Novel | ナノ

SPLASH!〜人魚のいる水族館〜(14)


 次の日のお昼時に再び同じ場所、給餌スペースでバーナビーは虎徹と話している。
昨日は遅くまで仕事仕事で殆ど帰ったのが明け方だったものだから、朝弱いバーナビーは午前中どうしても起きれなかったのだ。
それでも起きて直ぐに虎徹に会いに向かった。今日は逆に夕方から仕事が詰まっているのでもうこの時間しか会えない。
少しでもいい、ほんの少しでもいいから会いたかったのだ。会いたい。
 急いでその場所に向かうと虎徹はちゃんと察していてくれて、その場所で待っていてくれた。既に昼食は済ませたという。
「魚ばっかりで飽き飽きしてるよ。あー、人の食べモン食いてぇなあ。ホットドッグとかさあ。熱いのは論外としても俺元々冷たいのが好みだし。買ってきてよ」
「内臓も変化しちゃってるんだから、ファストフードは無理でしょうねえ」
 ないないとバーナビーは首を横に振った。
「まあそんなに食べたいなら、ちょっと後で飼育員の人に聞いてみます」
 多分だめだと思うよ、と残念そうに虎徹がいいつつ手にしているものに気づく。
虎徹は黒っぽい貝殻を左手に持っていた。
「それはあの、今日の昼食の一部ってことですか?」と聞くと、虎徹はそうであってそうではないという返事を寄越した。
「? じゃなんで持ってるんです?」
「今日今さっきだけど、給餌時間になってさ、その日によって違うんだけど、今日はたまたまラッコと一緒だったの」
 うん、と聞く。
「なんかあいつら物凄く俺に興味津々で、それはイルカもペンギンもそうなんだけどなんだかさ、ラッコの興味の持ち方ってちょっと良くわかんないんだよな。なんか俺に食べ物くれるのよ。最初はあ、ありがとって受け取って食ってたんだけど、なんつーかわんこそばなの。そば的な感じで、こう」
 虎徹は「ひょいぱくっ」と一口で食べる仕草を繰り返した。
つまり、ラッコは虎徹に「あげる」と自分に給餌された貝をそのまま渡す、虎徹が食べる、するとまた渡す、食べる、渡す、食べる・・・・・・という無限ループになってしまうのだそうだ。え、それって、とバーナビーが言うと、「それが一匹ならまだしもさ、五匹いっぺんにやるのよ。そんなに食えないっつーの、って断るとなんでか今度は貝殻だけ寄越すのよ。いらねーよみたいな」で、それを繰り返していたらいつの間にかウチムラサキの貝殻が大量に溜まってしまったんだそうだ。
給餌の人に最初は返そうとしていたのだけれど、これまた何故かラッコがつぶらな瞳できゅーんととても悲しそうに自分を見つめてくる。どうやらプレゼントしたのに捨てるの? 的な意味だと悟った虎徹は、悩みに悩んだ後、自分の寝床にもって帰ってしょうがないからそこに飾っておくことにしたんだそうだ。
「それでももう毎日大量にくるからさ、交換って形にしようって言ったのよ。互いにね、こう交換ね。でないと一杯になっちまうからなって。そしたら俺なんもあげるもんなくてさあ、しょうがないからブルーローズが氷作るだろ? そん時余分に作ってもらって、そいつでお返ししてたの」
 はあ、成る程ねえとバーナビーは思った。
それがあの、ウチムラサキの貝殻を積み上げていた、という飼育エピソードに繋がるわけか。
変に納得してしまい、バーナビー微笑む。虎徹は自分が言うように、自分たちと意思の疎通が出来ない時もそれなりに意味のある生活を送っていたらしい。
「なんか俺さあ、魚介類にもだけど、動物にも人気なの。どうぶつ」
 俺も動物だけどよ・・・・・・なんで集ってくるのかよくわかんねんだよなとかちょっと困り顔で言うものだからバーナビーはぷっと吹いた。
「虎徹さんが優しいって彼らにも判るんですかね」
「優しいの定義が良くわかんないけど、あれだあれ、俺は俺自身だからわかんねえけどさ、俺見てるとなんか癒されるだろうなってのは判った。くらげみたいなもんだな」
「くらげ?」
「俺割りとくらげ好きなの。見てるのが。ただぼーっと見てるだけだけどさ、ほらアポロンメディアのロビーさあレインボーの設置物あるだろ。なんか無駄にでかいの」
「中央の柱の事を言ってます?」
 そうそうそれと虎徹が仕草で応えた。
「そこに水槽あるのよ。中身変わるからアポロンメディアがどこかと契約してるんだろうけど・・・・・・観葉植物みたいにさ、管理会社が別にあるんだろ。で、そこに普通熱帯魚が泳いでるんだけど、中身がたまーにくらげになることがあるのよ。で、俺はそのくらげの水槽が一番好きなんだ。虹色の設置物っつーか柱の虹色って照明だろ? それがその水槽に映りこむようになっててキレーなの。くらげが」
「くらげが?」
「七色で」
「六色で?」
要領を得ないというようにバーナビーが虹の色数を訂正してくるので、虎徹は根気良く説明する。たまにあるのだ。バーナビーが変に突っ込んでくるところが。これもまあ一種の会話によるお遊びみたいなものでバーナビーはたまに無意識にそれをやらかす。対人経験が少ないというか、人との接し方に難があるというか。なんにしてもバーナビーがこういうめんどくささを発揮するのは自分に対してだけだったので虎徹はこんなような無駄な会話が実は嫌いではなかった。
「七色――七色なのは日系の表現なのか。バニー的には六色? なの? まあいいや、兎に角虹色に染まるの。だからくらげがね。アクアセラピーっていうんだろああいうの。お前の方がほら色々忙しいじゃん、俺OBCから先に出てよくあそこで待ってたじゃん? 一時間とか二時間とかさ。やることないから大抵ニュースみてんだけど、ニュースも別に興味がなきゃ水槽見てたりすんの。で、くらげをね」
「くらげを」
 バーナビーはたまらず笑いだした。
虎徹があんまり虎徹らしくて、ついでに一生懸命なので。
やっぱりからかってたんだなあと虎徹も水に沈みながら笑う。
「ま、そういうこと。判った?」
「虎徹さんはくらげより綺麗ですよ」
「そか? ライトアップでもされてみようか?」
「それはどうなのかな」
「ふふん」
 それから虎徹は少し寂しげに口を噤んでしまうバーナビーの表情に「なんかあった?」と聞くのだ。
「いえ、大したことでは・・・・・・」
 そう言って寂しげな笑顔で俯く。
その様子に虎徹は首を傾げ。
一度水中に沈んでから顔を出し、口笛を吹くような仕草をした。
その瞬間あたりに響き渡る細く長いホイッスル音。それは歌だと人は云う。
見事な程リズムを持って、本当に歌っているよう。バーナビーは複雑な音の重なりなのだとそれを知る。何処かに反響しているのだろうか?
ザ・オーシャンシー・パシフィック全体に響き渡るその水棲動物の歌にバーナビーは天井までを見渡してみる。ああ、そういえば。
「虎徹さん、貴方赤ちゃんを助ける前、水の中で歌ってました?」
 そう聞くと、虎徹がにっと笑った。
「音で世界を視るんだ。視えるんだな。目で見る力が弱いからそういう別の力を授かった。あの時は急いでたのと俺結構ムカついてたんだよ。それで大声で叫んだ、無意識にだけど。やめろって。てめー投げてみろ、俺がぶっとばしてやるって。人には伝わらなかったけど」
 バーク音とトレーナーは言っていたか。
成る程、もしかして虎徹が人の意識に目覚めたのはそういう理由かも知れない。この人は本当に優しい人だから、自分よりも他人が傷つく事を恐れる。
やめろと叫んだ、でも通じない。イルカには伝わるのに。違う、頼むからやめて――どうして俺の言葉が通じない? 誰か聞いてくれ、どうか助けて。
なのにやめるつもりがない、本気なんだと思ったら怒りで突き抜けたのかもしれない。同時に自分が居る場所で行われた酷い事。マディソン症候群に陥った犠牲者たちの一人でありながら、虎徹はただ一人、ヒーローだった。ヒーロー以外何者でもなかった。虎徹はただ、あの子供や彼女を助けたかったのだ。人に判って貰えない、このままじゃいけない、誰か、誰か、誰か!
「バニー?」
 虎徹が人の言葉で聞く。
バーナビーは困ったような笑みを浮かべて、ただ首を横に振るのだ。
「参ったな、貴方はいつも強くて――大したことじゃないんです。本当になんでもありません」
 僕はだめだ、この人に――いつまで経っても追いつけなくて。自分の事ばかりで。
じっとルチルクォーツの瞳が自分を見ていると思った。虎徹はほんのり微笑みながら、今の俺凄いんだぞ、音でさ、お前の身体の中も大体判るんだ。それとお前が今どんな気持ちかも。
「嘘つくなよバニー」
 教えて?
瞳がそう促してくる。
バーナビーはなんだか泣きそうになって、虎徹に自分の心のうちをすっかり喋ってしまっていた。
「ブルーローズさんに鱗を上げたでしょう」
「うん? ああ、ブルーローズにはホントに世話になってるからなあ。彼女がいてくれて助かったよ。俺結構今怪我しやすいみたいだし。彼女の力を借りると細かい傷は直ぐ直せるんだ。俺のハンドレットパワーと併用して。これなんかの医療に応用できないかなあ?」
「そうじゃなくて、その・・・・・・ブルーローズはしょうがないにしても簡単にその・・・・・・あんまり身体を晒さないで下さい。そんなに傷つきやすいのに、触らせる――とか」
「んなことしてねーよ、軍の連中とか赤ちゃんとか全部不可抗力だって。俺ってそんなに信用ない?」
「はい」
 へー、ああ、そうなの・・・・・・、と虎徹はぶくぶくと水槽の中に潜っていく。
気を取り直して浮上。
「・・・・・・貴方の身体の一部を・・・・・・それはブルーローズがしてくれたことの代償なんでしょうが、貴方の身体の一部を彼女が持っていって、・・・・・・持ってるなんて。僕・・・・・・なのに・・・・・・」
 貴方の身体の一部を、持っていいのは僕だけだなんて。そんなこと言う権利ないって判ってるけど、だって僕だって本当は。
「・・・・・・」
 無言で俯くバーナビーに虎徹は困ったように首を傾げて暫くの沈黙の後言うのだ。
「鱗が、欲しい? の?」
 バーナビーが無言で頷く。
「でももう、軍に全部サンプルとして――持って行かれちゃったって彼女が・・・・・・」
「あーうん、ありゃ壊死して落ちたんだよ。はがれちゃったっていうか――」
 ブルーローズがな、なんか言ってたんだよ。
「鱗をやるって言った時さ、これを知ったらバーナビーも欲しいって言うって。絶対言うからだからもう一枚取っとけば? って言ってたんだけどさ、ちょっとあんまりな事も言ってたモンだからさ・・・・・・。何しろバニーなら俺の身体から引っぺがしてももってくぞって怖い事言うんだもん。だけどまさか本当にそんなに欲しがるなんて思わなかった。ごめん。むしろ気持ち悪いかと思ってたんだよ」
「そんなことはありません」
 胸にちくりと痛むものが落ちる。
ブルーローズのいい様は確かにあんまりだが、この時心情的にはまさに言われたとおりの事をしそうだったから。
余計にうな垂れてしまったバーナビーに虎徹は嘆息する。
それから労わるように、バーナビーの顔を覗き込みながら「いいよ、欲しいんだろ?」と言った。
 バーナビーはぱっと顔をあげた。
ルチルクォーツの瞳とばっちり視線があってどきまぎする。
 そんなバーナビーの動揺を知ってか知らずか、虎徹が身体をくねらせて尾びれを水中から突き出す。
しなやかな新緑色の尾びれと腰まで続くラインがバーナビーの前に差し出された。
「どれが欲しい? 勝手に剥いで持っていってくれよ」
「でも・・・・・・」
 痛いんでしょう?
そう遠慮がちに聞くと虎徹はだってしょうがないだろうという。
「そんでもなんでもお前、欲しいんだろ」
「僕人非人みたいじゃないですか」
「実際そうなんだから否定してもしょうがないじゃん」
「嫌な言い方だな」
 しゅんとバーナビーがまたうな垂れる。その顔を下から覗き込みながら、虎徹が困ったように笑った。
「なんだよ、めんどくさい兎ちゃんだなー」
 まあ、前々からそうだけどさ。
やれやれと虎徹は肩を竦める。
「しょうがないな、どれがいい? 選んでくれる? そんぐらいは出来るよな」
「え?」
「ブルーローズが持ってたのより大きくて綺麗なのが欲しいんだろ? じゃここらへんでいいんじゃない?」
 虎徹は自分の足――今は魚の尾の部分に変化してしまっているが、足であった頃なら太ももから膝にかけての部分にある緑と青に輝く大きな鱗を一つ指差した。
綺麗な円盤状のそれが金砂をふいた様にきらきらと輝いていて、バーナビーはごくりと喉を鳴らした。
これ一枚で一千万シュテルンドルの価値があるという。本当に宝石のようだと思った。しかしそれはいい、違う。金銭的なことは勿論考えたけれどそうじゃない。そうではなくバーナビーは虎徹に連なるものを誰にも渡したくなかったのだ。それを所持しているのが自分ではないほかの誰かだっていうことが許せなかっただけで。
バーナビーは示された鱗に手を伸ばした。でも直ぐに引っ込めた。
虎徹の身体は思ったよりもずっと繊細なのだという。人が触れてはいいものではないと飼育員たちが口を揃えて言った。イルカのそれよりももっとずっとデリケートで、実際痛みやすいその身体は粘液でうっすらと覆われている。その粘液も人の手を防ぐ事はできない。実際バーナビーが少し抱き上げただけであんなに悲惨なことになった。
熱いのだ。熱いから熔かされてしまう。そしてそれは虎徹を傷つける。
 躊躇ったように何度も手を伸ばすが、触れられない。虎徹を苦しめたいわけでも傷つけたいわけでもないのだ。
やがてバーナビーは諦めたようにため息をついて首を振る。
「――できません、虎徹さんが苦しむだろうのが判ってるのに、剥ぐだなんて」
 爪を剥ぐようなもんなんでしょう? 人間で言えば。
そう聞けば、虎徹は笑顔で「うん」と肯定した。
「凄く、凄く痛いです、よね――」
「ああ。めっちゃ痛い」
「・・・・・・」
 バーナビーは酷いや、虎徹さんと口の中で呟いた。
「貴方、僕を試したでしょう」
「そんなこたないよ」
 でも思い通りだった。バニーはやっぱり優しいし、思ったほど酷いヤツじゃないよ。ブルーローズは誤解してる。
「ふふ」
 虎徹はやはり無理な体勢だったのだろう、尻尾を水の中に沈めると「腰が痛い」というじじくさい発言をしてからバーナビーを下から見上げた。
虎徹が軽く身体を捻る仕草をする。足でも痒いのだろうか? というようにさりげない仕草に見えたがバーナビーは瞬間ぎょっとなった。
 虎徹が青く輝いている。
ハンドレットパワーを発動したのだと知り、意味が判らず動揺したが次の瞬間息を飲んだ。
再び太ももに相当する部分の尾びれを水槽際に持ち上げるとそこに触れたか触れないか程度の虎徹の右手。
今はひれがついていて細かな作業なんか出来ないような気がするそれが、思ったよりも機能的で人と同じような動作もできるのだとバーナビーは初めて知った。
 ぱきん。
雫が飛ぶ。
虎徹が顔を顰めた。右手の人差し指と親指で摘んで引き抜いたそれは、根本が真赤に染まっていた。
銀色の雫と赤い雫が飛ぶ。鱗を引き抜いた根元はどうなっているのか、驚愕するバーナビーは確認することが出来なかった。
虎徹が隠すようにすぐに水の中に自分の身体を沈めてしまったから。
 そして虎徹はバーナビーの目の前に浮上すると、「はい、あげる」と鱗を差し出すのだ。
「虎徹さん、貴方――!!」
 見せてください、鱗を剥がしたところ! 貴方はどうしてそういう・・・・・・!
「俺がお前にあげたかったんだよ」
 虎徹はパニックを起こしそうになっているバーナビーの、水槽に突かれた右手を握って言う。
長く握っていては掌が爛れてしまうと、その接触はほんの一瞬だったけれれど虎徹の思った以上に冷えた手がバーナビーの指先を優しくなぞって行った。
「だって、貴方! 鱗――今、血が――」
「大丈夫だって、ハンドレットパワー発動したのは剥がした後傷を直ぐ治すためでもあるから。もう殆どヘーキ。だから気にする必要ない」
「でも・・・・・・」
「いいからいいから」
 薄蒼いガラスのような鱗。
金粉を塗したようにきらきらと細かく輝いていて、本当に綺麗だ。極薄い青と緑のそれをバーナビーは恐る恐る受け取ると光に翳してみた。
「なんて――」
「お前もさっき言ってたけど、ホントにそれ爪みたいなもんらしいぜ」
 虎徹が薄い皮膜のついた指。意外と長いそれが自分の身体からはがしたそれをつつく。真紅の爪がとても鋭利でその癖綺麗でバーナビーはつい鱗と爪を見比べてしまった。
「凄いよな。そんな風な造形になるなんてさ。自分の身体でもびっくりだ」
「・・・・・・ありがとうございます」
 自分の身体を痛めてまでくれたものだ。しかもこれは驚くほど高価で――、ふと気づいた。これで虎徹自身を贖えないだろうか? 鱗一枚でそれだけの価値があるのなら、なんとかシュテルンビルトに留まることは出来ないだろうか。このままこの水槽で一生――? いやそんなばかな。でも。
 それはとてもいい考えに思えた。けれどバーナビーは頭の中で更に計算して鳥肌がたってしまうのだ。
この鱗一枚で一千万シュテルンドルは価値があるとして、ネイサンは年間イルカでも、五千万シュテルンドルは経費にかかると言ってなかっただろうか。
一年に五枚・・・・・・それは大した数ではないように思えたが、すっかり失念していた。
 280人の全てのマディソン症候群患者を国内で全て贖おうとしたら、虎徹の身体から全て鱗を剥ぎ取ってもまだ足りない。下手にこれに気づかれてそれはいい考えだと受け入れられたとして、虎徹自身が切り売りされることになりはしまいか。いやきっとそうなってしまう。だめだ、だめだ、だめだ。それこそ絶対に知られないようにしなくては。そう誰にも、虎徹自身にも。この人はいとも簡単に自分自身を切り売りしてしまえる人だから。
「――誰にも、もう上げないでください。絶対ですお願いします。僕にもだめです。どうか虎徹さん、誰にももう何もあげないで・・・・・・」
「ちょ、なんで泣くんだよ」
 大丈夫かぁ? なんかもーお前何時でも唐突だからさ。おじさん困っちゃうのよ。
「泣くなよ」
 そういって虎徹は何かに気づいたように振り返る。それから「時間だ」と言った。
午後の来館時間が迫っているのだ。
なんで判るのかと聞くと、ドアの開閉音が「響く」からなんだそうだ。
「お前も聞けたら驚くぞ。水の中って滅茶苦茶騒がしいんだ。多分今の俺人間だったら聞こえてない音も聞こえてる。それで大体判別つくんだよな」
 なんにしても人が来る。水槽を覗きに来るから俺はもう行かなきゃならないという。
姿を見せに――人に媚びるようでそれはイヤだ――虎徹もその、働くのかと聞くと「働くってなに?」と聞く。
「つまり、貴方が自ら見世物に行くってことなのか」と聞きなおすと、「見世物になんかなるわけないだろう」と憮然として言う。でも、と虎徹は前置きした。
「俺を必要としてる相手にならな、例外的に遭う事にしてる」
「それってどういう?」
「説明してもわかんないよ。今日はとりあえず――折紙・・・・・・じゃなくてイワンだな」
 イワン? 折紙サイクロン? なんでイワン。
それを聞こうと思ったが、虎徹は一瞬早く身を翻してしまっていた。
「またなバニー」
 ぱしゃん。
またあの水音。
虎徹さん! と叫び手を伸ばすが届かない。
虎徹は完全に水槽の奥へ泳ぎ去ってしまう前に一度だけ浮上してバーナビーに手を振った。




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