Novel | ナノ

SPLASH!〜人魚のいる水族館〜(30)


Epilogue



 久しぶりに二人で連れ立って歩いていた。
何もかも嬉しい、そして新鮮だ。
バーナビーは幸福で目が眩むかと思う。虎徹が人魚になってから、数ヶ月もこうして街を歩くなんて不可能だったから。



 つい先日マディソンとその父親が保護されていた軍病院から退院した。
今後は政府からの補助を受けながら、この国で静かに暮らすという。
母はもう居ないけれど、父が居る。
 マディソンは前向きに生きていくとそう虎徹に誓った。もう二度と死ぬなんて考えないと。
虎徹はそれがいい、と笑っていた。
虎徹はマディソンが初めて意識的に、幻獣化を阻止しようと努力した相手だったのだ。
死を選んだとき、まさか一緒に飛び込んでくると思わなかった。誰も犠牲にしたくないのに、ワイルドタイガーというヒーローは余りにも愚直で、その信念に馬鹿みたいに一直線で、咄嗟に海に落ちても死なないようにしなければと、意識を失う前それだけを祈っていたそうだ。
――だから俺は人魚なんだよ。
 そうあの虎徹の言葉は測らずとも真実を言い当てていたのだ。
未だに幻獣化して世界を彷徨っている者が僅かにいるが、もし自分の力が必要であればいつでも来ます、彼女はそう約束して新しい生活が待つ地へと去っていった。
殆どの者がバーナビーによって見出された解除条件を満たして人間へと戻ったが、戻らない者も居た。そしてそもそも海から帰らない者も。
 それは密輸犯のリーダーであったり、シンジケートのメンバーであったり、自らの意思で戻らないのか犯罪者が多かった。
彼らは幻獣として生きていく事を選んだのだろうか? 人の世に戻ればその責任を追及され断罪を免れない。
人とは相容れぬ世界で生きるものとして、案外納得して戻ってこないのではないかとバーナビーなぞはふと思うのだ。
 虎徹が言っていたが、幻獣――人魚として最初海の中で一呼吸のち目覚めた時、彼の中にあったのは歓喜だったという。
海は恐ろしく広くて美しく、そこには人であるのなら一生気づかず理解も出来ない世界が広がっていた。
そして思う。新しい生き方も悪くない。何故人で在る必要があるのだろう? 人でなくても希望に満ちた未来が其処には存在している。そう彼らは自ら海原の彼方、楽園を目指したのではないのかと。
この世にいるすべての生き物は、みなそれぞれの世界で生きる事に歓喜を見出しているのだ。
 人であっても魚であっても鳥であっても、それぞれがそれぞれの素晴らしい世界を生きている。
なんて世界。
 無限の可能性に満ちて、どんな世界でも生きるものはみな其処を故郷とする。
生命の息吹巡る大地よ、圧し抱く母なる海よ、この輝かしい惑星地球。
人魚であった時の虎徹にとって、煌びやかな人の住む陸地社会よりも、海こそが楽園に見えた。
そこにはすべてがあった。自分は何も失っていない、失われていないのだとそう強く思ったのだという。

 それでも尚、彼が振り返った理由は、海にはバーナビーが居なかったからだ。
娘が、仲間が、ヒーローが、シュテルンビルト市民が、彼が愛して守りたいと思うものが其処には一つもなかったから。
だから虎徹はマディソンを送り届けた時、躊躇ったのだろう。勿論そこにはハンナマリというもう一人の救うべき人がいたからという理由があったにせよ、他の幻獣化した者たちと同じように回遊を選ばず、暫し近海に留まっていたからこそ捕獲されたのだ。
 人が人を思う気持ち、その思いが奇跡を呼ぶ。
誰でもいいわけじゃない、貴方だから。
貴方がそこにいてくれるから、そこが自分の居る場所なのだと。
 そうバーナビーも虎徹も、とうの昔に信じてしまっていたから。

 素晴らしいシュテルンビルトの初夏の空。
バーナビーはそれを振り仰ぎ、日差しの眩しさに目を細め、今自分と虎徹が二人、このシュテルンビルトに存在する奇跡を思う。
そう、みんな奇跡の上に生きているのだ。一瞬一瞬出遭った人々、愛したもの、すべてが唯一無二の奇跡。



 銀の皇女ハンナマリは、ヘルベルトシュタイン公国のテオドア六世の求婚を受け入れたという。
ハンナマリの祖先は確かに王族だったが、今ではただの一般市民。しかも俗世間に塗れていると王族の誰もがいう下品な職業――モデルでもあったものだからテオドア六世と彼女の結婚はありえないとされていた。けれど、テオドア六世はハンナマリを選んだ。王位を捨てて、彼女と共に生きることを。
ヘルベルトシュタイン王族評議会は即日会議を開き、会議に会議を重ねてついにテオドア六世とハンナマリの結婚を許可した。ヘルベルトシュタイン公国の歴史上初の事例となる。
 ハンナマリはモデルを廃業し、故国を捨ててヘルベルトシュタイン公国王妃となるのだ。
バーナビーは心中、あの蛸怪人――ハンナマリの強さと、テオドア六世のハンナマリを思う気持ちの純粋さに心を打たれた。
テオドア六世はハンナマリを違わず見出し、蛸にも関わらず変わらぬ愛を彼女に誓った。そしてハンナマリもまた、自分自身が今虎徹以外にはどう見えているか自分で思い知っていて尚、テオドア六世を信じたのだろう。それは二人の真実の愛の形だったに違いない。
蛸でもなんでもテオドア六世にとってハンナマリはただ一人の愛する人だった。そしてハンナマリにとっても。
これは試練かも知れないが、決して人に乗り越えられぬものではなかったのだ。そうして彼女は一度怖気づき逃げ出そうとした運命に立ち向かう事を決断した。
 きっと、素晴らしい王妃になるだろう。
テオドア六世と共に、新しいヘルベルトシュタイン公国を作っていくに違いない。人々の幸福の糧となりはるかな未来へ。



 僕は虎徹さんが蛸でも見つけられただろうか。
傍に居たいとは願っても、彼らのように変わらぬ愛を誓えただろうか?

 ちょっぴり自信がないなあ・・・・・・とバーナビーは眉を落としながら虎徹の横顔を見る。
やっぱり一生触れないのは辛かったろうと思う。どっかで禁忌を破って押し倒していたか、水中でことに至っていたか――。あ、それじゃ僕が死ぬか。
バーナビーがそんな不埒な事を考えているとも知らず、虎徹は「何?」と笑った。
「なんにしても良かった。本当に、みんな納まるところに納まって」
「そうですね」
慌ててバーナビーは考えていた事を振り払い。
国も軍も今回の幻獣化事件が概ね大団円を迎えたことを歓迎した。海洋研究機構は海洋研究が飛躍的に発展するという展望を描いていただけにちょっと残念そうだったが、地道に研究を続行すると割りと前向きに取らえているようだ。S連邦の大臣は無事ミッドイーストエリアに戻り、紛争は回避され、N国の大使は親書を確かに本国に届ける事が出来た。なんにしても国際的に大変な変動、いや影響があると懸念されていただけにその不安が払拭されただけでも良しということになったのだ。

 虎徹はシュテルンビルトの真っ青な空に向かって大きく伸びをした。
「セントラルパーク行って、ホットドッグとフライドポテト食いてぇわ」
「そんなジャンクフードでいいんです?」
 バーナビーがそう聞く。
折角の二人きりのそれもとても久しぶりの外出! 少し見栄を張って素敵なレストランで昼食でもどうだろうと思っていたのだけれどというと、虎徹は笑顔で頷いた。
「ああ! 海の中で食っても美味しくないモンナンバー1だろ、しけっちゃうわ、どろどろだわで」
水ン中にいて、何が一番恋しかったかっていうと、熱い食べ物だよ。身体に毒だろうがなんだろうが、あー、陸に上がったら絶対温かいモン食うからなーって思ってたわ、という。
「成る程」
 バーナビーは納得したというように頷いて彼の後についていく。
虎徹は振返って手を差し伸べる。
ちょっと躊躇した後、バーナビーは微笑んで彼の手を握るのだ。
「約束どおり、セントラルパークを散歩しよう。いつかが今日だ」
 貴方、ちゃんと聞いていてくれたんですか?
「言っただろ、俺は最初っから正気だったって」
バーナビーは胸が一杯になってしまい、ただ「はい」と応えるのだ。
 今日は快晴。
人々は幸せそうな笑顔の二人を黙認する。
今だけは、今日だけは。彼らのささやかな幸せを邪魔しないように見守っている。
「今度一緒に水族館行こうぜ。挨拶したいやつらもいるし」
「ラッコですか」
「貝はもういいや」
シュテルンビルトの街並みはいつものように活気付いて、二人のヒーローを飲み込んで行った。








「ねぇママ」
「なあに?」
 二人が通り過ぎていった後、じっとその後姿を見つめていた少年が母親に言った。

「水族館に人魚は居なくなっちゃったけど、この街にはヒーローがいるからいいよ」









    ありのままの君でいて


 そう、この小さな奇跡、地球の上で。













FIN.





TIGER&BUNNY
【SPLASH!〜人魚のいる水族館〜】
The aquarium where a mermaid is.

表紙

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よりイルカのシルエット使用。

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Photo by (c)Tomo.Yun




2014 CHARTREUSE.M Thank you for reading to the last. 最後まで読んでくれてありがとうございました。







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