Novel | ナノ

SPLASH!〜人魚のいる水族館〜(12)


 軍の検査期間を経て、あの蛸怪人がザ・オーシャンシー・パシフィックに戻ってきた。
軍が護送し、虎徹の言うところによる彼女がゆっくりと水槽の中に戻される。
蛸怪人は恐る恐ると言ったように水槽の底を目指して泳いでいくと、いつも揺蕩っていた海草付近に身を沈めた。
それはまさにぐったりといった感じで見ていてバーナビーも辛い目にあったのだろうなあとなんだか同情した。
それにも増して鋭い反応をしたのは虎徹だった。
 この美しい人魚は彼女が水槽に降ろされたとき、ザ・オーシャンシー・パシフィックの中間層ではらはらしたように行ったり来たりを繰り返していた。
更に彼女が降りてきた時は、労わるように周りを旋回して底への着地を手伝っていたりした。
 バーナビーはそれを見ていて「大丈夫か?」「何処か痛くない?」「調子はどうだ? 具合が悪いなら横になった方がいいぞ」等の虎徹の声が本当に聞こえるような気がした。実際そう彼は言っていたに違いない。
 蛸怪人の色がすうっと青に変わる。
純白から綺麗なスカイブルーへもっと濃い青へと複雑に変化していく様をバーナビーは綺麗だなと思って眺めていた。
この生き物がなんだかバーナビーにはサッパリわかっていなかったが、シンジケートが人魚を諦めてもこれを持っていったところから、虎徹以上の価値でこれが取引されるんだと知った。マニアの価値観は僕には良く判らない。
 だが、虎徹の価値観も似たようなもので、良く判らないことになっていた。
兎に角虎徹は帰ってきた蛸怪人に心を砕き、労わる態度を示した。
暫く虎徹は彼女の傍に居てその仕草は彼女と長く会話しているようにしか見えなかった。それもかなり親愛的な。
 やがて虎徹は蛸怪人がゆったりと寝そべるのを確認してから、水槽のガラスを怪訝そうな顔で覗き込んでいるバーナビーの方へとやってきた。
バーナビーには全く聞こえなかったが、何か蛸から話しかけられたらしく、途中で振返っていた。
 全身がぴくっと跳ね上がった様が観察されたので、虎徹は本当にこの蛸が好きらしい。
なんだかムカつくなーとバーナビーは思った。
 それまで魚語――イルカ語?――で話していた虎徹がつい人の言葉で自分の歓喜を表現してしまったらしく、インカムで自動変換された虎徹の音声でPDAから「マジで?!」という人の言葉が流れてくる。
それから虎徹は「どうしよう〜」と、水中で少しばかり発射した。
 うふ、うふふふふふ。
虎徹が変な笑いをしながらくねくねと身を捩じらせて水槽の底へと沈んでいく。
気味悪いなとバーナビーは顔を顰めてその様を観ていたが、どうやらこれは恥らっている? ということだろうか。
「随分と嬉しそうですね」
 半分嫌味でそう言うと、「いやーもう、何もかも好みで」とかいう。
はあ? とバーナビーは聞き返すと、虎徹は瞬間真顔になって、「これは浮気じゃないからな」と言ってきた。
 浮気――って・・・・・・。
バーナビーは視線をタコに移す。
上から下まで眺めていると、蛸怪人はすうっと身を翻すと岩陰に隠れてしまった。こちらはこちらでやっぱり恥らっている? ということなのだろうか。
虎徹が慌てて水中で身を起こすと、蛸怪人の方へと向かっていってその手を――多分手かなあ?――をそっと一本取り上げてキスするような仕草をした。
タコの色が綺麗なブルーから黄色、そして純白へと様々に変化する。それがどういう意味を持っているのか単なる人間でしかないバーナビーには判りっこない。
ただ、虎徹がくるりとバーナビーを振返ると、「お前もうちょっとレディに対してさあ、慮れよな。顔に出すぎ。すっげ失礼」と言ってきたので何やら「気味悪い」とか「何がどうなっているんだ」という不信感だけが伝わってしまったと知った。
 虎徹はじと目になっていた。心なしか軽蔑の色を宿しているというのはあながち間違いではあるまい。
「だって――、タコですし」
「おま・・・・・・あっ、」
 虎徹が何か言ってやろうとバーナビーに向き直った瞬間、するっと蛸怪人は岩陰から更に水槽の奥の奥へと泳ぎ去っていく。その仕草は優美といってもいいかも知れない。確かになんていうか上品なんだよなーと思いつつ、バーナビーは「でもタコですし」と頭の中で思った。
虎徹が慌ててその後を追う。蛸怪人の背後――どっちが背中なのかなあ――に何やら必死な表情で訴えかけているようだが、どうやらクリック音――音で会話しているのだと気づいた。タコの方はどうやって意思の疎通をしてるのか謎だが――何を話しているんだろう?
 やがて蛸怪人はそのまま身を隠し遠くへ去り、虎徹だけがバーナビーのところへと戻ってくる。
虎徹は困ったような顔をしていたが、「気を悪くした訳ではないみたいだけど、お前もうちょっと気を使えよ」とため息混じりにバーナビーに言った。
「いつもみたいにしてくれよ。レディにはお前優しいじゃん。外面だけでもさあ。なんで彼女に出来ないのよ」
「・・・・・・」
 できる訳ないじゃん、タコだし。大体何処が顔だかもわかんないのに、どう接しろっていうのさ。
と、バーナビーは内心悪態をつくが、虎徹が本当に困っているようなので意見は差し控えた。
それより問題は虎徹に、「彼女」がどう見えているのかだ。
美意識まで崩壊してる――じゃなくて魚類になってるのだとしたら本当にどうしよう。僕なんか物凄く醜い造作に思われていたら。そんな不安で気が気じゃなくなっており、タコなんかどーでもいいんですよ! とバーナビーもため息をつく。そして逡巡した後、バーナビーは恐る恐る虎徹にあのタコがどう見えているのかを聞くのだ。正直本当に不安だったから。 果たしてそれを虎徹に聞いた瞬間、その反応は劇的だった。
「美人!」
 真紅の爪。
それで自分の顔を傷つけないのかしらん、とちょっと心配したバーナビーだったが、どうやらそういうことはないらしい。
虎徹はルチルクォーツの瞳をきょときょとさせていたが、瞬時にかあっと顔を赤くして、「すっげ好みの美人なんだもん、話しかけるのも悪い、・・・・・・いや失礼かなって思って――声掛けづらくて」と言った。
 どこが?!!
バーナビーはあまりのことに絶句してしまい、それから後ちょっと興味を持ってどんななんだ、このタコじゃなくて彼女の容姿はどのように虎徹さんには見えているのかと問いただした。
虎徹はもじもじとしていたが、「そりゃあもう大変な美人さんで」と彼女に対して最大の賛辞を送り始める。それがあまりに誇大妄想的だったものだから、バーナビーは再び絶句するのだ。
「ほら、ちょっと前に北欧の某王族の子孫だかなんとかで有名になったモデルいたじゃん。シュテルンビルトでもでっかいさ看板でたやつ――覚えてる? お前がデビューした時ライアンが出てたあの広告板だよ。あそこに凄い美人さんが出てきてさあ、雑誌の表紙にもなって、俺らの広告の隣もに並んで話題になったじゃん」
「はい?」
 バーナビーは眉間に皺を寄せつつ、記憶の糸を辿る。
スカンディックエリア(北欧圏)の銀の皇女――ハンナマリ。
そういえば再々結成時、虎徹が嬉しそうに雑誌を買ってトレセンで読んでいたことがあった。そこにブルーローズが来て確か思いっきり取り上げられてたっけ。
「ブルーローズがいやらしいとか叫んで取り上げてたあの雑誌ですか?」
「あー、うんそれ」
 なんだっけ、スカンディック(北欧)のシルバープリンセスだっけ。キレーなプラチナブロンドで目が青緑色でさ。
虎徹がまだなんかいい連ねていたが、バーナビーはブルーローズとのその後の会話を思い出していた。
虎徹が「雑誌返して〜」と情けない声でブルーローズに言ったが、彼女は肩を怒らせたまま女子ロッカールームに直行してしまい、取り返すことが出来なかった。
虎徹はまた買うからいいもん・・・・・・とうな垂れながら諦めていたが、その日の午後OBCの廊下でバーナビーはブルーローズとすれ違って虎徹から取り上げた雑誌を返すように彼女に言ったのだ。
「アンタそれでいいの?」
「それでって?」
「だから、タイガーがあの女優じゃなくて、モデルだっけ? に夢中ってことよ。アンタ、タイガーのパートナーとしてムカつかないの?」
「・・・・・・別に・・・・・・」
 なんと言っていいのか判らないが、虎徹は元々ノンケなのだ。少なくとも以前女性を愛して子供を儲けた事実があってそれはどんなに否定しようとも変わらない。
勿論バーナビーは別にそこのところはどうでも良かった。虎徹の過去をなじってみたところで何も変わらないし、虎徹も別にそれを悪いとは思っていない。自分をパートナーに選んだからといって、性根まで全て男だけを愛するようになれとか無理に決まっている。この女王様は何を言っているのだと首を傾げた。
「貴女こそ無茶言ってません? 虎徹さんは元々女性が好きですよ。男性でも大丈夫っていうタイプなだけで、奥さんも凄く美人さんでしたし・・・・・・」
「アンタのその余裕ムカつく」
「虎徹さんの許容範囲が広いっていうのは逆に貴女にとってもチャンスじゃないですか。オリエンタル美人が理想でそれ以外だめっていうのだったら、女でも貴女全然アウトですし」
 まあ勿論? 僕? と出会って虎徹さんの好みの幅が広がったっていうのもあるのかも知れませんけど?
髪の毛をかきあげてバーナビーは余裕の笑み。
カリーナはそれこそどたまに来た様で、肩を怒らせたまま震えている。
バーナビーが雑誌返してくださいと再度いうと、そんなもん女子ロッカールームに捨てちゃったわよ! と吐き捨てられた。
「貴女も結構めんどくさい人ですねえ」
「アンタに言われたくないっ!」
「諦めれば? 貴女なら他にいい物件よりどりみどりでしょ」
「諦めないっ!」
 ちっ。
二人で同時に互いに背を向けてOBCの廊下を去る。

 そこまで回想してはっとなった。
虎徹が「――てな感じの本当に美人さんで――超好みなの。どうしよう俺」としみじみ呟く言葉が、PDAから響いてきたからだ。
 なんだか良く判らないが、虎徹には 彼女が スーパーモデル 並みの美形に見えているらしいということは判った。
バーナビーはごくりと喉を鳴らして一番聞きたかったことを聞く。虎徹にとって今自分は――人間はどんな風に見えているのかと。
するとこれまたバーナビーの予測を完全に裏切るような返答が戻ってきた。虎徹はきょとんとして瞬きを数回繰り返し、どうしてそんな事を聞くんだという風に答えてきたからだ。
「え、バニーはバニーだろ」
「だから・・・・・・タコ・・・・・・じゃなくて彼女がスーパーモデルに見えるんなら、僕なんか凄く醜く・・・・・・見えてる、んじゃないかなって思っ・・・・・・て」
 語尾の方は余りに怖くて尻すぼみに小さくなってしまった。
でも虎徹は破顔すると「バニーは俺が知ってる男のうちでは一等綺麗だよ」とよどみなく答えるのだ。
「男の癖に非現実的に整った容姿しやがって、って遭った時から思ってた。今でも変わらないどころか、シルバープリンセス並みに美形だと思うよ。お前がNEXTじゃなかったらきっとモデルになってたんだろうなあって。そっちの世界でもきっとお前はトップに立つんだろうな」
 思いもかけない賛辞にバーナビーはなんだかほっとするのと同時に凄く嬉しくなってしまい、「いえ、そんな」と口の中で呟く。

 その後取り留めの無い会話。
それですらもう幸福で。なんて久しぶりで嬉しいだなんて。
バーナビーは終始笑顔で虎徹と会話する。
だが、事態は思ったより好転していないのだ。虎徹たち今回マディソン症候群に陥って幻獣化した人々が元に戻る目処は全く立っておらず、マディソンも目覚めない。
そう、あれから一ヵ月半、46日目が過ぎようとしていた。




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