SPLASH!〜人魚のいる水族館〜(19) いつもの昼食時、給餌スペースでバーナビーは虎徹と向かい合っていた。 勿論虎徹は水の中で、自分は狭い給餌場のタイルの上だったけれど。 斉藤からアポロンメディアメカニックルームに避難所――タイガー専用の水槽を作っている、ザ・オーシャンシー・パシフィックで生活してるタイガー自身に、水槽生活で必要なもの、気づいた事、これだけはきちんとして欲しいといった細々したものの聞き取りをしてくれと頼まれた。 やっぱりそれを使用する者の意見は外せないからという。 まあ当然だろうと思ったのでバーナビーはそのまま虎徹に伝えた。 虎徹はうんうんと頷いていたが、何処と無く上の空だった。それは気のせいだろうか? 「虎徹さん、何か具合悪いですか?」 へっ? 虎徹が顔を上げる。 「なんか心配事でもあるとか。あの蛸・・・・・・じゃなくて彼女さんの調子が悪いとか?」 「いやそういうことはないな」 本当に? なんだかそわそわしてるような気がする・・・・・・いや実際にしてる? そう思いながらバーナビーは聞き取りを再開。 虎徹は歯切れ悪く、「なんかそんなのわかんないよ」と言いながらバーナビーの質問に答えていく。 やはりなにかつまらなそうだ。 やがて大体の質問が終わり、今度はザ・オーシャンシー・パシフィックの全景についてだ。 これは虎徹に聞いても良く判らないところが多いだろうので、後で職員に聞いてみようと思う。アポロンまで来て水槽製作の技術指導してくれてるらしいから、今度図面でも持ってきてもらおうかと考えたところで「ねえ、もう質問終わった?」と虎徹が聞いてきた。 「あ、水槽の生活については大体終わりです」 そう言うとふいっと虎徹が背を向けた。 あれっと思う。そのまま虎徹がすうっと水槽の奥に向けて泳いでいったからだ。 「虎徹さん何処に行くんです?」 慌てて聞くと虎徹が嫌そうに振り返って言った。 「何処でもいいだろー」 「水槽の構造――全体マップも知りたいですし、あの、ここで話せる時間って少ないんです。今じゃなくてもいいんじゃ・・・・・・」 「トイレ!」 へっ? とバーナビーは声を上げてしまった。 「あの、トイレって、水の中で?」 「トイレが水の中にある訳ねーだろ。だからクソしにいくんだよ!」 「ええっ、するんですか?!」 心底仰天して聞くバーナビーに虎徹が喚いた。 「あたりめーだろ! 食ってんだから! 生きてんだから! するよ?! 非現実的なモンにされててもさあ、生き物なんだし俺! シュテルンビルトの王子様はしないかもしれないけどさ!」 今まで考えなかった方がおかしい訳だが、よく考えてみたらイルカだって絶対排泄してる筈なのだ。虎徹の言うとおり生き物なんだから当たり前で。ただイルカの排泄行為がどういうものかを観た事がないし考えたことがなかっただけで――以下略。 「あーでも、水中だとあの、何処でしてもいい、んじゃ」 とまあもっともな事を言った訳だが、これには虎徹がむかちんと来たらしい。 「お前俺にここで垂れ流せっていうの?! デリカシーがないヤツだなッ! 一応俺人間なんだぜ! 俺がヤなの! 観られたくないの!」 「あっじゃあ、そのどういう風に・・・・・・」 虎徹は失念しているようだが、今さっきから質問していたのは虎徹が今後入るかもしれない水槽についてだ。当然そこの部分の処理について考えなければならないという必要悪で聞いていただけだったのだが、虎徹にしてみると好奇心で突っ込まれたと思ったらしく、憮然とした表情で「内緒!」と叫んで水に潜ってしまった。 「あっ、虎徹さんそれ凄く重要!」 「がばごぼべ」 水中だと人間の声帯器官が使えない。無理矢理使うとそうなる。だから普段虎徹が水中に居る時はインカムを通して会話をしている。しかしこの時虎徹はインカムをわざと切っていたらしく何言ってるか一瞬判らなかったが、「知るもんか」と言ったのだと後から察してバーナビーもむっとなった。 「貴方の事なのに!」 虎徹さん! バーナビーが立ち上がり水に向かって叫ぶのと同時。 背後から階段を上がってくる気配にバーナビーは振り返る。 「バーナビーさん」 「折紙先輩!」 バーナビーは慌ててイワンが上がってくる階段のところまで駆け寄る。そしてほっとしたように言った。 「心配してました、全然PDA繋がらなくて」 「出動時の緊急コール以外全部遮断してたんです。それより上手く行きましたよ。簡易リストを手に入れました。はっきりした身元は書かれてなかったので判らないんですが、タイガーさんの勘は当たってました。軍は蛸・・・・・・じゃなくて彼女さんの身元を特定しています」 「本当ですか」 バーナビーが嬉々としてそう聞くと、イワンは力いっぱい頷いた。 「リスト見ます?」 「持ってこれたんですか?!」 それは凄い、先輩凄いですよ! と意気込んで言うのにイワンは苦笑して首を横に振り。 「いえ、擬態情報で取り込んできました。あの、びっくりして捨てたり投げたりしないで下さいね?」 「はあ?」 目の前でイワンが唐突に擬態した。 そう、NEXTでコピーしてきた、例の書類に。 ぱさりと自分の手の上に落ちてきた書類が、ありえないほど重量感があって、ついでに意味が判らなくてバーナビーは悲鳴をあげた。 「うわあああああ?!」 書類――イワンも叫んだ。 「バーナビーさん、投げないで! 僕です僕!」 書類に喋られてもっとパニックになった。 うわああああ! 水はイヤ――!!! そこに虎徹が戻ってきた。 「何やってんだお前ら」 なんだかんだでバーナビーはイワンの擬態した書類を膝の上に乗せてその内容を読んだ。 ちなみに物凄く重いらしい。虎徹は水際から覗き込んでいるのでバーナビーのいうところの書類の重量が良く判らない。 ただ、イワンが擬態したもの――外観や質感はある程度騙せても、重量だけはあまり変えられないのだとここで初めて知った。 「それお前さ、折紙を膝に乗せてるようなもんだもんな」 そりゃ重いわ。 「ある程度は騙せるんですけどね、・・・・・・じっくり持たれるとかなんか違和感最初から感じられてるとか、今みたいに僕が擬態してるって最初からわかってると、重量だけはどうにも誤魔化せなくて・・・・・・」 バニーさ、お前今折紙のどの部分捲ってんだろうな? と聞かれてバーナビーがぶるっと震える。 「気味の悪いこと言わないで下さい」とバーナビーが言えば、イワンも「そんなこと考えないで下さい」と震え声で言う。 虎徹は肩を竦めた。 「ノルディックコンチネンタルエリアか・・・・・・」 「これ、今日ベンさんが手に入れてくれた乗客名簿と照らし合わせればもしかしてある程度絞り込めるかも」 「ベンさん調べてくれたんだ?」 「OBC経由の方で。ノルディック――ノルディックコンチネンタルエリア・・・・・・なんか最近聞いたような――」 バーナビーがあっと声を上げた。 「ヘルベルトシュタイン公国!」 「何?」と虎徹。 察しの悪い虎徹にバーナビーは噛み付くような勢いで言った。 「テオドア六世ですよ! なんでこの時期にシュテルンビルトに来たのかって話題にしてたじゃないですか。今は首都に召喚中らしいですけど、虎徹さんを見に来たんじゃないかって」 「ああ、アレ。あれなんか関係あんの?」 「もしかして、彼女さん、王族なんじゃないですか? そうでなければヘルベルトシュタイン公国の大臣とか、――縁戚とか、ほら貴族とか、王太子が直々にいらっしゃるぐらいだから、従姉妹――いやひょっとすると妹さんとか、お姉さんとかそのぐらい近しい相手なのでは?」 それだったら話が判る。 何故このデリケートな時期に王太子が直々にシュテルンビルトに赴いたのか 確認しにきたのでは? その幻獣が自分の縁ある者なのかどうか――だが、そうであればもうこれは国家間の問題だ。王族が蛸にされたとなっちゃ外交問題にも発展する。 「うわ・・・・・・」 バーナビーは口を押えた。 「大蛇が出ましたね」 「それ本当なのかよ」 「判らないですけど、一番可能性がありますよ」 「うーん? そんなことってありえるのかなあ」 虎徹も考え込んでいる。 イワンが言った。 「彼女さんに直接聞いてみたらどうですか?」 「え?」 折紙先輩怖い! バーナビーが不平を言ったが、それは無視。イワンの言葉に虎徹が首を傾げた。 「貴女は王族なのか? って聞くのはストレート過ぎて逆にこう 殻に閉じこもられそうなので、なんですか、テオドア六世でしたっけ? を知ってますか? 程度に軽く。それで関係者なら反応するでしょう」 折紙ナイス! 頭いい! 「なるほどな。そっか、じゃあそれでいくか・・・・・・。もしそうなんだとしたら良かった。家族が来てくれるなら、少しは慰められるかな・・・・・・」 「虎徹さん?」 ん。 「とりあえず聞いてみるよ。機会を見て。彼女かなり今不安定なんだ。ショックを与えないで聞くのは難しいと思うけどやってみる」 後、と虎徹はイワンに言った。 「ありがとな。俺考えなしにお前に物凄く危険な事を頼んでた。実は後悔してたんだ。軍から探り出せなんて俺もどうかしてる。もう十分だ、ありがとな」 虎徹はバーナビーも見た。 「バニーもありがとう。これから先は俺がなんとかするから、もう軍の情報探るなんて危ないことしないでくれ、な?」 バーナビーは曖昧に頷く。 そう、自分もイワンの身を案じた。これはひょっとして物凄く危険な事を調べようとしてるのかと気づいたから。・・・・・・でも? 「今日はありがとう。午後の開館時間来るから、また明日な」 虎徹はそう言いながらすうっと水槽の真ん中へと泳いでいく。 イワンが擬態を解除した。 案の定バーナビーの膝の上だったので、すみませんと言いながら降りる。 「あ、大丈夫です」とバーナビーとイワンが互いに気を取られていた間に、虎徹の姿は見えなくなってしまっていた。 [mokuji] [しおりを挟む] Site Top |