Novel | ナノ

桜歌 Celebrate Kirsche3(1)


Kirsche3


 大勢の警官に包囲され、少年のボディーガードである筈の黒服が抵抗する。しかし少年が何事かを言うと彼らは大人しく警察に従った。
バーナビーといえばまったく意味が解らず立ち上がったが、少年と黒服たちはさっさと先頭に止められていたパトカーに乗り込むとどこかに走り去って行ってしまった。
「…………」
 バーナビーははっと我に返った。
「こて、虎徹さんが……! ちょ、ちょっと待って下さい、一体どういう……!」
誰に対して言えばいいのかすら判らずオロオロとあたりを伺っていると、どうやらこの警察の責任者らしい男がやってきた。
周りの警官たちが一様に敬礼していたので、それなりの地位にある者なのだろう。
「シュテルンビルト第二十一分署の警部だ。オットー・キャヴェンディッシュ。君はバーナビー・ブルックスJr?」
「え、あ、はい……あの?」
「悪いが我が署に来て頂きたい。そこで詳細をお話しする。それと君にも聞きたいことがある。そう、ワイルドタイガーは?」
 バーナビーは飛び上がった。
「そ、そうです、虎徹さ、じゃなくてタイガーさんが! 一緒に散歩してて、なのにいきなりいなくなって……」
 警部は眉を潜めた。
「いきなりいなくなる……? もしかして君はアレックスが――あの少年がNEXTを使うところを見たのかね?」
「え? あ、はい……。NEXTだと思います。彼が青く輝いていたのを見ました。その時彼の前に居たワイルドタイガーが突然消えてしまったんです。あれは彼のNEXTの仕業なんでしょうか」
「そうか、それは都合がいい。猶更来て頂かなければならなくなった。休暇中に申し訳ないがよろしいか」
 バーナビーは勿論と二つ返事で引き受けた。
その後バーナビーも警部と共にパトカーに乗り込むと、第二十一分署へやってきた。
ここしか今空いている部屋がないので容赦をお願いすると言って案内されたのは取調室の一つだった。
流石に落ち着かないと身じろぎしたが、今例の少年に所長室の方は占領されてしまっているので本当に申し訳ないと頭を下げられた。
 婦人警官が直ぐに珈琲を二人分持ってやってきて、これまた深々と頭を下げてくるのでバーナビーもつられて会釈をする。
どうやら自分には特に問題がないらしい。何かの事件に巻き込まれたのは間違いないが、被害者の扱いなのだとここで思い当たった。
「エースワース・フォートミューロ財閥をご存じだろうか」
 婦人警官が取調室を出ていき、扉が完全に閉まるのを確認してから突然警部はそう切り出した。
エースワース・フォートミューロ財閥。
ご存知も何も、首都を構成する州が一つ、V州に本拠地を構える本国最大の財閥だ。
「彼の名前はアレックス・フォートミューロ。エースワース・フォートミューロ財閥の御曹司。最近このシュテルンビルトのゴールドステージにアレックス専用のコテージが出来てね、休暇のたびに滞在している。総帥マックス・フォートミューロの三人目の妻の一人息子だな。この三人目の妻ウィレミナは既に故人だがそれもあってかマックスが溺愛していてね、どうにもガードが固くて」
「彼にはどのような容疑がかけられているのですか?」
 バーナビーは聞いた。
察しの良さに警部は笑顔になり、それからすぐに表情を引き締めた。
「そう。彼にはある嫌疑がかけられている。まずNEXTであるのに未登録なのではないかということ」
「未登録NEXT」
 警部が頷く。
「エースワース・フォートミューロ財閥の力は大したもんでね、総帥のマックス・フォートミューロが裏で手を回したのか今まで任意での聴取も行えなかったんだ。あれは強硬なNEXT差別者と言われている。自分の息子がNEXTであるとなったら問題だということなのだろう。だが今回君とよく似た容姿の例の詐欺師だが、彼の失踪にアレックスが関与しているのではないかという疑惑が持ち上がった」
「例の詐欺師?」
 と一瞬バーナビーは眉を潜めたが直ぐに思い出す。
成程そこに繋がっていたのかと事件の連続性にも気づいてバーナビーも姿勢を正した。
「ああ、僕に良く似てるという凄腕の結婚詐欺師ですね。? その詐欺師と彼の接点ってなんです? 詐欺を働こうと? 僕の姿で? 結婚詐欺を彼に?」
 彼がゲイだとしても年齢的にどう考えても犯罪だろうと言ったら警部は違う違うと手を横に振りながら失笑した。
「失礼。詐欺は詐欺でも結婚詐欺ではない。正確には結婚詐欺だけではない、ということだ。それにターゲットはアレックスではないよ。それは間違いないんだが、どうも例の結婚詐欺師と最後に接触したのが彼のようなんだ。そしてその日を境に詐欺師は行方不明。我々が随分と手を尽くして張っていたのにおかしな話じゃないか」
「つまり彼の失踪にあの子が? 関与してると……。?! あれは誰かを監禁拘束できる類のNEXTなんですか? テレポーテーションさせて?」
 自分を転送することはテレポーテーションというが、自分以外のものを転送する能力はアポーツという。ただそこまでバーナビーはその時拘っていられなかった。
 警部が気の毒そうな顔をしたとバーナビーは思う。そして次の言葉に戦慄するのだ。
「異世界に転送してしまう能力なのかも知れない。兎に角何の痕跡もないんだ。全く消滅したとしか。もし異世界に転送する能力なのだとしたら、呼び戻せるのはあの子だけだろう。それより我々が危惧しているのは、分解消去の能力ではないかということ。もしそうなのだとしたらこれは失踪事件ではない、殺人事件だ。例の詐欺師も絶望的だが君が見たものが真実だとするとワイルドタイガーも……」
「嘘でしょう?!」
 バーナビーは震えだした。
「嘘でしょう?! そんな馬鹿な!」
「彼は貴方となら話すと言ってる」
 バーナビーは縋るような顔を警部に向ける。
彼は苦渋の表情で実はその件で昨日アポロンメディアに打診してたと言った。
「彼はVIPでNEXTなのかその確証もなく、更にその能力もなんであるか判っていない。これだけでは逮捕状は当然請求できなかった。それでなくともエースワース・フォートミューロ財閥の力は絶大で、普通の要請は全て握りつぶされていた。アレックスが自主的に協力してくれない限り事件は解決しないだろうと。そんな時アレックス個人から申し出があった。バーナビー・ブルックスJr、本物に逢いたいと。それが叶うのなら調書にもなんでも応じるという。何故なのか問うても答えず、何故逢いたいのかを知りたがらないのも条件だと言われ……申し訳ない、彼はそれでなくても未成年で、捜査は極秘中の極秘、しかも容疑の段階だったので君たちに警告することも出来なかった」
 交渉の最中に逃げられたんだと警部は言った。
この分署で話し合いの最中だったんだがね、引き留めようとしたんだが、駄目だった。財閥の力を舐めていたよ。アレックスは子供だがマックスの直系だ。彼個人が使える専用情報網でも君たちの行動を張っていたんだろう。今日はどうやらオフらしい、セントラルパークに居るといってそのまま強引に出て行かれた。追跡を巻かれた上に何処へ向かったのかが判らずこちらの確認が遅れて現場への到着が遅れた。本当に申し訳ない、と警部に深々と頭を下げられてバーナビーは椅子から立ち上がった。
「目の前で彼が青く輝くのを見ました。虎て……じゃなくてタイガーさんがどこかに転送されてしまうところもはっきりと。彼が未登録NEXTなのは間違いありません。それで? ワイルドタイガーを戻す方法を聞き出せるというのなら会います。ええ、勿論捜査に僕も協力します」
「大丈夫かな?」
 大変なショックを受けたのではと警部は労わったがバーナビーは首を横に振った。
「こんな非常時にショックだのなんだもないでしょう。逢います、話をさせてください。なんとしても虎徹さ……じゃなくてワイルドタイガーを取り戻さなければ」
 警部は深く頷いて、「ではあちらに向かおう、アレックスも取調室への移動に了承したようだ。黒服にもなにやら聞かれたくないらしい」と言った。
 それからさらりと付け足した。
「言いにくいようなら虎徹さんでも構わないよ。もうワイルドタイガーの本名はシュテルンビルト市民なら誰でも知っているからね。勿論暗黙の了解だってことも」
 バーナビーはなんともなしに顔を赤くした。



 自分にどんな用事があるというのだろう、自分のファンなのだろうか? ヒーローに何か解決してもらいたい個人的事案があったのだろうか? 警部はアレックスは兎に角寡黙な子でね、今まで彼が発言するのを私は一度しか見たことがないという。
「盗聴に注意しているのか、黒服に指示を出すときでも自分の端末に表記させて見せる上に直ぐに消すという用心深さだ。マックスのお仕込みが行き届いているのもあるんだろうがね、君とも端末での受け答えになるやもしれない」
 バーナビーはまずはアレックスの品定めをする。
ぱりっとした子供が着るにしては高価なブランドものの背広一そろい、上品なネクタイと大きなオパールのネクタイピン。腕時計は恐らく特注品、しかしそれと一緒に綺麗だけれどなんの変哲もないメレダイヤのブレスレッドをしていた。
これだけがブランド品ではなくどうやら手作りの品だと知って少し違和感を覚えた。庶民の彼女でもいてプレゼントでもされたのだろうかと。
ざっとそこまで見て取ってアレックスの前に座る。
 さて、どのように聞き出そうかと逡巡するもその心配は杞憂だった。二人が自分の前に着席するや否や、アレックスの方からバーナビーに手を差し伸べてあっさり自己紹介をしてきたからだ。
「改めまして。僕はアレックス・フォートミューロ。貴方がバーナビー・ブルックスJrだね。もう気づいてるかも知れないけど、僕は君に、いやヒーローに一つお願いがって来たんだよ。力を貸して欲しいんだ」
「僕に?」
 バーナビーがそういうと、アレックスは子供らしからぬシニカルな笑みを顔に浮かべた。
「いいや。僕は君のファンじゃないよ。はっきり言うとヒーローは好きじゃない。君に至っては嫌いだね。世の女どもは皆見る目がないと思うよ。本当はワイルドタイガーの方に力を貸してくれるよう頼もうと思ってたんだ。彼はシュテルンビルトのヒーローの中では唯一まともそうだったからね」
 ムッとしつつも、ワイルドタイガーの事だけは信頼できそうだったと言われて内心頷いてしまう。
バーナビーは咳払いして続きを促した。
「つまり、本来人質になるのは僕の方だったって訳か。虎徹さんをどこに転送した。彼と引き換えに力を貸せということなんだろう?」
 虎徹さん?
アレックスが怪訝そうな顔をしたので、しまったこの子はシュテルンビルト市民じゃなかった! と思いながら「ワイルドタイガー」と訂正。
アレックスは「ああ」と頷いた。
「人質? うーん、人質って言えばまあそうなのかな。うんそうだね」
「? 違うのか?」
 警部が横からそう聞くと、アレックスは意地悪そうな笑みで頷き、癖なのかブレスレッドのメレダイヤを神経質そうに右手で擦った。
「そそ、警部さんとの約束も果たさなきゃね。そう、あなた方が疑ってる通り僕はNEXTだよ。能力が出たのは二年程前。別に隠してた訳じゃない。自分の能力がなんなのか自分でも良く判らなかったし、父が登録を許してくれなかったからね。まあ登録しようにもなんの能力が判らなければ届け出も出しようがないじゃないか。世間は父をNEXT差別者とか排斥者とかいうけど、そんなことはないよ。自分の力も良く判らない、ちゃんと訓練されてない野放図で野蛮なNEXTの雇用を禁じてるだけで。地味にだけどシュテルンビルトを見習ってNEXTの教育には力をいれてる。関連企業ではNEXTの人権を守るよう徹底してるしね。ただ妨害も多いんだ。父はそれにはとても心を痛めているよ。ワンマンだけど悪い人じゃない」
「では君の能力はなんだ?」
 警部が単刀直入にそう聞いた。
「まだ判らないのか? 自分で自分の能力を把握してないと?」
 少年がまたにやりと笑う。
その笑顔に邪悪なものを感じてバーナビーはぞくっとした。
「大丈夫もう把握したよ。最近使う機会があってね。最初は自分でもゾッとしたよ。自分で言うのもなんだけど正直気持ちのいい能力じゃない」
「ではなんだ? 異世界送還能力じゃないのか?」
 早く言えと急かす警部にちらりと目を走らせたが少年は手元にあった紅茶を一口啜る。
それから手を組みなおし、バーナビーをまっすぐに見据えてこういった。
「僕の能力は「超個体」能力。テレポーテーションとかアポーツとかいうもんじゃない。異世界送還なんてありえないでしょ。そもそも異世界があるのかどうかも判んないし」
「ちょ、超個体??」
 聞きなれない言葉をさらっと言われて警部が横で「??」という顔をしているが、バーナビーは何故か高校の生物の教科書を思い出していた。
「超個体……あの、別個体の生物群が集まってあたかも一つの個体のように動くという、アレですか?」
「そそ。まあちょっと判りにくいだろうんで、「群体作成能力」って言う方がイメージしやすいんじゃないかな。僕は自分が触れた相手を「群体」にすることが出来るんだ」
 バーナビーは呟いた。
「まさか……」
 目の前でアレックスが肩を竦めた。
「びっくりしたな、僕さ、あんなに綺麗な群体になった人間見たの二度目だよ。大抵凄く醜いものになるんだ。多分その人の内面が群体に反映されるんだろうね。一番最初に群体にした奴はこんなちっぽけな醜い灰色の蜘蛛になったよ。目だけが気味の悪い黄土色でさ、あっという間に散り散りになってどこかに消えてしまった。赤い嫌らしいダニの群れになったやつもいたよ。勿論そいつらもわらわら居なくなった。そしてさ悪人は大体灰か汚い砂や小石になるのさ。教えてやろうか、あのアンタそっくりの詐欺師がどうなったか。そりゃあ醜悪だったよ。あいつ泥になったんだぜ。泥っていうよりヘドロだよ。ハウスクリーニング頼んだんで今はもうどっか下水に居るんじゃないかな」
 バーナビーは口の中で悲鳴を上げた。
「まて! それは元に戻せないのか?!」
 警部が立ち上がり、バーナビーに向かってワイルドタイガーは何になったんだと叫んだ。
アレックスはくす、と鼻で笑うと「ワイルドタイガーなら、セントラルパーク全体に散っちゃったんじゃないかな」と答えた。
「凄く綺麗な桜の花弁に変じたよ、彼は。それで風に散らされて居なくなっちゃった。綺麗でもさああいう「軽い」ものに変じちゃうとそれはそれで大変だね」という。
「頑張って集めなよ、バーナビー、警察もさ。まず群体になった彼を一つ残らず集めるところからだ。全部集めたら元に戻せるかも知れない。僕は戻したことがないから判らないけれど。でも感覚的に判ることもある。群体は全部で彼自身だ。群体になってしまった人間の全てのパーツでもある。一つ残らず集めないと戻れないのかは僕にも判らないけど、出来れば全部集めた方がいいと思う。なんでかって? だって服の部分とか髪の毛とか爪とかの部分がないんならいいけど、中途半端に集めて戻したら、内臓が足りなくなるかも知れない。そうなったら戻った瞬間ワイルドタイガーは死ぬのかな。僕も知りたいんだ。超個体になった人間を元に戻せるかどうか。だから探してみてよ。それがヒーローに力を貸して貰いたかったことなんだ、精々頑張って」
「なんてことだ!」
 わなわなと震えだした警部の横で「判りました」と言ってバーナビーも立ち上がった。
「警部さん、何か容器があれば頂きたいんですが。それとアポロンメディアに連絡して、ヒーロー事業部のマネージャー、ベン・ジャクソンをこちらに寄越すようにして下さい。僕の服や髪にについてるもの、判ります?」
 そういわれて警部はバーナビーの髪と服を見る。
そして彼の髪に幾枚か絡まっている白い花びらに気づくのだ。それと服にも数枚くっついている。
「こ、これがワイルドタイガー……」
 余りの事に再度絶句している警部に彼を集める場所を用意してくださいと頼む。
「これから人間一人分の花びらを集めなきゃいけない。相当な数になると思います。彼を一時保管できる場所というか入れ物? を用意しないといけない。そしてヒーロー全員は勿論、七大企業すべての人のみならず、全シュテルンビルト市民に協力を要請します。彼を集めてもらう。その花びらを見つけて持ってきてくれるであろう方々が届けやすいようにしなければ」
「そんなことが可能なのか」
 言いかけた警部にバーナビーはぴしゃりと言った。
「可能にするんです」
 警部の命令で直ちにすぐさまストックバッグが差し入れられた。
警部に頼んで自分の身体、特に背中を念入りに調べてもらい、その場でバーナビーは二十数枚の花びらを確保した。
「成人男性一人分の体積があると考えていいのか? だとすると結構な量だ」
最終的に集合させる保管場所を決めないといけないでしょうねとバーナビーは返した。
「兎に角早く。時間が経てば経つほど彼は拡散してしまう。今はまだセントラルパーク内に大体残ってるだろうけれど、河川などに落ちてしまったら回収できない、ですから早く」
「わ、判った」
 警部は慌てて飛び出していき、バーナビーはその姿を見送る。
取調室を外で聴いていた他の警官や刑事たちも一気にあわただしく動き始めた。
バーナビーは目の前に座っている少年、アレックスを見下ろす。
「どうして……」
 アレックスは視線に気づいたのかバーナビーを見上げてこういった。
「言わなかったっけ? 僕はバーナビー・ブルックスJr、アンタがヒーローだってのにも、あんたの容姿も丸ごと全部大ッ嫌いなんだ」




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