしてしまっていたため、シュテルンビルトの日系人検索であっさり発見された上に、脅威の遺伝子マッチング率を持つ存在であることもバレてしまった。彼は早速自分との相性を検査し問題ないカップリングだと知ってから、虎太郎に損害賠償請求をする代わりに正式にプロポーズすることにしたらしい。
司法局を通じて正式に熱烈なラブレターが届いた。しかもそのラブレターには特別保護措置がとられており、ゴミ箱に捨てられないどころか虎太郎の市民データ上真上にべったりはりついて取れない状態にされていた。
 虎太郎曰く、これそのものが司法局の嫌がらせだというのだが、そんなことを司法局がするのかどうかはおいといて、嫌がらせという事に関してだけは多少ありえると思っていた。実際虎太郎の暴力沙汰とそれから派生するごたごたを調停しなんとか大事にしないように根回ししているのは司法局だ。虎太郎という奇跡の存在を放置しておいていいわけがない。どうにかして懐柔し、最終的にはそれこそ万単位のお見合いに――生殖用に使われる汎用遺伝子として世界中に提供しようという腹があるに違いなかった。勿論一般市民のしかもまだ生きて存在している人間をそんな風に扱っていいわけがない。だが虎太郎自身が了承すれば話は別だ。実際生殖相手の不足は世界中で早急に対策を立てなければならない状況に追い込まれている。生殖用汎用遺伝子データは非常に貴重でそして非人道的なものとしてわずか数パターンしか公開されていないのだ。死者の冒涜というのもあるのだろう。生きている人間だけでなんとかすべきである、できれば自然繁殖が可能になるのが理想だが、バーナビー・ブルックスJrの献体された遺伝子ですらもう保存されて一世紀以上前のものなのだ。本データの劣化は否めないし事実それを見越してバーナビー・ブルックスVが作成され、Wもこうしているわけだ。
クローニングでもして生かしておかなければ到底無理だ。そしてクローニングに必要なのは精子や卵子ではなくその為に培養された胚だった。バーナビー・ブルックスJrが死んだ直後からその作成がスタートし当時の技術ではその胚は二つしか作れなかったと記録にあった。その記録をWはかつてハッキングして入手している。そしてこの処置をするにはそれこそ当時最新の設備が必要だったので、死んだら誰にでも施せるという技術でなかったのは明らかだ。
第二の突破口が人類には必要だった。なんとかして、相手を見つけなければ。せめて現総人口の倍、人間がいれば解消される問題であった筈なのに、まだ人はこれほどまでに少ない。
 自分はもういいとWは覚悟をほぼ決めた。旧世代のNIKEにアクセスして自分がバーナビー・ブルックスJrのクローンである事を知っているというその事実を司法局も誰も知らない。バーナビー・ブルックスVがその初代クローンで試作実験体であったこと、普通の人間のように寿命で死んだのではなく、「活動限界によって廃棄処分」された事を。
 廃棄処分という言葉にWは凍りつくような気分を味わった。あの時幽霊か何か知らないが、虎徹が傍に居てくれて良かったと思う。
虎徹はおろおろと自分の周りをうろつき何の手助けも出来ないと胸を痛めていたが、Wの慟哭と八つ当たり、そして悲しみを全部引き受けてくれた。
罵りも悲鳴も全部ぶつけた。虎徹は本当に困ったろう。そんな彼を無視して家に帰って、でも本当は背後をつけてくる虎徹に救われていた。優しい人だと思った。
 こんな優しい人が守りたいと願った未来なのだ。
そして自分が自分よりも大切に思い愛した虎太郎はあの人の玄孫にあたる。その虎太郎を守れるのは僕だけだ。虎太郎ともし添えなくても、彼が幸せでいてくれるのなら、僕は自分の何を惜しむだろうか。惜しむ必要があるだろう? 僕さえ我慢すれば。
司法局に自分がクローン体であることを知っていると明かそうか・・・・・・、いやそれはやめた方がいい。虎太郎を見逃してくれる代わりに自分が汎用遺伝子データバンクに登録すると願い出ようか。ただ、それも時期を見なければ。最高で最適の時にこのカードを切らないと意味が無い。
 虎太郎だけは。
いつの間にか考え込みすぎて動きが止まっていたらしい。テーブルについている虎太郎がじーっとWを見上げていて、その視線にやっと気づいたWが慌てて「な、なに?」と聞く。
「お前さ、今ろくでもないこと考えてただろう」
「そんなことないですよ」
「うっせ」
 虎太郎が鼻息を飛ばした。それからコーヒーを一口。苦ッ、と舌を出し、慌ててミルクをだぼだぼいれる。それから砂糖を3スティックぶち込んだ。
再びコーヒーを啜り、そのままちらりと上目遣いでWを見る。
「それ、可愛いですよ」
「だっ!」
 違うだろ?! 格好いいだろ?! お前この前いってたじゃん! テレビ見て、上目遣いでこうっ! ジョン・ワトソンが自分の推理を披露してたとき、ホームズよりカッコいいって!」
「ああ。対極ですよね。シャーロック・ホームズは無頼漢っていうイメージとスマートで知的っていうイメージの二つのパターンが多い気がします。この前一緒に観てたのはR国版らしいですよ。この当時は色んな解釈で映画が作られたって映画史で――」
「違う! そうじゃないっ! ああいうのが好みってお前が言ってたからだよっ。大人っぽくてカッコいいって」
「言いましたっけ?」
「言ってたんだよっ」
 なんだよもう。
ぷうっと拗ねた虎太郎の横顔におくばせてWは自分のミスに気づいた。
 ワイルドタイガー。
自分が今彼について回想していたように、今でも彼のことを事あるごとに思い出しては勇気付けられているように、虎太郎にとっても彼との邂逅は一種の衝撃だったらしい。
自分の祖先と聞いて、想像していたのと違うと思った反面、実際のワイルドタイガーと対面して何か非常に思うところがあったようなのだ。
バーナビー・ブルックスJrと同じようにこの時代ワイルドタイガーはかつて人類が繁栄を謳歌していた頃の象徴であり、今の人類が切望する世界の憧れそのものだった。
N.E.X.T.が生まれたばかりでまだ世にも認められず混迷を極めた時代、今の人類では当たり前の権利を、自由を、そして正義を貫いたのだ。二人はこの時代殆ど神格化された存在でもあった。虎太郎はどうやら虎徹の幽霊(?)に実際遭った事で 失望と羨望を両方同時に抱いた。普通の人だった。単なるおっさんだったと思いつつ、Wを労わる様に、短い期間なのにWが虎徹に心を開いているところから、何かしらこの人には「敵わない」と思ったらしい。良く判らないが包容力とかそれに類似する何かだ。俺はワイルドタイガーほど、Wに頼られてない。俺にはこんな風にWを安心させてあげられない・・・・・・。
 そんなもの、年齢からして考えれば15歳の虎太郎に40歳近い虎徹の持つ包容力を持て言うほうが無理がある。なんにしても年月が解決してくれる程度の問題だったのだが、その当時の虎太郎にとっては大問題だったのだ。
 早く大人になりたい。でもって、こんな先祖の幽霊なんかよりWに頼られたい、とにかく早く大きくなりたい。間違ってもおっさんになりたい訳ではない。
結果、虎太郎はここ3年で成長したけれど、やっぱりあのワイルドタイガー(幽霊?)より幼い。当たり前だけれど悔しいらしく何かに付けて張り合っているのだった。
 Wは苦笑して虎太郎を横から抱きしめる。
「僕はありのままの虎太郎が好きですよ。誰かの真似なんか必要ない。虎太郎はいつでも僕にとっては格好いいんですから」
虎太郎はなんだようと頬を膨らませていたが、ちえっとため息をついた。
「俺、頼りなくてごめんな」
 ううん、とWは首を振る。
「そんなことありません、どうして?」
「俺もうちょっと早く生まれたかった。ワイルドタイガーはバーナビー・ブルックスJrよりずっとずっと年上だったんだろ? 俺もフォースより先に生まれたかった」
「関係ないですよ」
「そんなことない。今、俺が年上だったらバーナビーをもっと確実に守ってあげられたのに。俺何も出来ない、悔しいんだ」
「僕も大して変わらないですよ。三つぐらい上でも大して変わらないです」
「違う。ワイルドタイガーは絶対18歳ン時俺よりでかかったよ。俺なんでちびなんだろう。日系人はちびが多いっていうけど、アイツでかかったじゃないか。お前よりでかかった。180cmはあったよ絶対」
「これから伸びますよ」
「そうなのかな」
「そうですよ」
 虎太郎はふーんと言う。拗ねたような横顔が可愛くてぎゅっとWは抱きしめる。
虎太郎は「もう行かなくちゃ」と立ち上がった。
「アカデミーの訓練施設のほうに行きます?」
 抱擁を解き、Wも自分の支度を始める。虎太郎が、お前は家に残ってた方がいいんじゃないかと言ったが、強化系N.E.X.T.の訓練教官がいないのでNIKEのシミュレーションをこなす事になるのだが、一人だと出来ない項目があるのでWも同行すると言った。
「一人じゃ出来ない課題は後から教官を手配して、というのもあるけど」
「僕が行きたいんです。虎太郎は僕が相手じゃイヤですか?」
「イヤじゃないよ勿論。でも今外に出るとさ・・・・・・」
「覚悟の上ですよ」
 Wは苦笑した。
「むしろ、一人で出歩く方が怖い段階ですよ、もう」
「そうか」
 そうですよとWは返した。

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