Novel | ナノ

桜歌 Celebrate Kirsche8(1)


Kirsche8

「ウロボロスの存在は本国の根本的姿勢を問い正すものだ。我々はシュテルンビルトという箱庭を与えられて誤魔化されたに過ぎない」
 そう朗々と説かれてサイモンは頷いた。
「我々NEXTは自らの手でこのシュテルンビルトという世界を勝ち取って来た。そう確かにそれは間違いではない。しかしこれが結局沈黙の隔離すれど平等となってしまった。我々はシュテルンビルトという隔離に囚われている。静かなるここは墓場だ。そしてその墓守はなにか、ヒーローだろう。彼らには罪はないが、千載一遇のチャンスに恵まれた。そう我々はウロボロスとは違う。ワイルドタイガーには真のヒーローとなって貰おう。フォートミューロに一矢報い、この世界を真実変容させる先兵となれ」



 虎徹が超個体化という特殊なNEXTの被害に遭い、桜の花びらと化してシュテルンビルト中に飛散してしまってから丸五日目、ついに花びらの総重量が六十三キロに到達した。
やはり思った通り残り十二キロから見つかりにくくなり、五日目の終わりには一日で収集できた重量は僅か一キロ未満。恐らくセントラルパーク内ではなく他はその外、シュテルンメダイユ地区を含む広大なシュテルンビルト高層ビル群の中に紛れ込んでしまっていると思われた。
シュテルンビルト市民全体に向けて再び収集要請を更新して流す時が来たとヒーロー達はその日の夜、トレーニングセンターでミーティングの後に判断、アントニオが代表してその日のHERO TVの特番で声明を流すことにした。
この五日間、市民は勿論の事、司法局と普段は反りが合わない警察もヒーロー達の為に最大限の努力を惜まずに動いてくれた。
まずはヒーローたちの出動要請をこの五日間完全に控えた。更にワイルドタイガー収集もとい救助の為に第十七分署を丸々一つ投入してくれた。
代わりに第二十一分署が第十七分署管轄エリア全てその仕事を肩代わりし、犯罪はいつものように極普通にあるものを警察管轄だけで処理するように計らった。その報告は各ヒーロー事業部を抱える企業にも行われず、それはヒーロー達が市民と共に虎徹の捜索に専念できるようにとのことからの配慮からだった。
勿論バーナビー以下ヒーローたちはそういった警察からの心遣いを解っていたので、特に何も表立っては言わなかったが全員が心中深く感謝していた。
 そうやって協力してくれた全ての人々の好意と努力を無駄にしない為に頑張って来たが、達成率九十%で躓いた。しかしある意味これが最後の難関だった。
 アントニオがミーティングの為にトレーニングセンターに移動がてら、一緒に引き上げたバーナビーとジャスティスタワーの廊下を歩きながら言った。
「やはり六十四キロまでは集めたい。駄目だ、さすがに二キロは不安過ぎる」
「同感です」
 アントニオの意見にバーナビーも賛同し、ではどうするかと思う。
今後はセントラルパーク内での探索だけではなく、そちらから都市中央部から市街地を探索範囲の主とすることになるだろう。
探索に優れたNEXTが必要だ。
「市民全体にその旨をまた放送して協力願おう。セントラルパークではなく市街地を中心に探して欲しいと。それと、今一緒に選り分けしてくれた六名のNEXTたちに今度は市街地探索を要請しよう。更に探索難易度が上がるだろうが、例の彼女覚えてるか? あの子の能力は使えそうだ。何しろ彼女は虎徹の声を明らかに聞いてる。一緒に作業して判ったんだがどうやらあれは、彼女がその花びらの声を聞いて場所を探り当てながら選り分けているというより、花びらが彼女を誘導してるんじゃないかと。迷いが一切ないんだ。音なんてどこが発生源だか結構聞き分けるの難しいと思うんだが、彼女の行動にそういったためらいが全くないんだよ。ひょっとしてあの花びらと会話できるんじゃないのか。会話とまではいかなくても何らかのやりとりをしてるんじゃないか?」
「会話……」
 バーナビーお前はハンドレッドパワーで聞けたっていうが、会話はどうなんだ、可能だと思うか?
そう聞かれてバーナビーは「はっきりとした会話は可能かどうか分からないのですが、合図のようなものを送ることは出来ました。何らかのサインを送ってそれに反応が戻ってくるというのはあり得ます。僕の時も虎徹さんは反応しました。だから会話は出来るかどうか判らないですが、聴覚特化のNEXTであるのなら可能かと」と考えながら返した。
「現在の虎徹さんの花びらが発している音の領域は非常に狭いのですがまだ普通の人間でも聞こえる可能性がある範囲です。ただ問題なのは声なんです。かなりな高音域、十歳以上の人間にしてみると完全に超音波の領域になります。ですからその聞くことが出来ても発声することが出来ない。簡単に言うとモスキート音を聞くことはできますが、モスキート音を発声しろって言って出来る人間はいないでしょう?」
「成程。まあそこいらは特に追及する必要もないしするつもりもないよ。多分それが彼女のNEXTなんだろうしな。まあ俺が言いたいのは彼女の能力なら市街地でも虎徹を探せるんじゃないかってことなんだよ。明日彼女を含めて彼らに要請しようと思う。断られないことを祈っておいてくれ」
「よろしくお願いします」
 ミーティングでは全員一致で探索範囲を市街地に拡大及びそちらに拠点を移そうということになった。
キースとイワンがセントラルパークエリア担当で残留、残りの探索能力が高いアントニオ、パオリン、ネイサン、カリーナが市街地エリア担当に。
バーナビーは警察と司法局との連携を崩さない為と市民とヒーローの指示役として全域を担当することになった。
 バーナビーはアントニオと再び二人でOBCまで移動すると、今日は二人とも特番に出演することにした。
市民への呼びかけは今まで通りアントニオ――ロックバイソンが担当することになっていたが、相棒を現在失った状態のバーナビーを心配する声が市民から多く届いていたからだ。バーナビー自身には何もない筈なのだが、無事な姿を見たいというその気持ちに応えるためだった。
市民が一番気にしているのはバーナビーのメンタルであり、再々結成して間もないのにまた解散の危機に直面しているバーナビーの心中を慮っての事だった。特にインタビュアーなどを配されていなかったため、バーナビーはロックバイソンの報告が終わる迄背後で待ち、その後自分が写された段階で自ら市民に向かって「ご協力感謝します。後僅かでワイルドタイガーは復活です。もう暫く力をお貸しください、お願いします」と殊勝に頭を下げた。
 HERO TVが毎日決まった時間に放映することは珍しく基本通常の番組に割り込んでくる形で突然枠が取られる。そんな形態故に今回のような毎日定時のニュースに限って言えば十分程度しか開けてもらう事が出来ない。
 その為HERO TVはリアルタイムレスキュー番組としてここ五日間はセントラルパークでの収集作業のインタビューなどを行っていた。
それはそれで充分視聴率を稼げてはいたのだが、アニエスは不満のようだった。
「再結成の新しい企画を折角立ててたのに、悔しいったらありゃしない。話題性はあるし視聴率も悪くはないけど、タイガーに早く帰るよう言って頂戴」
 また無茶を言ってるなと苦笑しつつも、それがアニエスなりの気づかいなのだろうと思ってバーナビーは「はい」とだけ答えた。
それとアニエスの不満はそれだけではなかった。
そう、エースワース・フォートミューロ財閥の件だ。
 本来ならこれは国を揺るがす大スキャンダルである。
本国随一の巨大財閥エースワース・フォートミューロ、その現総帥の子息が未登録NEXTであることは勿論、そのNEXTを使ってワイルドタイガーを超個体化してしまうなんてこと。
 エースワース・フォートミューロ財閥はつい四十年程前迄NEXT否定派の筆頭で、NEXT隔離政策を率先して行って来た経緯があった。
この当時まだ現れたばかりのNEXTに対して人々は大変な恐れと侮蔑の両方を抱いていた。そして第一世代(Fast Generation/FiGe)と呼ばれた最初のNEXT群に相当する能力者たちは、不幸なことに非常に強大で不安定かつ他人に直接的な害を与える事の出来る能力者が多く、事実罪もない人々がNEXTの暴走や過失によって多く失われていた。更に第一世代は短命でその責任を問おうにも当の本人もまた自らのNEXTの犠牲になり命を落とすことが少なくなかったのである。
 そんな時に積極的にこのNEXTを隔離することによって解決しようと動いたのがエースワース・フォートミューロ財閥傘下の政治家であり、企業主であった。
人種差別の撤廃はされて久しかったが、NEXTは人に非ずと州法によって対抗したのだ。
 「分離すれども平等」。
それはかつての悪法の復活でもあったのだが、当時の人々にとって倫理観よりもNEXTに対する恐怖が上回っており事実それも無理はないと思わせる背景が存在したのだ。
結果NEXTに対して非常に残酷かつ厳しい州法がこの時代多く成立した。そして現在でも全廃しきれていないのが実情で、それから数年後この隔離政策の要として国が作ったのが特別自治区「シュテルンビルト」だった。
 NEXT隔離の為に作られたそこが、後にNEXTと人間の理想的な共存の形として全世界中が認めるモデル都市となる――それはどんな皮肉だろう。
エースワース・フォートミューロ財閥は、NEXT規制緩和がシュテルンビルトを内包するN州から始まり、その周辺州が次々とその意思に賛同していく様を見逃さなかった。これも時代の変化と世論が財閥糾弾に傾く前に表向きは政策の転換を行うと告げ政治の表舞台からは姿を消した。NEXTに対する厳しい州法を取り下げ、新しい形となったNEXT差別――人種差別を撤廃すると表向きは宣言した、という事になっている。
しかし悪法は未だにはびこり本国から一掃できていない。即ちエースワース・フォートミューロ財閥の方針は結局のところ何も変わっていなかったのだ。実際変える気はなかったのだろう。最初の対応がそれであったこと、国を先導していることはもはや誰に目にも明らかだったのだが相手は強大すぎて対抗するにも限界がある。表立っての糾弾も簡単には出来ず、NEXTであるのならみなそれを知っていて未だ拭い去れぬ苦い思いを飲み込んでいるのだ。
 HERO TVの放映が終わり、楽屋裏に引っ込んだバーナビーを待っていたのはベンだった。
「例のアレックス・フォートミューロだがかなりまずい事態らしい。フォートミューロと聞いて嫌な予感はしてたんだがな、シュテルンビルト司法局も警察もかなり警戒していると思う」
 シュテルンビルトではNEXT差別がそれほどない。しかしそれほどないであってあることはあるのだ。
この都市にとってフォートミューロは旧世代の怪物に等しい。NEXTにとって恐ろしい記憶の扉でもあったのだ。
「まだそれほど昔の話ではないですからね。この都市には多くの当事者たちがいると思います。ここへ逃れてきた人たちにしてみれば、フォートミューロはウロボロスより明確な目に見える敵でしょう。人にとってもNEXTにとってもです。アレックスは現総帥マックスが溺愛してると聞いてます。彼が未登録NEXTでしかもワイルドタイガーをその能力で害したというニュースならフォートミューロに大打撃を与えることが出来るでしょうね」
 でも情報は規制されているでしょう? 司法局は脅しに屈したわけではなく、この事実を今伝えることはシュテルンビルト市民に巨大な爆弾を投げつけるようなもの、せめて虎徹さんが元に戻ってから――ワイルドタイガーの生還を確認してからでないと発表は僕もしない方がいいと思います。
「アレックスの身が危険だ。もしワイルドタイガーに何かあったら暴動が起きますよ。それに虎徹さんにかけたNEXTを解いてもらう前にアレックスの身に何かあったらそれこそおしまいです」
「まあそれもあるんだが……」
 ベンは言葉を途切らせると溜息を吐く。
「まあいいさ、お前さんが参ってるかどうかそれが心配だったんだが大丈夫そうだ。フォートミューロの動きは俺が随時張ってる。そしてアレックスの件は警察に任せようや、お前さんは虎徹を助けることに専念してくれ」
「ええ勿論」
 バーナビーは微笑んで、「後少しです。後一キロ弱集めれば恐らく虎徹さんは無事戻ってきます」とベンにこちらの進行状況を報告した。
「おお、やるな、そいつは朗報だ。後はアレックスが解除の仕方を知っていればいいんだが」
 もしダメなら楓ちゃんを呼ばなきゃならんだろうな、あの子は本能的にコピーした能力を理解できるらしいから。
「その時判断しましょう」
 バーナビーも頷く。
「でもまだ楓ちゃんには連絡しないで、彼女もHERO TVで知っているだろうのに一度も連絡してきてないんですよ。こちらの状況を理解してわざと連絡してこないんだと思います。本当はしたいんだろうに我慢してるんです。彼女の為にもなんとしても虎徹さんを無事元の姿に戻さないと」
「わかった、お前さんも無理するなよ」
 ベンはそうバーナビーに報告すると、お前は着替えたらすぐに帰れと言った。
「社に報告はこっちでやっとく。事業部による必要はないからな、ロイズ氏にも俺から言っとくから」
「ありがとうございます」



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