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SPLASH! 2 人魚のいる水族館 《北の星座》 (10)


NORD4

 ヘルベルトシュタイン公国に滞在して四日目の朝。
初日から三日間、分刻みのスケジュールで動いていたヒーローたちに休日が儲けられていた。
とは言ってもアールトネン城の第一城壁内までしか移動を許されないある意味ハンナマリと同じように軟禁された状態である。
それでもヒーローたちに特に不自由はなく、むしろ今後の日程を考えて積極的にだらだらする事に決めたらしい。
実際キースを除いた全員が、朝の十時になっても起きてこなかった。
 ハンナマリの方はここ三ヶ月続いたいつもと変わらぬ朝だったので、八時半にはいつもどおり朝食を寝室で摂り、九時にはホールでエクササイズ、十時には宛がわれた書斎で宮廷所作を王室付きの教師に学んでいるところである。
 窓から庭を見ると、キースがランニングしていた。
手を振ると、目がいいのかキースは直ぐに手を振り返してきた。
 十一時になろうかというところで、誰かの寝室で目覚ましが鳴った。
直ぐに起きたのはパオリンで、一つ伸びをしてからカリーナを起こす。
カリーナも直ぐに目覚めて居間の方へ出ると、ネイサンが丁度出てきたところだった。
 いつもと違って酷くのんびりとした朝。
カリーナがバーナビーと虎徹の寝室のドアを叩き、暫くしてから二人とも盛大なあくびをして出てきた。
イワンとアントニオもパオリンのノックに起こされて目を擦っている。
 内線で起きた事を伝えると、直ぐに食事が用意された。キースは既に朝食を済ませているという。
「久しぶりにのんびり寝たわ」
 さすがにキツイスケジュールだったからこの調子で二週間じゃ持つかしらとか思ってたんだけど、そりゃそうよね。
「明日から更にハードになるんで、・・・・・・特に週末の海底油田の視察でしたっけ・・・・・・。護衛も兼ねてるんでちゃんとしないと・・・・・・」
 頭が回らない、昨日ちょっと夜遅くて。
バーナビーが目をごしごしと擦り、目が開きませんと何かぼやいている。
虎徹の方はぼーっとコーヒーを啜っていた。
それから時々右肩を擦る仕草。
背中の方迄手を這わせて、何度も何度もそこをしつこく揉んでいるのを見て、カリーナがどうしたの? と声をかけた。
 丁度カリーナは皆の分のコーヒーのお替りを注ぎに立ち上がったところだったので、心配そうに寄っていくと、何処か痛めたの? 寝違い? と心配そうに虎徹の肩に手を置いた。
「ここらへんが痛いの?」
「ああ、うん、ちょっとな」
 ポッドを置いてカリーナが虎徹の肩を揉み始めた。ここらへん? どう? 少し良くなった? と声をかけられて、虎徹はありがとうと返す。
「なんだろう、何かした? 変な体勢で寝ちゃったからかな。結構肩凝ってる。だめよタイガー、ソファーとかで適当に寝たら」
「ああ、うん。気をつけてるけどこれはそういうんじゃないんだよ」
「? ベッドが高級過ぎて駄目とか?」
 お前ね。
虎徹が笑った。
「まーふかふか過ぎて、枕が合わないってのは否定はしないけど、これはバニーが俺を抱いたからだ」
「・・・・・・」
 カリーナが自分の肩を揉む手をぴたりと止めてしまったので「?」と思い振り返る。
カリーナは真赤になってぶるぶると震えていた。意味が判らず虎徹は「どうした?」 と聞いてから自分の台詞の迂闊さに思い当たったらしい。
「あっ、違う! 違うぞブルーローズ! バニーが抱いたってのは寝たって意味じゃなくて、普通に抱き潰されただけだから! しかも昨日の夜じゃなくてその・・・・・・」

バカですか。
馬鹿だろう、
馬鹿なのよ。

と、聞いていたバーナビーとアントニオとネイサンが同時に思った瞬間、虎徹は思いっきりカリーナから張り手を貰っていた。
 パーン!
と聞いていたほうが身を竦めてしまうようなクリーンヒットで、ひやひやしている三人の視線の前をカリーナは肩を怒らせて去っていった。
虎徹は顔を右手で押えながら、俺この国に来てから毎日誰かに殴られてるんだけど何が悪いんだよとさめざめ泣きながら呟いている。
やっぱり馬鹿なのかと思いつつ、バーナビーが自分の席から立ち上がってやんわり虎徹の身体を後ろから抱きしめた。
「あんな事言われたら普通の女性は怒ります」
「そこがよくわかんなくって」
「・・・・・・」
 バーナビーはどうにも返答できず曖昧な笑み。
暫くしてから虎徹は立ち上がって、ブルーローズは庭かな・・・・・・とそれとなく皆に確認する。
誰もそれは判らなかったので答えてはくれず、虎徹はちょっとブルーローズに謝ってくると言って居間から出て行った。
 バーナビーの方はその後一時間ぐらい居間でゆっくりしながら報道をチェック。
PDAで世界情勢とシュテルンビルトの現地ニュースを一通り聞いた後、ぶらぶらと別館を探索した。
別館から、白い城壁前に広がるのはセントラルパークの中央広場に匹敵するほどのだだっ広い庭園で、今は薔薇の季節なのか見事に咲き誇っている。
薔薇の濃い緑の葉。それに赤と白と黄色と黒のコントラストがとても鮮やかで、一階のテラスは回廊と呼んでいい程長く吹き抜けになっていて大天使の羽を思わせる過剰な装飾の柱が何十本も並んでいた。
 ふと、バーナビーは足を止める。
虎徹とカリーナが談笑しながら庭園を歩いているのが見えたから。
何故かバーナビーは柱の影に身を隠す。
隠れる理由などない筈なのに、どうしてか出て行くことが出来なかった。
 柔らかな笑み。
あんな風に虎徹さんはブルーローズを見るのか。
そしてバーナビーは息を飲む。
おずおずと、いや恐々とカリーナの左手が虎徹の太ももの辺りに伸ばされる。カリーナの左手は虎徹の右甲に触れて、その感触に気づいたのか虎徹もまた右手でカリーナの手に触れて、その爪の先を握ったから。
 それから二人、ゆっくりと手を繋ぎながら庭園を歩いていく。
バーナビーはそれを呆然と眺めていた。
やがて二人は向かい合わせになり、何か言葉を交わした。互いに真摯な瞳だった。それから二人同時に柔らかく笑っている。
 虎徹さん・・・・・・。
バーナビーはただ、二人を見ていた。
そうして二人がずっと庭園の奥、城壁の向こう、薔薇の緑に隠れて見えなくなってしまうまでずっと。
二人が見えなくなってから、バーナビーは柱の影でずるずると下に蹲った。
 何がこんなにショックだったのだろう。何がこんなに悲しいのだろう。
ああ、そうだ、だって僕は――――。
 虎徹さん。
そう小さく口の中で呟く。
 バーナビーの頬を一筋涙が伝っていった。


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