Novel | ナノ

喪 失(16)




 そしてどれだけ走ったろう?
人気の無い、寂れた小さな公園までバーナビーは駆けて来ると、よろよろとその場に膝をついた。
小さな公園なのに、ここも綺麗にライトアップされている。
樅の木ではなく、杉の木。
それにも色とりどりのイルミネーションライトが巻きつけてあり、陽が沈み、長々と影を濃く落とし始めた地面を、きらびやかに照らし始めていた。

「虎徹さ・・・ん・・・」

 あなたを忘れてごめんなさい。
ごめんなさい。ごめんなさい。
忘れ去られる事がこんなに悲しいなんて、こんなに辛いだなんて、僕は全然解っていなかった。
もう、許してください。
どうか、許してください。
 思い出してください。
あなたの涙の意味を、今更のように思い知ってる僕をどうか、許してください。
許してください。 許してください。 許してください。 許して・・・。

身も世もなく泣いた。
もう、どうでもいいとバーナビーは思った。
このまま虎徹が何処か遠くへ行ってしまうのなら、僕は独りだ。
一人ぼっちだ。
 誰でもいい、彼を引き止める方法を教えてください。
どうか、彼に僕を気づかせて下さい。
僕を忘れないで下さい。 忘れないで、思い出して。
お願いします。お願いします。

 しかしそれは、かつて虎徹がバーナビーに哀願したことだった。
血を吐きながら、思い出して、お願い、と懇願していた。
その顔を踏みつけて、長く長く責め苛んだ。
 彼も許してくださいと、何度自分に言ったろう?

「えっ、えっ、えっ・・・」
 泣きながら嘔吐き、地面を掻いた。四つんばいになって、ただひたすら泣いた。

もういい。
もういい、なにもかも終いだ。
いいんだもう、彼が永久に僕に気づいてくれない世界だなんて、もう生きていたくない。
もういい。
 何処か遠くへ行こう。
もうシュテルンビルトには居られない。
こんな虎徹の傍に居られない。
いいんだ。 もう、考えなくて。
 そして遠くで自身に始末をつけよう。
もういい、僕自身を消してしまいたい。
もう取り返しがつかない。
償う術なんてなにもない。


そうバーナビーが決意したとき、ふと、それが髪に触れた。
 優しい手だ。
いつか、自分におずおずと触れた、優しいその大きな手が、バーナビーの髪に触れている。
まるで、確かめるように、そうしないといけないかのように、震えるその手が。







「虎徹、さん・・・?」
「バニー・・・?」
 そっと、涙を流すバーナビーの目元、そこに虎徹の指が優しく触れる。
「やっと、見つけた」
「虎徹さん?」
 何故、どうして?
バーナビーは混乱した頭で思う。
なにが、どうなって・・・。
「また、四つんばいになって、どうしたんだよ。 でもやっと見つけた。 大丈夫、俺ずっと傍に居るから。 ヒーローもやめない。 お前の傍にずっと居る」
「虎徹さん!」
 バーナビーはがばっと虎徹に飛びつき、その身体を強く抱いた。
幻か、願望か、ついに虎徹恋しさの余り、自分は錯乱したのか。
しかし、その身体は現実だった。 かつて自分に回されたことがあったように、夢にみたようにその腕がバーナビーの身体を抱いてくれる。
それは幻ではなく、確かな体温を持っていた。
「こてつさん、こてつさん、こてつさん!!」
「ごめんな、バニー、見つけるのが凄く遅くなって。 泣かないでくれよ、なあ」
「思い出してくれたんですね? 思い出して・・・でもなんで、突然どうして」
 泣きじゃくるバーナビーから少し身体を離して、覗き込んでくる金色の瞳。
「だって、お前これ」
 虎徹の手に握られていたのはあのピンズだった。
「お前、落としてっただろ? だから言ったじゃないか、どっかにつけとけよ。 もう無くさないように」
「あ・・・」
 落としたんじゃない、投げ捨てたんだ。
あまりに悲しすぎて。
だけど。
 呆然とバーナビーは虎徹を見つめた。
探してきたのだ、あのピンズを。
どうやってか彼は見つけたのだ。
全力で投げたのに、彼はあのピンズを見つけて、そして追いかけてきてくれたのだ。
しかし、何故、どうして。
考えられることはひとつだ。
何かが過去とシンクロした。
 虎徹がまだバニーとバーナビーを同一人物と認識し、そして大切に思っていてくれたなにか。
虎徹の中で、何もかも許せるなにか、そのキーワードが、虎徹自身が失えないと思っている、なにかが。
それがやっと、現実と重なったのだ・・・・・・。

自分の手のひらに乗せられたピンズをまじまじと眺め、そしてバーナビーは呆然と言った。
「・・・・・・こてつさん、それ、そんなに僕に受け取って欲しかったんですか?」
「あ、ああうん」
 虎徹が鼻の頭を掻く。
「あの時俺、ヒーロー止めようって思ってただろ、それでお前が、これから幾らでも思い出を作っていけるってそういわれて、俺はもうお前と一緒に思い出が作れないって思ってたんだ」
「・・・・・・!」
「馬鹿だよな。 お前にそう言われて、初めて気づいた。 俺がお前の傍にいてやりたいんだって。 改めて受け取ってくれるか? 俺はお前の傍に居たい」
「虎徹さん」
 バーナビーはぶわっと涙が再び溢れ出して、留めることが出来なかった。
「そ、そんなの当たり前です。 居てください。 ずっと居てください。 僕の傍に居てください。 そして離れないで。 もう、見失わないで下さい。 僕を忘れないで・・・」
「忘れないよ、勿論」
 虎徹は泣きじゃくるバーナビーに飛びつかれて、びっくりしたようだが、再び抱きしめ返した。
「・・・・・・どうしたんだよ、バニー、なんでそんなに泣くんだ? なんかもう滅茶苦茶じゃないか、・・・・・・おい、バニー?」




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