Novel | ナノ

SPLASH!〜人魚のいる水族館〜(18)

SPLASH7

 ネットで注文していたセッティングパーツが届いた。
カリーナはうきうきしながら袋を開けて、中から純銀で作られた小さな金具を取り出す。
それと一緒に金と純銀のチェーン二本。
机の上に並べて、見比べてみる。
どっちの方がいいだろう? 
暫く悩んでいたが、銀で統一することにした。
 そっとハンカチで包んで持ち歩いていたそれを取り出す。
デスクスタンドの光に翳してふふっと笑った。
ああ、やっぱりなんて綺麗!
 薄青い金箔を塗したようなタイガーの鱗、きらきらとスタンドの光に輝いていて光をあてる角度によって様々な色に輝いて見えた。
ここにあるのがきっと奇跡。
 カリーナはそっとセッティングパーツを取り付ける為に鱗を机の上に置く。
完璧な造形すぎて、本当にこの世のものとは思えない。震える手でセット開始。上手くできないとカリーナは四苦八苦していたが、なんとか綺麗に取り付けることが出来た。
「ふああああ・・・・・・」
 ペンダントトップになったそれに更に銀の鎖をとりつけて、目の前で矯めつ眇めつ眺める。
それから自分の首に手を回して作ったばかりのペンダントを身につけた。
 鱗はしんとして冷たい。カリーナの胸の肌を銀の鎖と一緒にさらさらと滑っていく。
それからカリーナの肌に馴染んで同じ温度になっておちついた。
 タイガーが、私の胸に! 鱗だけど!
カリーナはかあっと顔を赤くして両手を自分の頬に当てたあと、ベッドにダイブ。
そこで暫くごろごろと転がりながら嬉しさと恥ずかしさに悶えていた。



「あげる」
 トレーニングセンターでステアマスターを踏んでいたバーナビーは突然カリーナに小さな袋を突きつけられた。
「なんですかこれ」
「セッティングパーツとチェーン。金鎖の方が余ったから」
「?」
「タイガーの鱗。どうせアンタのことだからタイガーからひっぺがしたんでしょ」
「なっ!」
 あんまりないい様に言い返してやろうとステアマスターから降りて振り返った途端、カリーナがバーナビーの胸に袋を押し付けてきたものだから、反射的に受け取ってしまっていた。それからカリーナが突然自分の胸を広げる仕草をする。ぎょっとして少し後退ると、銀鎖を手繰り寄せ、カリーナはその美しいペンダントトップを見せた。
 虎徹の現実離れして美しい鱗がそこにあった。
「わ」
「凄いでしょう? こうしておけばいつも安全に持ち歩けるかなって。どーせアンタハンカチかなんかにくるんでポケットの中に入れて持ち歩いてるんだろうし。それ失くすわよ」
「・・・・・・」
 バーナビーは声に詰まる。どういっていいか判らず暫くぼけーっとカリーナの顔を見て固まっていたが、「ありがとうございます」と呟いた。
カリーナが袋の中を見ろという仕草をするのでごそごそと中身を取り出してみる。
極小さなビニール袋の中に梱包された金鎖と、虎徹の鱗をペンダントヘッドとして固定する為の純銀のパーツが入っていた。
「私よりハンサムの方が金が似合うでしょ。私はどっちかっていうとシルバーのイメージだし」
「頂いていいんですか」
「いいわよ、タイガーの鱗だもん、こんなに綺麗なもの邪険に扱われたら堪らないから。早くつけちゃってね」
 バーナビーは休憩時間に談話室のテーブルで虎徹の鱗を自分もペンダントヘッドにした。
バーナビーもまた、目の前にそのペンダントを持ってくると美しい鱗を矯めつ眇めつ眺めた。
 それから自分の首に手を回してそれを身につけたが、なんだか虎徹を胸に抱いているような気分になってソファーの上で自分の口を押えて悶える。
それは昨日の夜カリーナがやっていたことと寸分変わらなかったのだが、知らない方が幸せだろう。
そんなことをやっているとPDAにベンから連絡が入る。
慌ててにやける顔を引き締めて出れば、ルナ・マルセイエーズ・オー号の乗員名簿が手に入ったとのこと。
「国際ニュースで流れた方だな。幻獣化したということは一切触れず、行方不明者として処理されてる。そのリストだが、抹消されてるのが幾つかあるんだ。八名分かな? 軍の面子については不明だ。そもそも乗客じゃないしな」
「虎徹さんの扱いは?」
 抹消の八名のうち一人なのかどうかの確認だったが、ベンは「軍側の行方不明者にカウントされている」と応えてきた。
ワイルドタイガーは乗客ではなかった。当然の処理だろう。
「ルナ・マルセイエーズ・オー号は満席だった。乗組員――操船に携わった方な、スタッフを除外すると 497名が乗船していた。乗組員の行方不明者と軍・警察側の行方不明者数を引くと、乗客の行方不明者数は126名ってことになる。大凡な。消された8名の詳細は不明。警察筋と司法局筋から調べられたのはここらが限界だな。司法局は回答を拒否してきた。権限がないんだと」
「権限がない?」
「恐らくバーナビー、アンタが考えていることが「あたり」だろうな。政府関係者か何か・・・・・・国家にとって重要人物クラスが行方不明になっていると思って間違いないだろう。それがなんだ、虎徹が肩入れしてる 超美人蛸? かどうかは判らんが。それに一人じゃないかも知れん」
「複数ですか」
「ほぼ地球を半周してたっていうじゃないか、豪華客船で? 各国の要人がバカンス兼ねて乗船していたようだ。コンチネンタルエリア、ミッドイーストエリア、そこらへんの国々のいずれか、大臣か下手すりゃ大統領クラスがな。今ニュースを調べてるが特に混乱しているように見える国はないが、強いて言えばミッドイーストエリアのS連邦あたりの動きがおかしいっちゃおかしい。ま、そこらへんは前からきな臭いが」
「ありがとうございます」
「無理するなよ、バーナビー」
 ベンはそう言って通話を切った。
バーナビーは司法局と警察には既に行っていた。しかし殆ど門前払いの対応を食らってしまう。
ベンはOBCの経路から調べてくれたのだ。だが所詮それもニュースという電波に乗った情報でしかない。多少突っ込んでベンは国際情勢も調べてくれていたがやはりこれは折紙先輩待ちだなあと思うのだ。
 しかしやはり国家要人クラスが複数幻獣化されているとなると――。
「まずったかな・・・・・・」
 バーナビーは少し後悔する。
下手をするとイワンが消されかねないこれは酷く大きな事件、なのではないのか? と。
「・・・・・・」
 暫く悩んだ後、バーナビーはPDAで折紙サイクロンを呼び出す。
藪を突いたら大蛇が出たということにならなければいいけれど。



 虎徹は給餌スペースでラッコに取り囲まれていた。
大抵の生き物はどうやら異種であっても気持ちがある程度通じるらしい。色んな音があると今の虎徹にはなんともなしに判る。
無意識に、自分が理解できる言葉に置き換えてしまう。
ラッコたちにしてみると、虎徹はどうやらいつでも元気が無いように見えるようだ。どうしたらこの生き物を元気付けられるだろう? そういった変な思いやりというか労わりが、虎徹を取り囲むという行動になるらしい。
 自分は思った以上に結構参ってるんだなあと思う。
そりゃそうだよ、何が悲しくて魚類だよ、俺は人間だ。好きで水槽で飼われてるわけじゃない。
良くして貰ってるけど、皆も気を使ってくれてるけど。多分ここに一緒に飼われてる動物たちも自分をとても労わってくれている。判ってるけどやっぱり辛い。
――餌、餌やる、元気出せ。
――氷、氷くれ。
――元気ないぞ、元気。貝、貝貝貝貝貝、魚、魚魚魚。
――美味しい。元気出るぞ。水、水水水。
――なんか来た。
 ラッコたちが慌てて水の中に潜る。
虎徹は振り返らずに言った。
「――何の用ですか」
「・・・・・・驚いた、判るのかね?」
「まぁね」
 虎徹が水の中で尾を一振りしくるりと彼に向き直った。
険のあるルチルクォーツの瞳。
「あいつら結構デリケートなんです。ストレスかかると毛が抜けたり吐いたりするんだ。給餌時間に来るのはマナー違反じゃないですか?」
 そう聞くと、幻獣化事件の軍総責任者であるノーマン大尉がそれはすまなかったと素直に頭を下げる。
虎徹はため息をついた。
「飼育員には無理を言った。だが、君は中々捕まらないし、私が呼んでも出てこないしね」
「俺今何も出来ませんし」
 虎徹は視線を彼から逸らして少しむっとしたように言った。
「この水槽から出れない俺に出来る事なんかあります? なんもできねぇ」
「中学生の女の子を救ったとニュースで見たよ」
「んなの微々たるもんだ。俺は本当は――」
「君しか出来ない事もある」
「どんな?」
 虎徹は自嘲気味に笑った。
「気休めはよして下さい」
「海洋研究機構(Oceanographic Institution)と、NEXT研究機関と、軍のNEXT排斥強硬派と統合政府一派で君の処遇について一触即発の状態になっている。どこも自分たちの考えが正しいと――最も問題解決に近しいと主張して譲らない。君は何処に所属したい?」
「え?」
 虎徹は目を瞬く。
ノーマン大尉は意外にも優しい瞳で虎徹を見下ろしている。その様子に具合悪く虎徹が身じろぎした。
「それもこれも君が人魚だからだ。初めて意思の疎通を可能としたマディソン症候群患者――いや被害者か。私は概ね政府側の意見に賛成だ。軍の大半もそうだが今回ばかりは問題が拡大し過ぎてしまった。――海洋研究機構の依頼を断らない方が懸命だろう。ワイルドタイガー、承諾したまえ。これは忠告であると同時に君の為でもある」
「どういうことですか?」
「詳細を聞く気になったかね?」
 ええ、と虎徹は曖昧に頷いた。



 擬態できるったって、コンピューターの中身までは覗けない。
そもそもそういう技術を自分は持っていない。
イワンはそう思う。探るといっても結構難しいのだ。
とりあえずパシフィカルグラフィック館内に設けられた軍の常駐場所――常時其処にいるのは六名程だとあらゆる擬態を駆使し、ここ三日間でなんとか探り出した。後は中に入れてもらわなければならないが、どうすればいいだろう?
 暫く悩んで嫌な思い出しかないが――イワンは消火器に擬態した。
軍の常駐場所――司令室にもなっているその扉の前でででーんと鎮座している消火器はあらゆる意味でシュールだった。
交代に戻ってきた軍の恐らく通信士二人が、扉の前に置かれている消火器に首を傾げた。
「おい、なんか消火器出てるぞ?」
「パシフィカルグラフィックの備品なのかこれ? 交換しろってことか?」
 頭を捻りながら一人が消火器を持ち上げる。
「重ッ!」
 なんだこの消火器、えらい重たい! と通信士が文句を言う。
「なんだお前体力ないな」ともう一人が笑い、一応それチェック通せというので入り口にあるセンサー――主に爆発物を探知する――を通過させた。
電波のチェックも一応し、なにも検出されないのを確認してから室内に持ち込む。
「職員も声をかけてくれりゃいいのにな」
 すげえ重い消火器なんだが、とまだ文句をいいながらなんとか中に運び込んだ。
「設置場所はどこだ?」
「洗面所の下でいいんじゃないのか」
 めでたくイワンはトイレの横に置き去りにされる事に成功。
戻ってきた二人は、今まで作業をしていた二人と交代する。
交代までの時間は約二時間。館内の警護をする役と待機する役、軍の本部――パシフィカルグラフィックの周辺にある何処かのビルが本拠地らしい――へ戻る役というローテーションになっているのだ。
 イワンは待った。
待つのは苦痛だが兎に角待つしかない。そのチャンスは上手くすれば二時間後だ。
そして二時間後、そのチャンスが訪れた。再び交代の時間、次の二人がやってくると引継ぎをして去っていく。
少ししてからイワンは消火器の擬態をとき、消火器の時に自分を運び込んだ通信士に擬態した。消火器である自分を持ち上げた瞬間、イワンが擬態情報を取り込んでおいたのだ。
 なんでもないかのようイワンは洗面所から出ると通信機のある部屋に入った。
「あれっ? お前なんでここにいるんだ」
 直ぐに気づかれて、目を丸くされる。
「本部に戻らないとまずいんじゃないのか?」ともう一人も言った。
「いや、ちょっと腹の具合が悪くて・・・・・・直ぐ戻ります」
 そうしろよ、でも大丈夫か? と心配される。
イワンは曖昧に頷いた。
そしてごくりと生唾を飲み込むと、なんでもないかのようにさりげなくこう聞いた。
「今回このパシフィカルグラフィックに保護されてるマディソン症候群患者――被害者でその一番価値があるのは――軍が重要だと思ってるのはやっぱりワイルドタイガー? なのかな」
 通信士の一人が怪訝そうな顔で振り返る。
「どう――だろうな。大尉が交渉中だが」
「確かに妙案だと思うが、どうだろうな。俺なら断るね」
 交渉中? 妙案? 断る?
それから二人はイワンには判らない事柄についてだろう、「ワイルドタイガーに同情する」と話し出すのだ。
「かなり危険な任務だろう?」
「一人だぜ、生態調査もついでにやらせようとか、OIもひでえ案を出すもんだ」
「何が居るか判らないもんなあ。生きて帰れるかどうかも判らないだろう?」
 OI? 海洋研究機構?
 それより、と彼は言った。
「人魚ってのは実在すると思うか? ワイルドタイガーみたいにNEXTにやられたんじゃなく、本当の意味での人魚だ」
「昔そういう特集テレビで観たことがあるが、海洋哺乳類としては居てもおかしくは無いよな」
 それから二人は人魚は実在するのか、ということについて熱く語りだしてしまった。
イワンは暫くその二人の話に相槌を打っていたが、これまたそっとさりげなく聞いてみた。
「今この水族館に保護されてる幻獣で、身元が判っている方はいらっしゃいましたっけ?」
 ん?
と一人が振り返る。なんかお前口調変わったな? と言いながら、ああ今具合悪かったんだもんな、簡易リストならそこにあるぜ、と顎で教えてもらった。
振り返ると奥の席――恐らく上司――彼らが言うところのノーマン大尉の席だろう。きちんと片付いているその机の上にファイルが一冊載っていて、イワンはそれを手に取った。
 ぱらりと捲る。
保護されている水槽、幻獣のタイプ――外観容姿に加えて、SS、SA、S、A等のアルファベットが並ぶ。
トップのSSについては 外観容姿の部分にオクトパス(蛸)と記載されており、名前の部分はブランクになっていた。そして続くのは恐らく出身地だろう。――ノルディックコンチネンタル。
 更に下のリストに視線を走らすと、SAの部分には マーメイドの記載が見て取れ、名前の部分には ワイルドタイガー(鏑木・T・虎徹)、出身地はニューワールドエリアとなっていた。間違いない。
イワンはきょろきょろとあたりを見回す。この情報を出来るだけ正確に持ち帰りたい。でもPDAも今は使えない。撮影なんて出来る訳がない。だとすると。
 イワンはその書類をNEXTでスキャンし、擬態情報として自らの中に取り込んだ。
よし、これで後はバーナビーさんに「僕を読んでもらえば」済むことだ。とりあえず上出来の部類。
「本部に戻らなきゃいけないんで」
 イワンはそう言って、二人の通信士に会釈して軍の常駐場所を堂々と後にした。




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