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喪 失(5)




 それからまた2週間が経った。
虎徹の様子は変わらない。
ヒーローたちの間には、もはや諦めが広がっていた。
虎徹はもう、このまま思い出さないのではないかと。
諦めきれない筆頭は当然バーナビーで、次いでカリーナだった。
勿論アントニオもそうだったろうが、彼は静かに虎徹を見守ると言う方向で自分自身の葛藤に決着をつけたらしい。
少なくとも、アントニオに関しては、虎徹の家族が覚えている。
村正という虎徹の兄が、アントニオを覚えていて、シュテルンビルトにいる虎徹を案じてよくアントニオには相談していたらしい。
そういったつながりを持ちえていたアントニオは、ヒーローとしては認識されずとも、いつかアントニオとしては認識してもらえるかも知れないと、そういった風に納得し、今は静観することに決めたと笑っていった。
 その絆を、自分に譲って欲しいと何度バーナビーは思ったことか。
しかし、虎徹と出会う前の年月に嫉妬しても事態は進展しないし、建設的ではない。
そして虎徹は、ヒーローたちの中で特にバニーを探していた。
 それは何処かで見た光景だったろうか。





 その日も寒かった。
ふと、昼休みに姿を消した虎徹を探して、ゴールドステージの中央広場まで来た時。
 虎徹が白い息を吐き出しながら、人のまばらなその公園で、バニーを探していた。

何故、ここを選んだのだろう。
何故、ここにバニーがいると思ったのだろう?

バニーとの虎徹の大切な思い出が、バーナビーには解った。
そう、そうだった。
出社して、特に用事がなければ、虎徹とバーナビーはよくここに散歩しにきていた。
まだマーベリックの事件が起こる4ヶ月ほど前の話だ。
虎徹とバーナビーの息がとてもあうようになってきて、バーナビーが虎徹に告白して、断ると思っていた虎徹がそれをはにかんだ笑みを浮かべながら受け入れて、多分一番二人が幸せだった時のものだろう。
 バーナビーの家に泊まったとき、朝は二人でこの公園まで何度か散歩したことがあった。
忙しくてあまりプライベートな時間が取れないバーナビーの為に、多分虎徹が考えた時間のとり方がこれだったのか。
朝が弱いバーナビーも、虎徹とのその散歩だけは何時も付き合っていた。
起きるのが辛かったということは殆どない。 それほど、彼らは満ち足りていたのだ。

「おーい、バニー、隠れてないで出て来いよ」

虎徹が寂しそうにそう呼ぶ。
そして、誰も振り向かない。
彼のバニーは見つからない。

 辛かった。
こんな風に探されているのかと思うと辛かった。
ここに居るんです、僕はここにいる、ここにいるんだ、と絶叫して、何故届かないのか。

みんな、何処に行っちゃったのかなァ・・・。

「バニー? バニー・・・、何処だよ・・・ なあ?」


疲れ果てたように、しゃがみ込む虎徹の傍へ、バーナビーは歩み寄った。
凍えた虎徹の顔が、気配を感じてバーナビーを見上げる。
それから、ぎこちなく笑った。
「やあ」
「虎徹さん」
「どうした? なんか急用?」
「そうですね・・・」
 誰を探しているんですか?
そう聞くと、優しい、それでいて寂しそうな横顔で、バニーを探してると呟いた。
大切なやつなんだ。
でも寂しがりで、一人でおいとくと危なっかしくて。
俺が傍にいてやらなきゃいけないんだ。 なのに俺は見失って、見失ったまま時間だけが過ぎていく。
「早く見つけなきゃ。 約束したんだ」
「約束? どんな約束をしたんですか?」
「ずっと傍に居るって」
「・・・っ」
 バーナビーは胸に手を当てて、声を詰らせた。
でもなんとか涙を堪えて微笑み、バーナビーは虎徹に手を差し伸べた。
「昼休み終わっちゃいますよ、戻りましょう」
 虎徹はバーナビーを見上げてちょっとだけ笑い、でも手はとらなかった。
膝小僧をぱんぱんと自分の右手で軽く叩くと立ち上がり、遠くシュテルンビルトの港の方へ視線を走らせる。
 それから背を丸めて、本社の方へ戻っていった。

虎徹の中で分離したヒーローたちとの付き合いは穏やかで、多分以前と殆ど変わらないものなのだろう。
ただ、虎徹が、彼の中で自分自身が抹殺してしまった者たちを、求めるのが辛かった。
それは理想なのだろうか。そうじゃないのだろうか。
何故、彼はこうして自分とバニーを分離させなければならなかったのか。
一種の狂気なのかも知れない。
虎徹は自分自身の中の狂気を、多分切り離してしまったのだ。
 この優しい男は、他者を憎む事に慣れていないから。
ひょっとしたら、憎むという感情がどこかもともと欠落していたのかも知れない。
それを思い出したからこそなのか、バーナビーには解らなかった。




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