Novel | ナノ

摂氏42℃とラムネと金魚(1)

TIGER&BUNNY  
虎と兎のシュテルンビルト事件簿「The fan of yours」外伝
【摂氏42℃とラムネと金魚】Five minutes One hundred power.
CHARTREUSE.M
The work in the 2011 fiscal year.



オープニング


「お母さん、N.E.X.Tは病気ではないので治りません」
その医師は天気の話をするように、特に感慨もなくその言葉を口に乗せた。
母親は、そんな、とつぶやいて、では今後どうやってこの能力に対応していけばいいのかと医師に聞いた。
村上医師は、このオリエンタルタウンの一角にある、ジャパニーズエリアに存在するしなびた診療所に数年前からやってきた小児科医で、大都会、シュテルンビルトではN.E.X.Tの研究をしていたという。
医師はさらさらとカルテを作ると、少年に聞いた。
「あなたのお名前は?」
「鏑木虎徹」
「いつから能力が出ましたか」
「先月ぐらいから」
「突然ですか」
「良く覚えてない」
 医師の顔を見ずにそっぽを向く少年に、村上医師は少し疲れたような、それでいて感情の読み取れない顔を向けた。
「カウンセリングなら出来ますよ。 お母さん、申し訳ないのですが、N.E.X.Tという新人類はまだ発生が確認されてから、たったの20年程しか経っていないのです。 そして大抵のN.E.X.Tの能力は現時点確認されているひとつの事実としてですが・・・、ひとつたりとも同じ能力が存在していないのです。 まるで人間の性格のように、同じ能力者は存在しない。 つまり、虎徹君の能力は、世界でただひとつ、虎徹君のみが発現させたものだと言えるでしょう。 まあ、能力については気長に調べるとして、まずはコントロールすることを考えて行きましょう」
「先生、お願いします」
 母親は深々と頭を下げたが、虎徹少年は最後まで村上医師をまっすぐに見なかった。
村上医師は初老に差し掛かった真っ白な髪をした、日本人だった。
ジャパニーズエリアは、日本を起源とした人々が集う街で、人はそれほど多くない。
混血も進んでいるので純粋な日本人もそれほど多くはない。
しかし、村上医師は純粋な日本人だった。
殆ど白くなった髪には、まだ黒いものが残っていて、眼は澄んだアーモンド色だった。
虎徹の母も純粋な日本人だというが、今は亡き父は混血していたのではないかと言われている。
綺麗な琥珀色の眼をしていたと母は言うが、虎徹は父の顔を覚えていない。
その昔、日本で刀匠を行っていたという祖先を持った父は、兄の村正と虎徹にその起源を誇るかのごとく、名を残しただけで死んだ。
この異国で何を思いながら生き、そして死んだのだろう。
そんなことを、ぼんやりと虎徹は考えることが出来るぐらいには大きくなっていた。
しかし考えることが出来るようになっただけで、理由はやっぱりわからないままなのだった。
父が持っていたという琥珀色の瞳は虎徹に受け継がれて、医師の前で不安げに揺れていた。
「虎徹君」
 医師は言った。
「君の能力は非常に気の毒な事ですが、身体強化(パワー)系というものです。 この能力は、非常に珍しく、そして非常に制御が難しく、更に今までの例からして、君の寿命を食う可能性があります。 日本にはこういう言葉がありますね。 人三化け七っていう。N.E.X.Tっていうのはそういうものなんです。 君は人の部分三割で、七割の自分の中の化け物であるN.E.X.Tと、これから生涯を賭けて戦わなければならない。大変なことだろうと思います。 でも君が人として生きるために避けられない運命なのですから、なんとしても制御しなければなりません。 解りますか」
「先生、寿命を食うっていうのはどういうことなんですか?」
 母親が聞いた。
村上医師はやはり感情を他者に感じさせない声で、淡々と言った。
「今までの数少ない例では、パワー系N.E.X.Tは非常に身体に負担をかける能力なのです。 力の制御が出来ず、使い続けるとその分寿命が縮まる可能性があります」
「そんな、なんとかできないんですか?」
 母親は悲鳴じみた声を上げて、医師にすがりつくように聞いた。
村上医師は、黙っていた。
「・・・もしも」
 それからゆっくりと医師は口を開く。
「私の予測が間違っていなければ、虎徹君は寿命が縮んだりしません。 N.E.X.Tが生まれ20余年、最初のN.E.X.Tたちはその能力を制御できずにみな早くこの世を去ることになりましたが、テレビなどで今は活躍するN.E.X.Tがいますね。 彼らは第二世代と呼ばれる、新しいN.E.X.Tです。 N.E.X.Tという新しい力と人とが同じ肉体で共存できる、次世代の。 虎徹君も、SeCg(セクジ)のパワー系N.E.X.Tかも知れません。 ただ、何度も言いますが、パワー系N.E.X.Tというのは非常に希少な存在です。 現時点記録されている能力者の中には殆ど類を見ません。 なので絶対そうであるとは私には言い切れないのです。 しかし」
「しかし?」
 母親が聞く横で、虎徹は窓の外を見ていた。
暑い。 この病院は全部窓が開け放してあり、診療所はがたがたで隙間だらけ。
 蝉の声がやけに煩く耳についた。
「虎徹君は恐らく第二世代でしょう。 大丈夫ですよ、お母さん」
 泣き出してしまった母を横に、虎徹はぼんやりと思う。
何が悲しいとか、何が苦しいとか、なんだか麻痺してしまっているのだ。
ただ、なんだかとても面倒なことになったなとは思っていた。
 学校に、もう戻れないのかな・・・。
「虎徹君、どうしました?」
 村上医師が聞いてきた。
なので、虎徹は聞いてみた。 多分一番聞きたかった事を。
「せんせーは、俺のことが怖くないの?」
 村上医師は、じっと虎徹の顔を見つめたまま、まったく表情を変えなかった。
空気が熱く淀んで、停滞したような気がした。
「怖くありません。 私は長いこと、N.E.X.Tを研究してきました。 そして今でも探求しています」
「俺を研究するの?」
「研究はしません。 ただ、注意深く見守り、時にアドバイスをしたいと思っています」
 それから、村上医師は窓の外を見て、静かに言った。
「夏になるとね、増えるんですよ。 ・・・N.E.X.Tがね」
 夏風邪か俺は、と虎徹は正直むかついた。
あまりにも、医師の台詞が他人事のように思えたからだ。
空気が熱い。
汗でべとつく。
蝉の声が五月蝿かった。ねっとりとした微風が診察室の中に緩くたゆたう。
虎徹は右手で、じっとりと流れ落ちる自分の汗を拭った。
「せんせーさ、冷房ぐらい入れないの?」
 村上医師は、唇の端を持ち上げて、ほんのわずか微笑した。
微笑したように思った。
「冷房なんかなくても平気でしょう? 昔は何処もこうだったのですよ」
 果たしてどのぐらい昔の話なのだろうと、虎徹は思った。


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