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喪 失(4)



 会社で行う必須業務の一つに、カウンセリングが足された。
事故後の後遺症を心配しての事だと言うが、虎徹はそれを2年前からずっと受けていたと言う。
アポロンメディア社にヒーローとして再就職したとき、契約書にその一文が新たに書き加えられていた。
最初は連れ立ってメダイユ中央メディカルセンターへ向かった。
 新棟と呼ばれる部分は今までの敷地から幾分か離れており、ゴールドステージ中央公園から延びる散歩道と途中で交わっている。
そこを虎徹とバーナビーは、バディヒーローとして復帰して暫く、二人手を繋いで歩いていったものだった。
 しかし、今はもう彼はバーナビーとは手を繋がない。
必要最低限の、バディとしての言しか交わさない。
何時からだったろうと、バーナビーは必死に思い出そうとしていた。
ゆっくりと、本当にゆっくりとそれは進行していったから、この完全な拒絶が何時から始まったのか解らなかった。
 虎徹とバーナビーのカウンセリングは同じ医師が担当していた。
勿論、個別に行われその内容は互いには知らされないのだが、何故同じ医師なのか少し疑問に思うこともあった。
タイガー&バーナビーというバディそのもののカウンセリングだとしても、少し奇妙な気はした。
ただ、医師からの紹介で、彼がN.E.X.T.専門のカウンセラーだということが解った。
そしてこの分野の医師は非常に少ないと言うことも。
 両方とも、N.E.X.T.による記憶改竄という、ある意味強制的な精神への打撃をこうむっていたから、そういった専門家を手配したのだというのが正解なのだろう。
それとは別に、虎徹は肉体的にも、N.E.X.T.による傷を被っていた。
そう、それはバーナビーたちヒーローという名のN.E.X.T.たちによるものである。
こればかりは否定したくとも事実だ。
 記憶を改竄されたヒーローたちの攻撃は情け容赦なく、更にその後傷を押してのジャスティスタワーでの戦闘で、虎徹は生きているのが不思議なほどの傷を負った。
彼は奇跡的に蘇生したが、やはりあの瞬間一度、死んでいたように思う。
少なくとも、鼓動が止まったのをバーナビーは知っている。
虎徹はちゃんと確認したのか? と笑っていたが、バーナビーには解った。
減退していたとしても、虎徹はやはりN.E.X.T.なのだ。
それも、身体強化系N.E.X.T.に違いない。
その酷使された体の為に、N.E.X.T.自身が恐らく制限を強化しただけで、根本的な部分は全く変わっていない。
N.E.X.T.というその存在は。
 人をN.E.X.T.へと変化させたその時から、人を、半ば呪いのように守り続ける。
肉体的な意味でいうのなら、身体強化系N.E.X.T.のそれは、殆ど奇怪の領域だ。 
同じハンドレットパワーを持つバーナビーもこの時、この力の持つ意味の惨さに鳥肌が立った。
 恐らく、この力は生半可な外傷では、それを保持する者を死なせない。
完全に再生できなくなるまで、それこそ灰にでもしない限り、全力でその個体を生かそうとするのだろう。
 それは祝福だろうか? いや、とバーナビーは思う。
もし、自分が死にたいと思ったときにも、死ねないようなら、それは単なる枷だ。
N.E.X.T.という軛(くびき)に他ならない。
一生それに囚われ、自由に死ぬ事も許されず、さあ歩けと鎖に繋がれながら追い立てられていく。
だとしたら、人は何か、N.E.X.T.とは何か。 我々N.E.X.T.は、単なるN.E.X.T.の入れ物に過ぎないのだろうかと?
 ふと、そんな風に思った。
そして、肉体強化系N.E.X.T.が守れるものは、「肉体だけ」なのではないのかという、恐ろしい予感。
 彼らが欲しいのは心ではなく身体。
それは切り離してはならないもののはずなのに、虎徹の持つN.E.X.T.の守備範囲に、精神というものが含まれていなかったとしたならば。
 本来死ぬべき時に死ぬ事を許されず、再生された肉体の中で、虎徹の精神はゆっくりと、限界を迎えてそうして綻んでいったのではないだろうか。
その考えは、余りにもリアルすぎて、余りにも自分のことにも通じていて、バーナビーには苦しかった。
 でももう、目を逸らすわけには。








「先生、虎徹さんの記憶、いえ、あの分離してしまった部分を統合することは可能なんでしょうか」
 自分のカウンセリングで、バーナビーはそう聞いた。
二人を担当してくれるカウンセラー、精神科医は、元々は黒髪だったのだろうが、年を経て殆ど白髪になってしまっていた。
見つめられると気持ちが落ち着く、不思議な水色の瞳が印象的だった。
年の頃は幾つだろうか。
背が高い、北欧系の容貌を持つその医師は、バーナビーを前に寂しげな微笑を浮かべながら、なにかきっかけがあれば、元に戻るかも知れませんと言った。
「タイガーさんの中で何が起こっているかは解りませんが、認めたくない何かがあったのでしょう。 あなた方ヒーローに対して、なにかとても認めたくない事柄、なにかとても嫌で考えたくない事があって、タイガーさんが自分自身を守るためにその部分を分離させてしまったのではないでしょうか。 もし、タイガーさんがその認めたくない部分もあなたなのだと認識できれば、元に戻るかも知れません」
「それはN.E.X.T.の後遺症、ということは考えられませんか」
 それを聞く時、バーナビーは手が震えていたと思う。
マーベリックの記憶改竄、あれはほんの僅かな矛盾、きっかけがあれば解けるものだと、マーベリック自身が言っていた。
そしてそういった記憶改竄能力は、完璧なものではなく非常に危険なものだと。 人の記憶は、脳の構造は複雑すぎて、下手に手を加えると、後々精神障害を発症したり、時を経てから壊死したり、また記憶を失ったりすることもあるのだそうだ。
そんな恐ろしい改竄を、ヒーローたちは多かれ少なかれ全員受けており、特にバーナビーが酷かった。
そういった可能性を鑑み、更にそれを阻止するためにこのカウンセリングが行われているのだろうが、バーナビーは自分のことはさて置き、どうしても虎徹には自分を思い出してもらいたかったのだ。 もし、これがN.E.X.T.の、マーベリックの記憶改竄が原因だとしたら。
同じような能力者に、治して貰うことが可能なのではないだろうか?
 しかし、医師は首を振るのだ。
「精神感応系N.E.X.T.で、しかも記憶改竄能力者、いわゆる精神支配系能力者は非常に数少なく、よしんば居たとしても、それぞれの能力が同一ということはありえないのです。 人の心と言うのは、肉体を治すようにはいかないのです。 何故ならそれは同一のものがないから。 そしてどう、そこに存在して、どのように治せばいいのか、それが治るということなのか、定義する事も出来はしないからなのです。 そういった理由で、 肉体を治すことの出来るヒーラーは存在しますが、所謂マインドリバーサーというものは存在しません。 そして精神支配系能力者が出来ることは、その心を改竄することであって、ヒーローから剥離してしまったタイガーさんの心を元に戻すことではないのです。 例えば、あなたたちをちゃんと認識していた時まで記憶を抹消することは出来るでしょう。 でも彼は、結局またあなた方を忘れる。 だったらその原因になった事件のところまで全く抹消してしまえばいいとした場合、 タイガーさんの場合は何年ですか? 2年? それとも3年? それであなた方ヒーローは納得するでしょう。 でもタイガーさんから失われた3年という月日はどうなるんですか? そしてその記憶の中にこそ、あなたが思い出してもらいたいものがあるのではないですか? これ以上、彼に喪失させてどうするんです。 人の心を勝手に弄るなどと、本来絶対許されないことなのです。 どんな理由があろうとも、それだけは絶対してはならない。 私はそう思います」
「じゃあ、僕はどうすればいいんですか」
 バーナビーは顔を覆って泣いた。
「焦らないことです」
 彼は優しく言う。
泣き出してしまったバーナビーの肩を優しく叩き、まだあなた方の何も終わってはいないと慰めた。
「焦ってはいけません。 彼もまた、あなたを探して苦しんでいる。 焦らずにタイガーさんを見守りましょう。 何処かであなたと、バニーが同一人物なのだということを認められる接点に至るかもしれない。 どこかで彼の中の記憶が重なって、認識できるようになるかも知れません」
「このまま悪化したらどうすればいいんですか」
 そればかりはどうにもならない、私にも解らないと医師は言う。
「待ちましょう。 何か手立てを考えて見ます。 ただ今は、見守ることが先決ではないでしょうか」
 接点、それはなんなのだろう。
虎徹を捕まえられる接点とはなんなのだろう。
 バーナビーはそこから頭が離れなくなった。


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