Novel | ナノ

S.O.S. H-01 type-K -PI(9)



終章
 


 最後までKOHだった、生きながら伝説となった男、バーナビー・ブルックスJrはこうしてこの世を去った。
1990年 12月24日 享年37歳、奇しくも両親がこの世を去った日と同じ、クリスマスイブのことだった。
バーナビーの死と共に、H−01type-Kもヒーローとしての任を解かれ、資格を失い、管理者をも失った今となっては、Xラボ(国際サイバネティックス研究機関)に身柄を移されることになっていた。
 仮のマスターである、H−01最終試作型type-Kの生みの親の一人である斉藤が、彼をXラボに搬送した。

「タイガーご苦労様。 そして済まなかった。 本当に、・・・君には酷なことを・・・」
 斉藤はぼそぼそと言った。
Kは少し寂しそうに微笑んだ。
「斉藤、あなたには感謝している」
 斉藤はKを見上げて、そして俯いた。
「君の身体データは今後H−02以降へと引き継がれ、君の心理データは、アンドロイドに内臓される心理回路として長く伝えられるだろう。 そして全ての人々の役に立つはずだ」
Xラボの最深部にある、未来へと命を繋ぐカプセルの一つに、鏑木・T・虎徹の半死した肉体が保存されている。
このまま眠っていても、蘇生の確率はコンマパーセント以下。
本来ならあのまま、眠ったまま死ぬはずだった彼は、死の間際に選択を迫られた親族によって、ここに繋がれた。
今更、その選択をした楓や兄を恨む気にはなれない。
もし自分がその立場だったら、楓がコールドスリープなしで生きられないと聞かされたら、その希望にすがり付いてしまうだろうと思う。
それが結果的にどんなに残酷なことであったとしても、楓も兄も母も、何も知らされていなかったのだ。
自分にとっては拷問のような体験ではあったが、自分の犠牲により技術は今後飛躍的に進歩するだろう。
鏑木・T・虎徹の地獄のような機械への隷属の日々は、H−01の心理データの基礎となり、今はもう死ぬばかりの人々の大きな希望となるはずだ。
アンドロイドの技術は日々進化し、特にこのH−01はヒューマノイド型ロボット最終試作型として現存するアンドロイドの中では最高峰に位置した。
あとは生体との完全なリンク技術さえ確立すれば、サイボーグ技術に転用できる。
付け焼刃だったが、ブレイン・マシン・インタフェースの応用として、想念技術の一形態であるH−01との生体リンクシステム、S.O.S.(Synchronized Organism System)を作り上げた斉藤は、虎徹の脳をH−01とリンクした。
完全にとはいかなかった。
恐らく、長い長い夢を見ているような状態だったのだろう。
反応は鈍く、受け答えも明瞭ではない。 しかもそれは多大な苦痛を伴うものだった。
Kに接続された虎徹は、まるで丘に上がった人魚姫のように、行動する度に純粋な痛みを、・・・肉体なぞとうの昔に死んでしまっていたのに、痛みを全身に感知し続けていたのだ。
拷問のようなその、生きているとは言いがたい生の果て。 彼は唯ひたすら、自分を案じ、愛してくれる人のためだけにその苦痛に耐え、H−01とリンクし、Kは人としての感情をデータに蓄積し続けた。
「私は人であり、人ではない。 鏑木・T・虎徹としても不完全な存在だった。・・・それでも幸福な一生だった。 だがもう終わりにする」
 斉藤は小さく頷く。
彼を最後まで研究材料としてしか見ていなかったラボの人々と違い、斉藤はタイガーの人としての矜持を知っていた。 それを保つための方法も。
だから最初にH−01との生体リンクシステム、S.O.S.を開発したとき、唯一つ、タイガー自身が選択できるコマンドを設定しておいた。
彼がそれと望んだ時に、人として死ねるように。
「バーナビーは君が本人だと、気づいていたのかい?」
 さあ?
とKは笑う。
「うっすらとは気づいていたかも知れないな。 でも彼にとって虎徹という人間は唯一人だった。 生涯通じてひとりきりだった。 それだけで俺は充分満足だったよ。 そして彼の為に延長した人生はもう終わった。 斉藤、ありがとう、そしてさようなら」
 斉藤は答えなかった。
Kは微笑んで、踵を返す。
自分は自分の信じる道を進んだ。 そして後悔はない。


Kは全機能を停止する。

彼は少しばかりの悲しみをもって、虎徹を生かしている全システムを、自分自身をシャットダウンした。





TIGER&BUNNY
【S.O.S. H-01 type-K -Part Instrumental】
Synchronized Organism System
CHARTREUSE.M
Thank you.



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