Novel | ナノ

Call me 君の名を呼ぶ(9)



6.NC2100.8


 それはバーナビーの母親探しが始まって1ヶ月程した頃。
虎太郎の突然の訪問は結構あったが、バーナビーは静かに謝罪し、実は今手がけている事があって、それが終わるまで独りにして欲しい、解決したら必ず君の元へ行くからというと伝え、その言葉を聞いた虎太郎はその後、バーナビーの自宅に喧嘩腰で訪れなくなっていた。
 待つよ。
最後に押しかけてきたとき、虎太郎はぽつりとそうバーナビーに言ったそうだ。
その時虎徹はバーナビーの傍に居なくて、状況が良く判らないのだがバーナビー自身にも、母親探しというのはなにやら活力を与えたらしい。
一つの目標というのだろうか?
まあ、母親じゃなくて第二の父親って線が非常に濃くなってきていて、俺としては心中複雑なんだが・・・と思う。
なんか聞いてもしょうがないし、想像しても怖いので、あまり近頃考えなくなっていたのだが、バーナビーは突然パソコンの前で「あった」と呟いた。
ここのところかなり真剣になにやら探し回ってるなあと思ったが、バーナビーは立ち上がると今日は高校を休みます、と言う。
「お前何を探してたの?」
 タイガーに説明しても解らないと思いますけど、と前置きしてバーナビーは言う。
「旧世代の回線がまだ使われてるライブラリーを探してたんです」
「旧世代?」
「父が存命中というか、ヒーローとして活躍していた時代に使われていた旧回線です。 シュテルンビルトには統括コンピューターNIKEがありますが、何度かリニューアルされてるんです。 正確には新しいプログラムを継ぎ足してるって感じなんですけど。 タイガーが生きていた時代のNIKEが初代とすると、今のNIKEは第六世代にあたります。 父の時代に使われていたNIKEは第五世代のものだったので、それ以前の回線が残っていれば、そこからデータを引き出せないかと思って」
「それって、ハッキングとか言うんじゃねえの?」
 違法行為ってやつ?
「はい」
 さらっと肯定されて、虎徹は頭を抑えた。
まあでも、そうでもしないと、全然もう行き詰ってたんだろうなとも思う。
どうせ俺は幽霊だしな!と黙認する事にした。



バーナビーと一緒にその旧回線があるというライブラリに向かう。
季節はすでに真夏。 シュテルンビルト短い夏真っ盛りで、こんな都会だっていうのにセミの声が聞こえた。
直射は暑く、バーナビーは額の汗を拭う。
虎徹の方は全く暑さを感じず、いつでも一定温度のようなものなのでわからないが、陽射しの眩しさから暑いんだろうなと勝手に擬似的体感をしていた。
暑さ、なんだか懐かしい、だなんて。
 ついたところは、緑の蔦の葉が絡まる、なんだかそれ自体が記念になりそうな、レトロな図書館だった。
ここは記念保護施設なんです。 文化財ですねと、注釈しつつバーナビーが教えてくれる。
観光客しか殆ど訪れないようですが、一応図書館は普通に機能してるようです。 この記念館を兼ねたライブラリの凄いところは、貸し出しは出来ないんですが、本があるってことです。
 本って、あの、紙の本? 
「そうです」
 バーナビーが答え、ああホントだ、と虎徹はびっくりした。
触っちゃ駄目ですよ、それ全部とても高価な記念展示ものなんで。 触っていいのはパソコンだけです。
虎徹は少し感動した。 未来に来て始めてみる、紙、だったからだ。
紙と言う媒体は、NC2100年現在では廃れて久しいものだと聞いていて、実際見たこと無かったわけだが、実際の本を目の前にして紙の匂いが判る様な気がした。
「ここの回線からなら、旧回線に割り込めると思うんです。 第五世代よりも以前のに遡って、第四世代付近から迂回して内容を読んでみようと思って」
「なんかめんどくせえけど、できんの?」
 はい、何かの役に立つかとおもって習いました。
すげえ、お前、そんなことも出来ちゃうの・・・。 と、虎徹は会話にデジャヴを感じながら、待った。
かなり長い時間頑張ったと思う。
図書館が自動制御の無人ライブラリだったのも幸いした。
普通こんなに頑張ったら、なんか怪しいことしてるってバレちゃうよな〜。
 虎徹は見ていることしか出来ないので、やがて飽きた。
蔦の絡まる窓の外を見ると、今まで青く澄み渡っていた空の一角に、灰色の雲が浮かんでいるのが見える。
大気が不安定になってきた。 夏はこんなもんだよな、と虎徹は思う。
雨にならなきゃいいけど。




「繋がった」
 ぽつりとバーナビーがそう言ったので、虎徹は振り返ってバーナビーの座るパソコンの前に移動する。
「マジ? どう? いけそう?」
 判りません。
バーナビーが言う。
父のデータにはプロテクトがかかってるんです。 理由は判らないんですけど、なにやら国家機密に所属するようなものらしくて・・・。
「なんでそんなことに?」
「ヒーローシステムに関係してるから? でしょうか。 判りません」
「ヒーローシステムがどういう風に変化したのかは知らないけど、俺たちの時代では、普通の会社員だったぞ」
「ヒーローシステムは父の時代には国が管理するようになってたんです」
 へー、そうなの・・・。
国家事業? なんでまた? と虎徹は呟くが、もうバーナビーは返事をしない。
必死にパソコンに何かを打ち込んでいて、そのスピードが尋常でなく虎徹はただ、バーナビーの指先を追った。
やがて、ブルーの背景だったものが白黒になる。
繋がったのか? バーナビー・ブルックスVの詳細データ?
しかし、そこに表示されている文字は、どうも虎徹の知っている文字とは違っていた。
ここ120年で書式も大分変ったらしい。 そうだよなあ、と思いつつ、虎徹は読めるようで読めない文章にお手上げだ。
単語単語は読み取れるんだけど、結局なんて書いてあるんだ?

clone

「・・・・・・」
 何々?
お節介丸出しな虎徹は横から覗き込み、バーナビーが見つめるものを見た。
しかし、やはり文章は読みなれず、余りに専門的過ぎて良く解らず、ただ、クローンという文字だけが読み取れた。
クローン・・・?
 虎徹はバーナビーの横顔を伺う。
それは、痛々しいほど青白く、動揺しているように見えて虎徹は息を飲む。
その後バーナビーはひたすらその記録書に目を通し、古びたその図書館の管理ロボットが閉館を告げるまで、微動だにしなかった。




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