Novel | ナノ

桜歌 Celebrate Kirsche15(1)


Kirsche15


 アレックスの推定殺人罪が撤回され処遇が確定した後、司法局はワイルドタイガー生還の報を先んじてアポロンメディアとヒーロー達に解禁した。
アポロンメディアでその報を受け取ったロイズは意味が判らず何度も聞き返し、その後その電話を回されたベンも何度も聞き返し、その途中業を煮やしたのかユーリが電話を切ってしまったので代わりにベンが虎徹の携帯に連絡を入れた。果たして虎徹は直ぐに出たのでベンは余りの事に一瞬声が出なかった。
「虎徹お前生きて――」
 どうやったんだ、どうなって元に戻れたんだ、ああもういい、そんなのどうでもいい。良かったな、虎徹良かったなァ。
電話口で泣きだされて当惑したのは虎徹の方。もう大丈夫だとなんとかベンを宥めた後に、電話を代わったロイズも涙声だった。
「も、いいから、一度顔を見せて頂戴、取り合えずジャスティスタワーにいって、他のヒーロー達にも説明があるだろうしOBCにも行かなきゃいけないだろうし」
「OBCにはいつ行けばいいですか」
 虎徹がそういうと、恐らく司法局が頃合いを見て連絡するようなのでそちらは指示があるまで何もしないようにとのこと。
「まあヒーローをトレーニングセンターに集めた訳だから、そこで待機していればいいんでしょう」
「すみません、昨日のうちに連絡するべきだったんでしょうが司法局に連絡した際止められたもので」
「先ほど管理官から連絡頂いた時に、アレックス――フォートミューロの問題を解決することが優先されたと説明されましたからそれはいいです。市警の方からも同じような連絡が先ほど文書で入りました。ざっと読んだだけですがV州の司法局とあちらの警察との兼ね合いもあったようですし、報道規制上都合もあったんでしょうからそれももういいです。アレックスは?」
「先ほど市警で別れましたがこのままV州へ移送になるんじゃないかな。でも推定殺人罪は取り消しになったので問題ないでしょう。後はエースワース・フォートミューロ財閥というか、V州の問題ですね。例のNEXT州法を撤廃するか、そのまま残すか――まあ俺には難しくて良く判んないスけどね」
虎徹の返答を聞いて安堵したロイズは、ヒーロー達も安心させてあげなさいと電話を切った。
 虎徹とバーナビーは第二十一分署を後にすると、そのままジャスティスタワー、いつものヒーロー集会所としても機能しているトレーニングセンター休憩室へ。
先に一応ロイズがヒーロー達に虎徹の無事を知らせてくれていたらしく、ベンやロイズのように魂消はしなかったようだが入るなり虎徹はアントニオにヘッドロックを食らう羽目になって「いでででで!」と悲鳴を上げた。
「畜生なんてこった虎徹! どうやって戻ったんだ馬鹿野郎! くそう、泣かせやがって、今度ばかりはマジでダメかと思ったぞ!」
 それに答える前に今度はパオリンが「無事だったんだタイガー! 本物だ!」と言うなり飛びついてくると腹に二発拳を突き込んできたので咳き込む。大分手加減してくれてはいたのだろうが、それなりに衝撃があって虎徹は「なんでぇ?」と情けない声を上げた。
続いてカリーナがどうやら後ろから武者ぶりついてきたらしい。「タイガー、タイガー、タイガー! タイガーうぅぅぅああああああぁ!」と背中に引っ付かれた上にいきなり泣かれて当惑、更にネイサンが熱烈なキスをしてきて虎徹は本気で悲鳴をあげた。首を固定されて逃げられなかったので成す術なく唇を奪われる羽目になった。
「ちょ、チョークチョーク! マジでやめてくれ! 助けてバニー!」
余りの事に硬直していたバーナビーが虎徹の背後で解凍、慌てて皆を虎徹から引きはがしたが、カリーナだけ取れなかった。
 イワンとキースは少し離れた処で観ていたが、二人とも涙ぐんでいた。
「ワイルド君、もう、もうもう、今回ばかりは本当に駄目かと――ありがとう、そしてありがとう!」と叫ぶ。
イワンも「タイガーさん……ご無事で――」と言ったところでくうっと声を詰まらせ涙を流した。
「いや、なんかマジ、ごめん」
 全然俺も良く判ってなくて、花びらになっちゃってたところとかもう殆ど何が何やら、元に戻った時はそれなりに覚えてた筈なんだけど一晩寝たら大体忘れちまって――ホントごめん、俺は長い夢見てた程度の感覚なんだけど――お前らにはホントに心配かけた――バニーにも凄く、なんていっていいかわかんねえけど、ごめん。
 そういって深々と頭を下げる虎徹に一同は首を振った。
「もういいのよ、こうして無事に戻ってきてくれたんだから。ねえ?」
 そういうネイサンに一同また首を縦に振る。
「そうだよ、ホントに無事でよかった。タイガーが死んじゃったと思ってボク……、ボクね」
 そう言ってまた涙ぐむパオリンの頭を虎徹は撫ぜて「心配かけたな」と笑った。
どうやって戻ったのかについてはバーナビーが説明した。
 今回桜の花びらのうち、核となる花びらを聴覚のNEXTでもある一市民が保護していてくれたこと、他の花びらが焼失してしまってもその核があれば同じ桜の花びらを代替えすることが可能だったこと。
「じゃああの、桜並木の怪というか、セントラルパークにある桜並木が一晩にして全部丸禿になったのってもしかしてタイガーさんのせい?!」
 イワンが素っ頓狂な声を上げた。
「今年の桜まつりは桜がない状態でやらないといけないって、ローカルニュースにあったんです」
「折紙お前、桜の並木とか良く知ってんなあ、俺セントラルパークのどっかにあるとは知ってたけど場所まで知らなかったぞ」
「いえ結構なイベントなんですよ。日本とシュテルンビルトの友好記念樹でもあるんで、僕毎年行ってたんです。去年はブログで紹介してたんですよ」
「お前の日本好きは筋金入りだな。まー俺のせいっちゃせいだけどさ、あの桜たちには助けられた。もう今じゃよく覚えてないけど、俺の為に花びら必要なだけ使っていいよっていってくれたんだ。願ったのはバニーだけどな」
 な?
と振り返ってくる虎徹にバーナビーは困った顔をする。
それでもそうですね、と観念したように言った。
「僕自身は桜の木の声なんかわからないですしそもそも植物にそんなような気持ちというか感情が理解できるのか通じるかすらも判らないんですが、虎徹さんはあそこにある殆ど全ての桜の木の花びらから再構成されたんです。仕組みは良く判らないですが、虎徹さんはずっと僕の傍に居たと言ってます。自分の桜の花びらの器が焼失した後、ずっと――。思えば空気とかそんなようなものに変化してたのかも知れません。その時は植物の言葉というか声を聴けて、理解できたそうです。それで僕が虎徹さんを返してくれと願っていたそれを、桜の木が了承してとかなんとか」
「まあ、NEXTてのは同じNEXT同士でも良く判んないことが多いからな。でもそれで超個体化だっけ? のNEXTの解除方法が判ったんだ。そこいらは全部バニーのお陰かな。まあなんにしてもこれで大体解決だろ。後はV州が例の州法を撤廃するか存続させるかだけど、結果が出るのはアレックスの裁判が終わってからになるんじゃないかな。まあそれもなんだっけ? 拉致監禁罪?」
「逮捕監禁罪になりますね。最長で二年、最短で虎徹さんの二週間? で計何人になるのかちょっと僕には判らないですが最低でもこの超個体化されてしまった人は四人はいる筈なんで最短で三か月、最長で七年かなあ、でも七年はないと思います。情状酌量の余地もあるだろうしなんにしてもアレックスは誰も傷つけてはいないので……。少なくとも例の州法は適応されない筈です。未成年ですしね、NEXTに目覚めたばかりというのも多分考慮されるかと」
 上手くすれば執行猶予が付くと思いますとバーナビーが話を締めた。
虎徹はほっとした顔をして、バーナビーの話を聞く間中無意識なのか胸に当てていた手を下ろした。
「そっか、執行猶予付くといいな。それでもどっかのNEXT訓練施設というか保護施設に入れられちまうだろうし保護観察期間中かなり不自由なことになるだろうけど、なんとか頑張って貰いたいな――って、いででででで、ぶ、ブルーローズ?? 背中の肉つままないで?」
 そういって虎徹が背後にひっついているカリーナに振り返ったが余計に背中の肉をつままれただけだった。
地味に痛い! と虎徹が助けてとバニーと視線を送ると、果たしてバーナビーは首を横に振った。
同僚でもなんでも女性の身体を不躾につかんで強引に引きはがすのはご法度だ。下手をするとセクシャルハラスメントになってしまう。
 肩を叩いて離れてくださいと促してもカリーナはぎっちり虎徹の背中を掴んだまま、ぶるぶると首を横に振るばかりでバーナビーはお手上げですと肩を竦めた。
「えっ、えっ……?」
誰か取って、と虎徹が辺りを見回すも、パオリンを見るがパオリンも首を横に振るし、ネイサンも頬に右手を当てたまま「無理」とサインを送って寄越す。アントニオはそっぽを向いているし、イワンとキースは二歩後退って愛想笑いをした。
 カリーナは結局最後まで虎徹の背中から取れなかった。



 それから数十分後、OBC――アニエスから虎徹のPDAに連絡が入った。
普段ヒーロー活動に関することにしか使ってはいけない習わしになっていたがいいのかなとバーナビー他ヒーロー達は思ったが、まあ関係なくはないかとスルーすることにする。アニエスは信じられない、ホントに繋がったわ! と叫んだあと虎徹に事の仔細を今すぐ話なさいと詰め寄った。
そして虎徹は勿論話せず、「いやーちょ、……うーん……」と言葉を濁して愛想笑いをしたものだから余計に激昂されていた。
「視聴率!」
「またそれかよもう」
 充分稼いでたってバニーから聞いたぞ! 俺が燃えたとき! 凄い数字だったって言ってた! いいじゃないかそれで充分だろ! 大体俺はその時分散してて記憶に全くございません! 今更聞かれても困りますぅ〜。
 アニエスの剣幕に辟易した虎徹は口を尖らせてそう開き直った。
なんですって! とPDAに向かって叫ぶアニエスの映像を勝手に虎徹はバーナビーに転送して「タッチ」という。
バーナビーは頭を押さえながら虎徹の後を引き継いだ。
それからワイルドタイガーの無事を市民に知らせるにはどうしたらいいだの、今日の夜に特番を組むだの、それとは別にちゃんと枠を取ってもらうだのと暫くバーナビーはアニエスと打ち合わせをしていたが、やがて話が纏まったのか上機嫌な声でアニエスが「なんにしても良かったわね、顔色、貴方もう駄目かって思っちゃったわよ私」と言う。
 バーナビーはどうして? と聞いたがその表情にアニエスは目じりを下げて肩を竦めるのだ。
「ま、本人が一番良く判ってるでしょ。ちゃんと気持ちを決めたら――OBCに一番最初に言うのよ! 間違ってもネットになんか先に情報出しぬかれるようなことしないで頂戴。ま、頑張ってね」
「参ったな」
 バーナビーがPDAを落とし、それまで他のヒーロー達と談笑していた虎徹がそのセリフに振り返る。
「何か問題あった?」
「いいえ」
 バーナビーが首を振り微笑む。
二人を眺めていたネイサンはこれは意外と早い事進展するのかも知れないわねえと思った。



 その日の夜にワイルドタイガー生還の報はシュテルンビルト中に届けられた。
その特番はアニエスを満足させるに足る視聴率をはじき出し、シュテルンビルト市民も大いに沸いた。
ジャスティス祭と同じかそれ以上の花火が市内中で打ち上げられ、シュテルンビルトのそこここに仕掛けられているライトアップ用のレーザー砲が夜空に向かって無数に立ち上げられた。その結果、本国のあらゆる州の報道機関もその光景をこぞって放映したほどの華々しいパレードと相成った。
 次の日の新聞には堂々と「ワイルドタイガー 生還!(WILDTIGER Survive!)」の見出しが躍った。
号外にもなったそれはシュテルンビルトどころか世界中に配布され、誰もがそれを手にしたがった。
NEXT被害の中でもかなり複雑な様相を呈していたこの事件が、余りにも見事な大団円を描いたことに人々は驚愕しつつももろ手を挙げて歓迎した。
 それと共にV州に現時点でも残る例のNEXT規制州法が再び取り上げられ、その是非について世界中の人々が考える機会ともなった。
かの悪法が未だに生き残っており、その刑に甘んじている者が未だ存在すること自体がここ四十年程伏せられていた事実に人々は戦慄したのだ。
世界各国は勿論本国では再びこの州法について論じられるようになり、頑なにこの州法維持を画策していたエースワース・フォートミューロ財閥がついに折れた。総帥マックス・フォートミューロは州法の撤廃を公に支持し、これから二年後を目途に本国全州においてのこの州法を撤廃する意向を表明した。ここにおいてついにこの悪法が本国において完全根絶する未来が見えて来た。実に半世紀を経て、シュテルンビルト設立時からのNEXTたちの悲願がここに達成されたのだ。



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