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喪 失(17)


 終 章



 日常が戻ってきた。
虎徹さんが、僕の隣に。
いつものひとの輪に戻って笑う虎徹さんと、ヒーローたち。

虎徹さんは自分がヒーローたちとその本性とを分離して認識していたことを、殆ど覚えていないという。
しかし僕はそれは嘘だと思っていた。
時折未だ話していて、虎徹さんが辛そうに顔を歪めるところを何度も見ているから。
しかし、僕らがそれをあえて指摘することはない。
何故なら、僕らもまた、彼をそうやって忘れ、彼に惨いことをしたと知っているのだから。
だから僕らは無かったように談笑する。
そんな悲しい事実は無かったのだという振りをする。

その後僕をバニーだと認めることが出来るようになった虎徹さんは、酷く僕に甘えるようになった。
あれほど嫌がった接触も、むしろ虎徹さんが求めてくるようになった程だ。
人が居なくなると、例えようもない優しい瞳になって、僕の顔を覗き込む。
怯えたような、胸の痛くなるような表情で僕を見つめ、小さく 俺を覚えているかと聞いてくる。
 僕はそれに勿論、と答える。
それから彼に小さくキスをする。
すると虎徹さんは僕を抱きしめる。
耳元で、ここに居るんだな、これはバニーなんだと言い聞かせるように何度も呟く。

 それから僕と虎徹さんは時折長く散歩をするようになった。
今は1月、雪が積もっているゴールドステージ、中央公園までの道筋を、僕と虎徹さんは手を繋いで黙々と歩く。
二人とも自分の足元を見つめて、何も言わずただ歩く。
 だけど、僕が握っている虎徹さんの右手が、虎徹さんが握っている僕の左手が、例えようもなく震えているのを僕らは知っている。
必死に互いに握り締めて、これほどまでに頼りなかった自分たちの絆を考える。
 公園について、一息ついて、ペーパーカップのコーヒーを一杯、スタンドで買って、それを啜りながら二人で遠く海を眺めて。
それからジャスティスタワーを振り仰ぎ、平凡な休日の朝を誰にともなく感謝する。

「バニー」
「虎徹さん」

 互いの名前を呼んで、互いの存在を確認して、ああ、僕らはこのシュテルンビルトに生きている。
確かに存在しているのだと。


なのに振り返ると、長い長い影が、僕の足元からずっと遠く伸びていて、黒々とそれが長く滲んでいて。
ふと僕は思う。
身震いする。
 不安定なその長い黒い染みの向こう。
置き去りにしてきてしまった、感情や斬り捨ててきてしまった物思いが。

雪の中、彷徨いながら、失った人々を尋ねて歩いていた彼の声が。
誰も答えない、影のようなもう一人の彼が。
鮮やかな涙色のブルーアンバーアイズが、静かに涙を零しながら空を眺めていて、遠くへ歩み去っていく。


バニー。


僕は虎徹さんの腕を掴む。
縋りつくように彼を抱きしめる。
そうすると、彼の金色の瞳が優しく見つめ返し、微笑んできて、少し甘えたような仕草で抱きしめ返してくれて。
それを免罪符にして、僕は忘れようとする。
僕と彼の罪を。
取り返しのつかない亀裂を、雪で埋めて、なかった事にしようと努めて思う。
けれど。


あの絶叫が、葬り去ってしまった悲しみが、いつかあの影の彼方から報復しにやってくるようで。



――――――いつかまた、彼が僕を忘れる日が来るのかも知れない。







TIGER&BUNNY
【喪 失】I am sorry to have forgotten you.
thank you.



>>【兎 虎】喪 失 I am sorry to have forgotten you. の続々編>>【兎 虎】憧 憬 Long After

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