Novel | ナノ

SPLASH!〜人魚のいる水族館〜(15)

SPLASH6





 お父さん、お母さん、ごめんなさい。
何処に居るの、私を見つけて抱きしめて。

そしてありのままの私でいいって、――――言って。





 朝起きてバーナビーはテレビのスイッチを入れる。
今日もいい天気。そして随分と春めいてきた。いや、もう春といっていいだろう。うっすらと汗ばむ程、今年は夏の到来が早いらしい。
 冬が厳しいと夏暑くなるって言うもんなあとバーナビーはあくびをする。
タイガー&バーナビーが再結成してからもう一年が過ぎた。波乱万丈な一年だった。最後のここ二ヶ月間は特にそう。
そういえば、再結成一周年記念パーティー開くとかなんとかアニエスが企画してたと思うけれど、全く聞かないまま過ぎちゃった。
 まあ、虎徹が幻獣化――人魚化するというハプニングがあってそれどころではなかったのは自分も一緒だけど。
ごりごりと自分の頭を掻いて、半分寝ぼけながら洗面所に向かう。
今日もかなり過密スケジュールだ。頑張らないと。
 パシフィカルグラフィックの意向も聞かなきゃならない、そういえば軍がアポロンメディアに何か打診したらしい。司法局も近頃てんてこ舞いだ。
やらなきゃならないことが山積みで頭痛がする。でも挫ける訳には行かない。
NEXT研究機関からは連絡がない。マディソンは目覚めない。
「・・・・・・」
歯ブラシを咥えながらリビングに戻る。そのままキッチンに行ってコーヒーメーカーのスイッチを入れた。
やがて漂い出すグァテマラのいい香り。
ニューワールドサテライト放送、所謂グローバルチャンネルのモーニングニュースを聞いていると、シュテルンビルトに現在来訪しているという、件の王太子が首都へ招かれたという。シュテルンビルトを名指しして来国したと聞いたのに何故だろう。虎徹の「もうほっといてやれよ」という言葉が脳裏に蘇り、やんごとない方々というのは一々行動が制限されて大変なことだなあと思った。彼の言うとおり、まだ即位していない現状ならもう少し自由にさせてあげればいいのにと。
コーヒーをカップに煎れて、歯ブラシを咥えたままリビングに戻る。リモコンを操作して映像を出し、シュテルンビルトのローカルニュースにチャンネルを変えると、バーナビーは驚きのあまり歯ブラシを吹き出した。

『シュテルンビルトパシフィカルグラフィックに現在保護されているワイルドタイガー、いえ、シュテルンビルトの奇跡、人魚の姿初公開です!』

「うわあああああああ」
 コーヒーを取り落とし、バーナビーは画面に向かって絶叫した。
『綺麗ですねえ、いやあ半信半疑でしたが、本当に人魚なんですねえ! それもとても綺麗で、まあまあまあ!』
 女性のキャスターが頬を両手で包み、感激したように声をあげる。
映像は素晴らしく綺麗な虎徹の尾の部分、それから泳ぐロングのカットが続いた後全身を映し出したが、顔の部分にモザイクがかかっていた。
『はは、ワイルドタイガーですからね、今更顔出しが駄目ってことはないんですけど、一応司法局からの規制ってことで。』
 しかしこれは一見の価値ありですよ、本当に素晴らしい、いやこれほどとは、――いや自分も是非、彼に会いたいですね、何か、彼と会うには条件が?
そう男性キャスターが聞く。レポートによりますと、と女性キャスターが手元の書類を読み上げた。
『そのワイルドタイガーは自分を必要としている人には会うことにしているって言っているらしくて』
『人魚――じゃなくてワイルドタイガーが選んでるんですか? 自分の姿を見せていい人を?』
『そうみたいなんです。実は昨日、自殺を未然に防いだとか・・・・・・、中学生の女子なんですけれど、聞くところによるとそういうのが判るそうなんです』
『タイガーに?』
『ええ』
 その時に流れた映像を観て、バーナビーは二度驚愕した。
虎徹がガラス際ギリギリまで寄っていって誰かと向かい合っている。そこで振り返ってフレームアウトしていったのは折紙サイクロン――イワンだったのだ。
なにやってんですか先輩! と絶叫したその後出てきた映像では、アントニオが写っていた。不意打ちで撮影されたらしく、虎徹のほうも慌ててカメラから逃げようとしたのか、尾っぽがぴゅっと水槽の奥に引っ込んでいくところが見えた。アントニオは不自然なぐらいうろたえてこれまたフレームアウトしていく。
その後、キースが物凄く遠く、男子トイレの前にいるのが写っていたり、ネイサンとアニエスが腕組みをして思いっきり鑑賞してる様まで写っていた。ついでにパオリンの後姿も見た。
「あああ! なにやってんだ、うちの連中は!」
 バーナビーは床に崩れ落ちるように四つんばいになると、だすだす右手で床を殴る。もうどうしていいか判らない。
『あまり彼を見るチャンスがないのですが、子供の前には割合頻繁に現れるというので暫く待ってたんです。ほらこれがその時の映像ですね』
『これはジュニアハイの研修旅行かなにか?』
『G州のセントウッズグリーンインターナショナルの春の研修旅行だそうで、シュテルンビルトに三泊四日の日程だったそうです』
 沢山の学生らしき子供たちがそれこそ目を見開いて虎徹を下から見上げている。
柔らかな笑みを浮かべて、下降してくる人魚。ルチルクォーツの瞳はとても優しそうで。その癖黄金色に輝いていて、人の目の形ではなく。
するりと何度も旋回するようにその場で留まって、美しい碧と蒼に輝く金粉を塗したようなその尾が、ガラスの壁面を撫でていく。
バーナビーはショックで蹲っていたというのにそれも忘れて催眠術にかかったかのように虎徹の尾を眺めてしまった。もしかして本当にそういう効果があるのかも知れない。
その間僅か5秒程度だったのだけれど、一人の少女が泣き出すのだ。
 慌てて周りの子供たちもその子を取り囲む。
『ごめんなさい、ずっと悲しくて辛くて堪らなかった。死にたいだなんて考えてごめんなさい』
 そういって崩れ落ちたのは金髪の女の子。
後からレポーターが顛末をインタビューしにいったのだが、ずっと家庭問題で悩んでいたらしい。
クラスメイトたちに慰められ、その後学校の教師に相談した。養父母の虐待にあっていたのだと、その時初めて告白したのだそうだ。
直ちにG州教育委員会は、女子中学生の保護を決定したという。
『まあああ』とスタジオに戻った映像の中で、女性キャスターが目頭を人差し指で押えながら『なんてことでしょう、なんにしても良かったですね』と言った。
『ええ』と、男性キャスターも頷く。
『どうやら今の人魚・・・・・・じゃなくてワイルドタイガーの姿には何か人をこうリラックスさせる効果のようなものがあるらしいんです。しかし本当に良かった』
『人魚になってもタイガーはタイガー、ヒーローってことなんですね!』



「って、なんかいい話だなーみたいにニュースでは締められてましたけど、僕全然納得してませんので」
またいつもの給餌スペースでバーナビーが憮然と言う。
虎徹はあー肩凝ったなあ、という感じで首を左右に振って何処吹く風という表情だ。
 バーナビーはその後雌豹のポーズから華麗に復活すると、物凄い勢いでパシフィカルグラフィックにやってきた。
ちなみに独断で今日の朝のスケジュールは全部キャンセルだ。
アニエスが何か怒っていたが「今日の朝のニュース、僕全然知りませんでしたがッ!?」と叫んだら黙った。
 ついでに本人の虎徹にもどういうことなのだ、だまし討ちで撮影されたのかそれともこれは貴方は了解済みだったのか自分は知らなかったのに、わざと僕には黙ってたんだろうと怒鳴ったら、虎徹も黙った。
 バーナビーは怒りで頭から煙を噴きそうだと比喩ではなく本当に思った。こんなに頭にきたのは久しぶりだ。
暫く神妙な顔をして水面ギリギリまで顔を近づけて、唇をむーんと突き出していた虎徹だったが、やがて上目遣いにバーナビーを見やると「ごめん」と言った。
「何がごめんなんですか」
「お前に黙ってた事」
「他に謝る事があるんじゃないですか?!」
「だって、説明しても多分わかんねぇって思ったし、あいつらのプライバシー、だし・・・・・・」
 へーえ? 
バーナビーが何か言ってやろうと口を開きかけた時、虎徹のPDAが鳴った。
虎徹のだけが鳴る。虎徹ははっとしたようにそれを何故か左手で隠した。バーナビーは訝しむ。PDAが立体起動して直ぐに判った。
「あの・・・・・・、タイガーさん、今よろしいでしょうか・・・・・・」
 気弱な声。誰だか直ぐに判ってしまった。
「折紙先輩?!」
「――だっ!」
 折紙今は駄目、バニーが・・・・・・と虎徹が言いかけて、バーナビーは更に険しい瞳に。
「虎徹さんっ」
「ひいっ」
 ぱしゃん。
薄青いひれが水面に現れ、腰が引けたのか虎徹が水際から遠ざかっていく。それをバーナビーは一瞥して決して許さなかった。
「ごごごごごごめんなさい」
「・・・・・・」
 バーナビーは無言で虎徹に手を伸ばす。虎徹はびくっと水中で身を震わせたが逃げなかった。バーナビーの手は真っ直ぐ虎徹のPDAに向かっており、問答無用でコールを遮断。
代わりに自分のコールで折紙サイクロンを呼び出した。
「虎徹さんに聞くより、折紙先輩に確認した方がはやそうですね。説明して貰えますか」
「は、はい」
 PDA画面の中でイワンが飛び上がってその後すみませんすみませんと連続で謝って来た。
既に午前の開館時間が迫ってきていたので、バーナビーはいつも利用している給餌スペース――水族館関係者――基本飼育に担当する職員しか入れない場所――へと呼びつける。イワンが今まで一度も来ようとしなかった場所だというが、この時ばかりは素直に応じてイワンは関係者以外立ち入り禁止のその場所へと訪れる。
 明らかに、怯えきった表情でバーナビーは更にむっとなった。
「説明して下さい」
「あ、はい・・・・・・でもどこからしていいのか」
「全部。最初から全部お願いします」
「長くなりますが」
「長くていいです」
「・・・・・・」
 虎徹がぶくぶくと潜っていく。バーナビーは虎徹のほうを振り返らずに「虎徹さんも其処にいて下さい!」とぴしゃりと言った。
 暫くの沈黙。
イワンは何か頭の中で話すことを纏めていたらしい。ぶつぶつと呟きながら指で数を数える仕草をする。それになんの意味があるのだろうと思いながらバーナビーは待った。
やがて、イワンはぼそぼそと話し出すのだ。
「タイガーさんが正気づいた日、というかあの密輸業者によるパシフィカルグラフィック占拠未遂事件の日ですがタイガーさん、水中でも使用可能なPDAと音声自動変換用のインカムをアポロンメディアのメカニックさんから支給されてましたよね。・・・・・・その日の夜ですか、タイガーさんから連絡があったんです。あの、僕とバイソンさんに」
「え?」
 バーナビーが虎徹を振り返る。
虎徹がばっと反射的に顔を横に逸らしたのが判った。もう一度イワンのほうを向く。イワンは俯き加減で、「その、病院へ行けって、言うんです。二人ともって」と言った。
その時僕たち行きつけの店があるんですけど、スカイハイさんも一緒だったんですけどね、という。
「病院へ? 虎徹さんが?」
 はい。と、イワン。
「何故?」と問う。虎徹ががりがりと右手で自分の頭を掻き毟って、「俺、判っちゃうんだよ」と言った。
「何が?」
「その・・・・・・人の身体の調子とか、――気持ちとか・・・・・・」
「え?」
 虎徹が困ったように半分以上顔まで水に沈めてしまい、生の音声ではなくPDAから虎徹の擬似音声が流れてくる。
「イルカもそうなんだそうだ。本当かどうか知らないけど、俺は自分がそういう力を持って本当だって判る。エコロケーションってさ、音波を発射して対象物をスキャンする力なのさ。身体の中も透視できるんだよ」
「それどころか、その人の心理状況まで把握することが出来るんだそうです」とイワンがその言葉を引き継ぐ。
「タイガーさんが、僕の身体の調子がおかしいって連絡をくれました。バイソンさんにも。信じられないかと思うけど、検査を受けたほうがいいって」
「受けたんですか?」とバーナビーが聞くと、イワンが頷いた。
「僕は関節ねずみで、バイソンさんは結石でした」
 結石は判ったけれど、関節ねずみというのは初めて聞く言葉だったのでそのまま聞き返す。イワンは、今月頭にあった出動の際どうやら負傷していたらしいと言った。
「関節内遊離体ともいうんですが、どうやら膝の骨が一部剥離して、関節内を動き回ってたらしいんです。これ僕全然気づいてなくて。ほっておくと水が溜まる症状が出てきたり、関節が上手く動かせなくなるものなんです」
「どうしたんですか?」
「先日手術で固定しました。部分麻酔での手術なので日帰りで。これが凄いところはあの、軟骨だったのでX線写真に殆ど写らないんです。だから大抵の場合痛みが出たり関節が動かせなくなってからしか診断できないんだそうで・・・・・・」
 バーナビーが虎徹を振り返った。
虎徹はばつが悪そうに言った。
「――――視えるんだよ。視ようと思ってるわけじゃないんだけど、なんていうか判っちゃうっていうか。・・・・・・判っちゃったらほっとけないだろ?」
「貴方それ・・・・・・」どうして僕に教えてくれなかったんですか、と言いながらバーナビーも判ってしまった。
「貴方自分の治療中に――」
 虎徹は頷いた。
「軍の連中に口止めされてたんだよ。軍の連中に知られた時点でなんかまずいなとは思ってたんだけど・・・・・・これ以上知られるなって釘を刺された。それまでに俺、アニエスとケインにも連絡しちゃったし。ブルーローズもだから知ってる。あいつも口止めされてて言えなかった筈だ。バニーをわざとハブった訳じゃないんだよ。スカイハイとキッドも知らねぇよ」
「アニエスさんとケインって・・・・・・あの補佐の?」
 うん、と虎徹は頷いた。
「二人とも身体に異常があったんだ。それでまあその。・・・・・・ケインは肝臓だけど、アニエスの方は聞いてくれるな」
 何故と聞いてバーナビーも気づいた。
多分女性のデリケートな部分の話なのだろう。
 それから先、虎徹はぼそぼそと話した。
判っちゃうんだ。別に知りたくもないのに。死にそうなやつとか、これから悪さをするやつとか。落ち込んでるやつ、とかそんなのも。
 判っちゃったらほっとけないだろ?
ルチルクォーツの瞳がバニーごめんと潤んで光っている。
「判るんだ、体のこともだけど、気持ちも。折紙が・・・・・・いや、イワンっていう青年が、俺の力を必要としてるって。だから俺は力を貸したんだ」
「ごめんなさい」
 イワンも謝った。
「どうしてもタイガーさんに聞いて貰いたかったんです。僕の親友の事で」
「エドワード」
 バーナビーは胸を押えた。
「・・・・・・そういえば、仮釈放が決まったって」
「・・・・・・はい」
 タイガーさんと会話出来ないとき、僕は勝手にここにきて、心の中でずっと相談してたんです。タイガーさんの姿を見てるだけで励まされる気がして。
僕ずっと、ずっとエドワードと話し合うの怖くて、仮釈放後のエドワードの身の振り方や、僕が出来る事とか、ヒーローであることとか、頭の中ぐちゃぐちゃで、でもタイガーさんが泳いでる姿をみてるだけで、心がこうすうっと軽くなっていくようで僕それでずっと・・・・・・見てたんです。すみません、それでタイガーさんが連絡くれた時、もう堪らなくて。
「それで、タイガーさんに時間を下さいって」
「・・・・・・」
 バーナビーはふっと笑った。
それからごめんなさいと俯きながらぽろぽろ涙を零すイワンの肩をそっと抱くのだ。
「ば、バーナビーさん・・・・・・」
「すみません、惨い事を聞きました」
 バーナビーは虎徹を振り返った。
「虎徹さん」
「悪かったよ」
 虎徹も素直に謝った。
「言ってもわかんないって、お前に言った。ごめん」
「確かにエコロケーションの事は僕には理解できませんけど、・・・・・・そうでしょうね、虎徹さんなら」
 観客だろうがなんだろうが、虎徹は救いを求めている人がいたら躊躇わないだろう。
中学生の少女を救ったように、彼は躊躇なくそうして出て行ってしまうのだろう。
「その様子を撮影して流したのはアニエスさんの企画?」
「そだな、軍は相当渋ってたけど、何でかベンさんが公開しろって」
 バーナビーが顎を杓った。
「後で相談してみます。ひょっとしたらちょっとまずい事態なのかも・・・・・・」
「?」
 虎徹が目を瞬いた。




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