Novel | ナノ

S.O.S. H-01 type-K -PI(8)



 その事故は突然シュテルンビルトを襲った。
クリスマスイブでシュテルンビルトが美しくライトアップされ、人々が一年で最も幸福であろうその日。
バーナビーは、やはり僕の聖夜は呪われていると、少し笑いたくなった。
事故現場はシュテルンビルト郊外。
その施設は軍事目的に作られたものだったが、今まで特に問題とされなかったものだ。
中には、小型核融合炉があり、シェルターは堅牢で30もの隔壁が存在している。
もし、それが爆発しても、隔壁によって遮断され、放射能が漏れることは在り得なかった。
しかし、ハッキングされ、核融合炉を直接攻撃されたためか、対応が少し遅れた。
放射能漏れを防ぐのが第一とされ、人間の避難を後回しにしたのだ。
余りに非人道的な対応であったが、それを制御しているのはコンピューターであって、人間の倫理観など関係なかったのだろう。
 バーナビーは率先して人間の救助に当たっていたが、最奥に残されていた4人の所員をKと共に抱えて第四隔壁まで退避したときに、能力が切れた。
3分45秒。
彼の能力の持続時間はもう、4分を切っていたのだ。
「K行け! 4人を安全なところに連れて行くんだ」
「バニー、お前も掴れ! 一緒に退避する」
「馬鹿無理だ。4人だぞ。両手に抱えて、背負って、それ以上どうするつもりなんだ。 いいから早く行け、僕は自力でなんとか脱出する」
 マスターの命令に背くことは出来ず、Kは瞬時に判断した。
まずはこの4人を安全圏に届け、そしてバーナビーの元に戻る。
「あと1分以内に、第五隔壁まで行くこと。 必ずだぞ、バニー」
 そういい残し、Kは走り出した。
勿論、全力で走ったら普通の人間は死んでしまうので、そこはそれ、限界速度というものが存在する。
人が損なわれない程度のぎりぎりの速度で彼は走り、他のヒーローたちに4人を預けると、Kは踵を返した。
しかし、そこに隔壁が降りてくる。
「!! まだ1分経っていない!」
 隔壁に体当たりするが、凹むだけで突破することが出来なかった。
Kはぐるりと天を見上げ、跳躍する。
内臓マイクで、斉藤を呼び出した。
 レーザーライフルを出してくれ、隔壁を破壊する。
「K、どうしたんだ。 バーナビーはどうした」
「隔壁の内側に閉じ込められた。 エマージェンシーモードに移行したらしい」
「あれは封印してあるから、一発しか撃てないぞ」
「それで構わない、出してくれ。 バーナビーを迎えに行く」
 斉藤は無言で用意をし、トランスポーターで発進した。
程なく、全力で走ってきたKと高速で出会い、Kはレーザーライフルを持って引き返していく。
施設の隔壁前まで戻ると、Kは躊躇なくレーザーを発射した。
凄まじい衝撃が轟き、レーザーは施設を貫通。 人一人が通れる程の穴が開き、Kはレーザーを投げ捨ててバーナビーの元へ向かう。
第五隔壁の中で、バーナビーはKを待っていた。
「バーナビー」
「K」
 フェイスガードを上げたバーナビーが笑顔でKを迎える。
二人は固く抱きしめあった。
「さあ、避難しよう」
 そう言って、Kがバーナビーを抱き上げた時、隔壁のもっと奥で爆発音がした。
「!まだ爆弾が残っていたのか?」
 Kはそう言ったが、まずはバーナビーの避難だ。
構わず跳躍し、施設から脱出しようとするKをバーナビーは止めた。
「隔壁を閉じなければ、放射能が外に漏れ出でてしまう」
「そんなのは後でいい。 俺たちがやることではない」
「今レーザーで撃ったろう? そのせいで制御盤がいかれてるんじゃないのか。 爆弾をそのままにしておけない」
「だが、そんなことをしたら、避難する時間が無くなる」
「市民に被害が及ぶ。 僕はヒーローなんだ。 この事態を収拾する義務がある。 命令だ、K。 確認して、予備の第四隔壁を落とせ」
「了解マスター」






 自分がやるから、バーナビーは避難しろと言ったが、バーナビーは聞き入れなかった。
共に第四隔壁の中に入ると、手動で隔壁を落とそうと試みる。
幸いそんなに難しいプログラムではなかったので、Kが自分の端末を接続し命令を割り込ませて、予備の第一から第四隔壁まで落とすことが出来た。
「さあ、避難しよう」
 そう思ったとき、近くで再び爆発音。
Kは振り向く。 まだ爆弾が設置されている。
そしてこれは、バーナビーのすぐ近くではあるまいか。
慌てて駆け寄ると、爆風に吹っ飛ばされたバーナビーが、第五隔壁の前で蹲っていた。
「大丈夫か、バニー」
「大丈夫。 脳震盪を起こしただけだ」
 爆発のせいで、小規模の火災が発生していた。
Kはバーナビーを抱き上げて、避難しようと立ち上がる。
しかし、その時。
30ある隔壁、実際は10の隔壁が予備とその予備とで3重構造になっており、その3重目の隔壁を落とす最終プログラムが作動した。
無傷の10の隔壁が再びせりあがってくると、完全に中を閉じてしまう。
Kはあたりを見回した。
閉じ込められてしまった。 隔壁を解除しなければならない。
第五隔壁の内部は火災が発生しているため、気温が上昇してきていたが、隔壁が降りて密閉されたため、スプリンクラーが反応して放水を始めた。
「駄目だな、開くまで待つしかないか・・・」
 ヒーローが救助を待つとか、ちょっと間抜けだったなとバーナビーが笑う。
Kもその笑顔に微笑み返したが、やがて、Kは異常を感知し始めた。
 バーナビーがぐったりと、力を無くしていく。
どうしたんだ、何が起こったのか?
 しまった、酸素だ。
完全に密閉されてしまい、ここには火災のせいもあり、酸素が僅かしか残されていない。
Kはバーナビーをそっと下ろすと、狂ったように隔壁を殴り始めた。
しかし、どうやっても開かない。
内線で斉藤を呼び出したが、隔壁のせいか、電波が届かない。
ああ、一体どうすれば・・・。
 まるで人のように狼狽えるH−01type-Kを見て、バーナビーは朦朧とする意識の中、Kを呼んだ。
「K・・・」
Kはバーナビーの横に跪いた。
真紅の瞳がバーナビーを見下ろし、その腕が優しく身体に回される。
 バーナビーはそっとKの腕を撫ぜた。
「もういい、もういいんだ」
「駄目だ、バニー、諦めるな!」
「僕の人生、虎徹さんを失ってから、おまけだったんだ。 ホントはずっと終わりにしたかった。 K、最後まで僕に尽くしてくれてありがとう。 虎徹さんに、会いたい」
「何を言っている。 死んだら人間は終わりだ。 あの世なんかない。 計算しても出てこない」
「虎徹さんに、会いたい・・・」
「バニー、バーナビー、やめてくれ、頼むから・・・」
 Kが涙を流している?
ふと、薄れ行く視界の中、バーナビーはそう思った。
見下ろしてくる赤い瞳。
 そこから滴り落ちる、透明な雫。
K・・・、お前・・・。
 火を消そうと飛沫をあげて堕ちてくる、それはスプリンクラーの水だったが、髪の毛から零れ落ち、まるで涙のようにKの頬から滴り落ちていた。
その表情は、驚愕と、恐怖と、そして悲しみ。
Kは自分を見て、悲しみを学習したのか。 この最後の瞬間に、そんな、まるで虎徹さんがするような顔をするだなんて、ずるい。
「バニー、死なないでくれ、機能を停止しないでくれ。 俺はお前のためだけに生まれたのに、お前のためだけに存在していたのに、頼むから逝かないでくれ」

 独りにしないで―――――――

かつて、そう慟哭したのは誰だったのか。
 遠くで小さな子供が泣いている。
それを抱きしめたのは誰?
Kはバーナビーの身体に顔を埋め、まるで人間のように咽び泣いている。
逝かないで、と熱病のように繰り返し言う、その姿は虎徹だと思った。
 やっと、会えましたね。
そして、あなたに仕返し。 僕がどんなにあなたを失って悲しんだか、これで解りましたか?
でもいいんです。 もういいんです。 ごめんなさい。
僕はあなたを泣かせたいわけじゃない、ただ、会いたかったんです。
会いたくて会いたくて、ああ、本当に会いたかった。
だから会えた今、僕は幸福です。
だから泣かないで・・・。

バーナビーはそう思い、そっと目を閉じた。



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