Novel | ナノ

Call me 君の名を呼ぶ(7)




 その日、随分遅くならないとバーナビーは帰宅しなかった。
ビール飲みてぇなーと虎徹が思い、フリーザーの前で腕組みをしていると、べろんべろんに酔っ払ったバーナビーが、深夜遅くなってから戻ってきた。
「・・・・・・」
未成年なのに駄目じゃん。
 虎徹は玄関にぐったりと仰向けに転がったバーナビーを見下ろし、手を貸してやれない事を少し寂しく思った。
しゃがんでバーナビーの顔を覗き込み、おいと言う。
バーナビーは煩げに自分の顔の前でニ三度手を往復させた。
「バーナビーお前、あの少年」
「彼の名前は、鏑木虎太郎といいます。 僕は彼が好きでした」
 自然に過去形を使うと、虎徹は思う。
ただ、静かにバーナビーの声に耳を傾けた。
「貴方が予想してる通り、多分彼は貴方の子孫なんでしょう。 貴方と出会う前にはそんなこと考えた事も無かったけれど、僕は祖父の轍を踏んでいるんじゃないかなって、思ってます」
 ワイルドタイガーについて少し調べたんですよ、と悲しそうに哂う。
「ワイルドタイガーこと、鏑木・T・虎徹は既婚者だった。 子供が一人いたとあります。 祖父と出会ったとき既に奥さんは鬼籍に入ってましたが、ああ、貴方結婚してたんだなって思ったんです。 それがどうして祖父と出来てるなんて事になったのか、考えてみたんですけど、奥さんが亡くなられてそれで、寂しかったのかなとかなにか」
「寂しかったのは本当だが、そんな理由でバニーを愛したわけじゃない」と、虎徹は静かに言う。
 バーナビーは再び哂った。
「一世紀以上前の恋の破綻なんて、知りたく無かった。 少し考えたのは、僕はジュニアの生まれ変わりなのかなっていう非科学的な事です。 でも貴方が事実僕の目の前に現れたんだし、そういうこともあるのかな、なんて。 丁度失恋した日に貴方は僕の前に現れて、なんだか神様に悪戯されてるみたいだ」
「その、彼女、ともえ、とその、虎太郎はデキてるっていうか、本当に恋人同士なのか?」
 さあ?
バーナビーはだるそうに腕で顔を隠しながら言う。
「虎太郎はまだ15歳ですし、僕と出会った時は彼10歳だったんですよ。 だから僕は虎太郎が16歳に、・・・・・・結婚できるようになるまでは自分の気持ちは打ち明けないって思ってたんです。 ・・・・・・馬鹿でした。 最初から打ち明けていれば・・・、勿論打ち明けても断られる可能性の方が元々多かったんですけどね。 虎太郎は僕に恋愛感情なんか抱いてない。 普通の友人としか」
「・・・・・・」
 15歳なのかよ!
未来の事情って良く判らないが、16歳になったら男女共に結婚は出来るらしい。
なんかもうついて行けねえと思いつつ、更に虎徹は聞いた。
「それさ、誤解かも知れなくない? 逃げないではっきり聞いてみろよ。 後さ、告白はしとけ」
 何故と、腕を顔から避けながら翡翠の瞳が聞く。
だってさ、と虎徹は言った。
「後悔したくねえじゃん。 自分の思いも伝えず、肝心なところはっきりしないまま、終わっていいのか、お前。 どうせ失恋するにしても、破局するにしても、伝えなきゃ。 言わなきゃ。 俺は後悔したよ。 なんでちゃんと言わなかったんだろうって。 先送りにして言いそびれた。 お前にはそんな後悔して欲しくないんだ」
「・・・・・・僕は独りです」
「独りじゃねぇだろ、今は俺が居る。 それに虎太郎だって居るじゃないか」
「16歳になれば誰でも結婚できるし、家族になれますが、16歳の場合保護者の承認が必要なんです。 でも僕には両親がいない。 保護者はシュテルンビルト司法局なので、多分許可が下りないでしょう。 色々僕にはハンデがあるんです。 結婚して下さいって言うのだって、僕が20歳にならなければ、空絵事で信憑性も何もない。 家族のいない僕は、家族の居る彼に申し込む資格がない」
 だってもし、それで受け入れてもらったとしても、僕は虎太郎を待たせる事になってしまう。
まだ若い彼は、僕なんか待てないんじゃないか。 
すでに隣に、あんな大人な彼女がいて、そして彼女は恐らく20歳を過ぎていて、虎太郎も彼女を望んでる。
彼女がもし結婚を望んだら、虎太郎がそれを了承したら、多分結婚してしまうだろう。 虎太郎のお母さんは幼い頃に亡くなっているそうですが、お父さんはご健在です。
 あー、良く判らないんだが、この時代では、学生結婚は奨励されてるの?
間抜けな質問を挟んだなと思ったが、バーナビーはこくりと頷いた。
 NC2000年代に入ったあたりから、人類の出生率はがくんと落ち込んだんです。
それがこのN.E.X.T.とかつて呼ばれた能力とどう関係しているのかは判らないのですが、N.E.X.T.因子を持っていない人々がこの世界からどんどん居なくなって行きました。この力は人の、人類の生命力そのものだとか、そんなような説明をされてます。 とにかくN.E.X.T.因子を持たない人間は生きていけなくなってしまい、世界は徐々に力を持つ人々だけになっていったんです。 でも最初その因子を持つ人は凄く少なくて、あっという間に人は減ってしまいました。
 なので、2000年代以降から、早婚はむしろ歓迎されて、法律やシステムも色々改正されたんです。
多くの人が死にました・・・。 人類は一度瀕死の状態になったって、歴史で習いました。 それをどうにかしてここまで持ち直したのはN.E.X.T.因子の特定が成されたからだと。
 結構つらい時代を生き抜いてきたんだな、お前たち。 俺は途中経過全く知らないけど、と虎徹が言う。
バーナビーはくすりと鼻を鳴らす。
 僕が努力して超えてきたわけじゃありませんからね。
だけど。
「そのせいで、僕みたいな私生児が結構居るんです。 私生児というか、シングルが多いっていうか。 だから僕みたいに父が早世してしまうと・・・」
 僕は家族が欲しかった。
それは僕の知らないものだから。 父と母と揃って、僕を愛してくれた記憶がない。
誰かを愛するってどういうことだろう。 好きな人が傍に居てくれるってどれだけ幸福なことだろう? 欲しかった。 もしかしたら、誰でもいい、家族が欲しかったのかも知れません。
 虎徹はそっと、バーナビーの髪の毛を撫でる仕草をした。
本当に、触れられればいいのに・・・。
「俺思ったんだけど、それ、お前のお母さん、まだ生きてないか? 今更特定するのは難しいかも知れないけどさ」
 え?とバーナビーが自分を見る。
虎徹は出来るだけ優しく聞こえるような声色で続けた。
「お前のお母さんが生きてれば、問題一挙に解決じゃね? その、認知してもらうのは難しいかも知れないけどさ、結婚の承認だけして貰えればいいっていうのなら、俺なら拒まないと思うんだけどな。 それに、お前、ずっと独りだって言ってたけどそれならまだ世界の何処かにお前に繋がる人が居てくれるってことだろう? それにお母さんの方にもなにか事情があったのかも知れないじゃないか。 勿論亡くなっている可能性だってあるけれど。 真実を知るのは時に恐ろしい。 人を信じることは恐ろしいかも知れないけれど、お前ならきっと出来るよ」
虎徹は切なく思う。
 人を信じるということは、運命を信じることかも知れない。 そしてそれは、とても人として強くならなければならない。
俺は、バニーに、貴方を信じてみようと思ったのにって叫ばれた時、ああ、信頼を裏切ってしまったと思うと同時に、自分がどんなに恵まれていたかを知った。
俺は、沢山の人たちに信じると言う力を貰ってた。
信じてそれが報われた経験ばかり積み上げて、信じることが当たり前だっていうその幸運に、その時まで気づきもしなかったんだ。

 バニーは人を信じて、恐らく一度も報われた事が無かったのだろう。
それが故意にしろ、偶然にしろ、不幸にしろ、両親が変らずバニーを愛すると誓ったその言葉は、両親が亡くなった事で現実では反故になった。
人々の間を点々とし、慕った人を失くし、失くしながら生きてきて、多分バニーにとって俺は初めて失われないかも知れない、信じたいものだったんだ。
何故、信じさせてやらなかったのだろうと俺は後悔したよ。
 人を信じる事は馬鹿げた事じゃない。
信じて裏切られるなんて日常茶飯事だ。 小さな細かいことをあげたら、俺もいっぱい裏切ってるんだろうと思う。
だけど、今まで許されてきた。 そしてまた信じていいよって手を伸ばしてくれる。
 人を信じられるほどに強くなれ。 運命を受け入れられる程強く。 もし裏切られたとしても笑い飛ばして、また、最初から信じなおしたいと真っ直ぐに思える人になって欲しい。 強くなれ、お前が信じたその気持ちは誰よりも強い。 馬鹿なんかじゃない。 誰よりも強いから信じられるんだ。 信じた自分を誇って欲しい。
その思いはちゃんと届く。 信じたいものを信じれる勇気を持て。
 大丈夫、お前ならきっと出来る。
「バーナビー、大丈夫だよ、お前ならきっとできる、出来るから」
「タイガー、さん」
 そっと、自分の肩に腕をおく仕草をして、その重みは感じることが出来なかったけれど、バーナビーはこの人は素敵だと思った。
バーナビー・ブルックスJrがどれだけこの人を愛したかが解る。
だって、この人はこんなにもしなやかで強い。 そして確かに彼は言葉どおり愛したのだろう。 愚直なまでのこのまっすぐな想いで。
自分の祖父に当たる人なのに、バーナビーはこの時虎徹を傍にいつも置いていたろうジュニアに嫉妬した。 それと同時に痛く同情した。
虎徹を失ったジュニアは、どれだけ悲しんだだろうか。 こんな風に愛してくれる人が、その後現れただろうか。
現れていればいいなと思い、しかしこんな稀有な人は二度と現れなかったのだろうと想う。 その考えは確信めいていて一層悲しかった。




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