Novel | ナノ

Call me 君の名を呼ぶ(3)



2.NC2100.6



「どうぞ、といっていいか判らないですけれど」
 バーナビーは、虎徹を部屋の中に招き入れた。

 土砂降りの中、バーナビーそっくりの青年に出会い、虎徹はつい自分が幽霊だという事も忘れて話しかけてしまった。
勿論、今まで全ての人を多分通過していただろうし、誰の目にも見えてないのは明らかだったので、返答を期待したわけではなかったのだが、何故かその青年には虎徹が見えるようだ。
 呆然としてしまい、ただまじまじと青年を眺めていたので、訝しく思ったのだろう。
虎徹は間抜けだと思いながら、俺はどうやら幽霊らしい。 何故か判らないけれど、お前には俺が見えるのか。 お前はその、俺が良く知っている同僚に似ていて、つい声をかけてしまったのだと言った。
 こんな馬鹿馬鹿しい話が通じる訳がないと思っていたが、青年はさっと虎徹に手を伸ばし、左右に振ってみた。
「・・・・・・」
 虎徹がなにか映像のようなもので触れられないと知った青年は、自分の手をじっと見つめ、まあ幽霊かどうかはわからないですが、実際あなた、雨が通過してますものね。 普通の人間ではないんでしょう、と呟いた。
 青年の髪は濡れそぼり、雫を滴らせている。
虎徹はその雫に手を触れようとして、触れない事を知った。
 虎徹は濡れない。 雨がそう、確かに通過していた。 それを指摘されて、何故か胸が痛くなった。
そして青年は言うのだ。
 貴方は誰ですか? どうして僕に貴方が見えるか判りませんが、これからどうするんですか? 僕にとり憑いたってことなんですか?と妙に冷静に聞くので、虎徹は困ったように笑う。
とり憑いたつもりはないけれど、俺の事が見える事といい、お前さんが俺の知り合いにそっくりな事といい、何かこの出会いには意味があるのかも知れない。
だから、お前を見てていいだろうかと言うと、青年は小さく、「好きにすればいい」と言った。
その後他の人には見えないであろうが虎徹は青年と並んで歩き、彼の家へとやってきた。
 ゴールドステージのワンルームマンションだった。
部屋に入って虎徹は殺風景だなと思う。
 こんなところまでバーナビーに似ている。
青年はさっさとシャワーを浴びに行き、出てきた時はボクサーパンツ一枚という姿になっていた。 タオルで頭をごしごしと擦っている。
フリーザーに行き、ミネラルウォーターを一本取り出すと、彼はそれで喉を潤した。
「いります?」
 虎徹は首を振る。
多分飲むことは勿論、手を触れることすら出来ないのだろう。
青年はソファに腰掛て、ぼーっと突っ立ったままの虎徹へ聞いた。
「何か話したいことは? 貴方は何者ですか?」
「俺の名前は鏑木虎徹」
「カブラギ?」
 青年は眉を顰めた。
「俺が死んだのは今からどうやら120年ほど昔らしい。 N.E.X.T.で、シュテルンビルトではヒーローをやっていた。 歴史には残ってないだろうけど、記録には残ってるんじゃねえのかな・・・」
 そういうと、青年はN.E.X.T.?と小さく呟いた。 
「ヒーロー? ああ、ヒーローシステムの事ですね。 そんなのを昔取り入れてたことがありましたっけ・・・」
「っだ?!」
 虎徹がびっくりしてまじまじと青年を見つめる。
青年は益々怪訝そうな顔になった。
「N.E.X.T.なのは当たり前じゃないですか。 っていいますか、N.E.X.T.、なんて言葉、今人に対して使わないです」
「へ?」
 間抜けな声をあげる虎徹に、青年はミネラルウォーターをもう一口飲みながら肩を竦める。
そしてソファーから立ち上がって、キッチンカウンターの方へ向かった。
「だって、僕たち人が、力を、えーと、N.E.X.T.?を持って生まれるのは当たり前じゃないですか。 力を持たない人間なんてこの世の中には存在しないんですから」
「え・・・」
 それから青年は憂鬱そうなため息をつくのだ。
「もって生まれた才能に差があるなんて当たり前ですけど、僕はこんなろくでもない、時代遅れの能力を持って生まれてしまったことを少し呪ってます。 使えるようになったのだって相当遅かったし。 極稀に、全く力を持たずに生まれてくる人が居るのは知ってますけど、そういう人は可哀想だけれど、短命なんです。 なんていうんですか? N.E.X.T.っていう因子は、人の生命力に関わるものなので、現代人で持ってない人は治療の対象なんですよ。 持っていても、15歳までに力が発現しなかった場合は、治療しなきゃならないし、まあ元々発現しにくいタイプの因子持ちは生前検査でわかりますから、生後に治療を施してからすぐに療育に入ります。 なのに、僕は因子を持っては生まれたけれど、その因子が第三世代のものなんです。 まあ先祖がえりみたいなものですね」
第三世代・・・、虎徹は絶句する。
120年後現在、今居る人々は全てN.E.X.T.で、その力は殆ど皆、第五世代や第六世代のものだというのだ。
「お前の力ってなに?」
 虎徹は恐る恐る聞いた。
「ハンドレットパワー」
「!」
「肉体強化系って、第四世代には殆ど発現しなくなった能力なんだそうです。 因子がとても原始的だとかで。 身体の負担も半端ないですし。 時間制限はあるし、馬鹿みたいにコントロール難しいし。 今いる教師でも、ハンドレットパワーみたいな純粋に肉体強化系の能力者なんて古すぎて見た事無いって、僕の場合トレーニング丸投げでしたし、指導者も皆無だし。 どれだけ大変だったか解ります? 人には馬鹿にされるし、破壊魔だって罵られるし、辛くて悲しくて、僕はホントにイヤだった。 それでも必死になってコントロールできるように訓練してきたんです!」
 そんな、と虎徹は額を抑えた。
「お前、お前は誰だ? お前の名前はなんて言うんだ」
 青年はボトルをキッチンカウンターの上に置いて、逆に聞いた。
「貴方の同僚ってどなたです? 僕を誰と間違えたんですか?」
 翡翠の瞳が真っ直ぐに注がれている。
虎徹は眩暈がすると思った。
「俺の同僚、は、バニー・・・、バーナビーだ。 ヒーロー名称も一緒で、バーナビー・ブルックスJr」
 青年は特に表情を変えなかった。
ただ、納得したようにため息をついた。
「僕の名は、バーナビー・ブルックスW。 バーナビー・ブルックスJrは僕の祖父です。 一世紀前のことなんか僕が知るわけがありません。 そういえば、父はシュテルンビルトで最後のヒーローだったそうです」




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