Novel | ナノ

Call me 君の名を呼ぶ(4)



3.NC2100.6



 虎徹さん、虎徹さん!
絶叫していた。
伸ばされた手が、虎徹を掴もうとし届かない。
 誰か虎徹さんを助けてください。
僕から奪わないで。
だって、僕たちまだ、何も、約束すらしていないんです。
「お願いします、お願いします! 僕に出来ることならなんでも、血でも肉でも腕でも足でも! どうか、虎徹さんを助けてください。 あげられるものならなんでもあげます。 何もいらない。 だからどうか!」
だから、誰か虎徹さんを助けて。

 通された部屋。
顔にかけられた白い布。
バーナビーはへたりとその場に座り込み、声を上げて泣いた。
虎徹の身体に縋りついて、身も世もなく泣き崩れた。
虎徹さん、虎徹さん、虎徹さん。
霊安室に安置された虎徹の遺体はすでに死後硬直が始まっていて、その頬の冷たさにまた涙が零れた。
そこへ現れたのは政府関係者だ。
何も言わずに、虎徹の遺体を運び出そうとしている。

世界の暗転。
揉めている。 激しい口論。 バーナビーの必死の叫び。
「駄目だ、絶対に渡さない。 これ以上、こんなに酷い目にあって、痛ましい傷を負って、亡くなって、死んでからも彼を切り刻もうなんて許さない!」
 しかし、と彼らは言う。
既に世界でも希少となりつつある、肉体強化系N.E.X.T.、その能力の仕組みや、遺伝子。
これから先人類の為に、虎徹のFive minutes One hundred powerの解析が望まれていると。
時限金庫の中に解剖してしまいこみ、これから先未来、人々のために役立てるように。
 駄目だ、駄目だ、駄目だ。
そんなこと僕が許さない。 虎徹さんをそんな風には絶対にさせない。
 じゃあどうすればいいんだ。 彼の貴重な遺伝子をこのまま消失させるわけにはいかない。
これは国の決定だ。
ワイルドタイガーのN.E.X.T.因子、Five minutes One hundred powerの遺伝子は、必ず後世に遺さなければならないのだ。

 じゃあ、僕が!

バーナビーが絶叫した。
じゃあ、僕が彼の代わりに! 虎徹さんの代わりに僕がサンプルになります。
虎徹さんには家族がいる、血族が。 生前そんな了承とってもいないんでしょう? 法的に絶対に許されない筈だ。
その点、僕にはもう誰も居ない。 
親族も、パートナーすら。 虎徹さんが僕のたった一人のパートナーであって、もう他に誰一人としてそんな人はいやしないんです。
だから僕が。
僕が死んだら、僕を切り刻めばいい。
だけど、虎徹さんは渡さない。
この人の心も命も手に入らなかった。
だからせめて、身体だけでも僕に下さい。







 頬を流れ落ちる涙に、虎徹は目を覚ました。
いつの間にかソファに横になって眠ってしまっていたらしい。
幽霊なのに、眠ったりするだなんて、自分で驚きだ。
 そう思いながら身体をおこし、ソファに腰掛ける。
こうして思うのは、自分は何か、この世界とはややずれた別の次元に存在してるようなものなのかということだ。
それが幽霊の仕組みというか存在の成り立ちだと言われたらそれまでなのだが。 そしてそれを証明できる人は誰も居ないだろうし、虎徹自身には確かめるべくもない。
ただ、事実として判った事は、生きたものにはほぼ触れないし、自然のものにも触れる事が出来ず大体通過してしまうのにも関わらず、どうかすると人造物や無機物的なものには普通に触れられたりするということだ。
食事は必要ないし、特に腹も減らない。 喉が渇くこともないし、トイレにも別に行きたくない。 なのに悲しみの涙は流せる。 感情を、表す事が。
 夢ならいい。
あんな悲しいこと。
しかし、虎徹には何故かそれが現実にあったことだという確信があった。
バニー、あんなに泣いて苦しんで、泣いて、泣いて、泣いて。
ごめんよ、悲しませた。 あんな風に悲しませ、苦しませるために俺はお前を愛したわけじゃないのに。
ごめんよ、バニー、本当にごめん。
お前を、今抱きしめたいよ。 そしてこんなことは嘘だったのだと言ってやりたい。
なのに。
惨い夢だとすら言わせてくれないのだ。 ただ、これが今日も夢ではなく現実だとそう思い知らされる。
ため息をつき、涙を拭っていると、バーナビー・ブルックスWが眠い目を擦りながら寝室から出てくるのが判った。
あれから1週間が経過していた。
行くあてもないので、虎徹はバーナビーの家にとり憑いた様に居座っている。
バニーの子孫、正確にはその孫にあたるらしいのだが、現在18歳の彼は、ゴールドステージにある進学校に通っていて、来年は大学を受験するとのこと。
そしてバーナビーは孤独だった。

母親は知らない。 父はバーナビー・ブルックスV、僕が4歳の時に亡くなりました。
父はシュテルンビルトにおいて最後のヒーローであったそうです。
シュテルンビルトの治安維持に、ヒーローとして最後まで貢献したその功績を称えて、父を失って天涯孤独となった僕はシュテルンビルト財政に一切の面倒を見てもらってます。
保証人がシュテルンビルト、ってことなのかな・・・。
沢山の人の手を借りて生きてます。 お金には特に不自由ないですね。 アポロンメディア社の株を持ってて、まあ別に働かなくても一人生きていくには充分な収入が入ってくるんです。
月に一度司法局の担当官、僕の相談役を兼ねてるペトロフさんのところへいって、まあ今月の過ごし方について話し合ったり、支給される生活費について話し合ったり、住居について話し合ったりするぐらいですか。 ああ、ここには先月引っ越してきたばかりなんです。 
 虎徹はそっとバーナビーの肩に触れようとして出来なかった。
意識的にそうしたのではない、触れられないのだ。 手が空間を通過してしまう。
虎徹は自分の手をじっと見た。 俺は、この世界に、バーナビーの子孫に対して物理的な干渉を一切許されていないのだ。
それでも。
18歳のバーナビーの子孫は、残酷なほど虎徹が愛したバニーに似ていて、そして同じように孤独で寂しそうで。
あんな夢を見た後で、こんな顔を見たら堪らない。
 虎徹はバーナビー・ブルックスWをバーナビーと、自分のバディであった方のバーナビーをバニーと呼ぶと無意識に定めていた。
既にバニーとも15歳近く歳が離れていた。 必然的に現18歳のバーナビーとは、22歳も歳が離れているということになる。
まあ、幽霊が歳を数えてもしょうがないんだけどさあと思いながら、バーナビーを見る。
彼は自分の存在をどう思っているのだろうか。 自分にしか見えない気味の悪い存在ではないだろうか。それでも何故かこのバーナビーは自分を嫌っていないと感じる。
 ただ、その日初めて虎徹は、虎徹さんとではなく、ワイルドタイガーと呼ばれた。
「高校のライブラリーで調べたんです。 バーナビー・ブルックスJrはシュテルンビルトでは有名ですから。 僕も何度も子孫なのかと聞かれましたし。 父も似たような意味で有名だったみたいです。 今でこそ廃止されましたが、ヒーローという独自のシステムを用いて、発祥して間もないN.E.X.T.に治安を守らせたこの都市は、世界でも珍しかったようですし。 バーナビー・ブルックスJrのバディは、ワイルドタイガー。 つまり貴方はワイルドタイガー、なんでしょう?」
 虎徹は頷いた。
そしてふと聞く。
「バニーは誰と結婚したんだろう。 なんにしてもちゃんとパートナーに恵まれて、幸せな一生を送ったんだろうな」
「そうでしょうか」
 バーナビーは言った。
「案外貴方を忘れられなかったのかも知れませんよ。 適当に遊んで、適当にできちゃって、それが僕の父だったのかも。 大体僕の父もそうです。僕の父は僕をとても可愛がってくれましたけれど、母親は不明です。 結婚してなかったらしいですから、実際僕は私生児ですし」
 な。
虎徹は絶句した。
なんでそんなこと、言うんだよ、と呟くと、「だって、貴方そんなに執着するなんて、バーナビー・ブルックスJrには色々逸話が残ってますし。 貴方が公私共にパートナーだって」
青くなって、違うと否定しようとした虎徹に、バーナビーは少し自嘲気味な笑みを漏らして首を振った。
「貴方がたの時代では、同性愛はタブーだったか、あまり認知されていなかったと聞きます。 しかし今の時代はジェンダー改革が進んでます。 自分の中のアニマを良く理解し、男性も女性も自分の中に異なったセックスを内在させているのが普通だと思われているんです。 同性婚は今や当たり前ですし、それどころか同性で子供も普通に作れます。 勿論、人工子宮の技術的問題もありますし、借り腹にしろ倫理的問題も多々あるんですが、パートナー交換による出産子育ては珍しくなくなりました。 卵子のみで子供も作れるし、精子のみでも子供が作れるんですよ。 だから別にあなた方がどうデキてようが、僕には特にショックでもなんでもありません。 それに」
 バーナビーは言葉をとぎらせ、ため息をついた。
「貴方と出会う直前、僕は失恋してるんです。 貴方に似た黒髪の、日系4世だったかな、・・・日系人の特徴を良く残してる、とても可愛い人で、僕は一目惚れでした。 でもまだ未成年だし、そんな大それたことを望んでたわけではないんですが、告白する前に玉砕です。 彼には素敵な彼女が存在したんです。 それで貴方を見て、話を聞いてぴんときました。 僕も、祖父も同じ穴の狢なんだって」
「バニーは多分その、最初からゲイだったってわけじゃねぇと思、思う・・・、んだけど」
「別に最初からそうだろうが途中からだろうがどうでもいいです」
 バーナビーは話を切り上げて、自分のパソコンへ向かった。
規則正しいキーボードのタッチ音と、モニターのかすかな起動音だけが室内に響いていた。




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