Novel | ナノ

SPLASH!〜人魚のいる水族館〜(11)



 バーナビーは朝起きてまずパシフィカルグラフィックに行く支度を整える。
再公開してから直ぐに事件が起こってまた公開休止になっていたのだが、その後再々公開された。
シュテルンビルトタイムスでは一面トップに、「What happened to him? (彼になにが起こったか?)」とあり、その後に続く言葉は。
「He is a mermaid! (彼は人魚!)」だった。
 既に誤魔化しようがないぐらい、このニュースはシュテルンビルトはおろか世界中を駆け巡ってしまっており、虎徹を見に観客はそれこそ怒涛のように押し寄せた。
だが、虎徹は観客の期待に反して自分の姿を見せようとしない。それは市民の不満を誘ったが、兎に角見せろ! というのは余りにも人道を欠いている。その為人々はワイルドタイガーに無理強いする事も出来ず、ただいつか運よく見れればいいなという気持ちで水族館に通い続けていたのだった。
 それはそれで気の毒な事だとバーナビーは思う。
選ばれし者の特権というより、彼のパートナーとして、バーナビーには虎徹はいつも惜しみなくその姿を披露してくれる。
胸を満たす優越感で今日も顔がにやける。現実はとても厳しいというのに、そんなささやかな幸福感で目も眩む。
日々満ち足りた会話。会話しか出来ないけれど、ここ一ヶ月の焦燥感を思えばそれは劇的な変化といえた。
バーナビーは飼育員に勧められたように、上階の給餌スペースへ足を運べるようになった。
今まではブルーローズとかち合うのがイヤだという理由で避けていたけれど、虎徹と普通に会話できるようになった現在それはもう考える必要がない。
 今日もいそいそと水族館へ通う。
虎徹は嬉しそうに出迎えてくれた。
地下一階の大ホールには観客が詰め掛ける。だから朝一番、バーナビーは最上階の給餌スペースへと向かった。
虎徹は当然のようにそれを察知していて――既にこれは超能力だ、NEXTの類だ、とバーナビーなぞは思うぐらいの正確さで、彼はそこで待機していてくれるのだ。
「バニー」
 虎徹もとても嬉しそう。
バーナビーは給餌こそしたことが無かったが、もし、虎徹が食べたいと望むのなら人の食べ物もこっそり持ち込んでもいいと思っていた。
実際彼は食べられない、今の自分にはこれが相応なのだと解っていても、魚ばっかり と不平不満を零していたので。
 バーナビーの近況は徒然日常の事。そして虎徹がとても聞きたがるのが、日々のヒーロー活動についてだ。
昨日の夜にあった事故についても、虎徹は詳細を聞きたがった。
自分自身がシュテルンビルトどころか世界的大ニュースになっているというのは逆に聞きたくないようで、黙殺している。
バーナビーもそれは察していて全く聞かないことにしていた。出来るだけ虎徹の心を明るくするようなエンターティメント的なニュースだけを耳に入れる。
ただ、実際のところ虎徹はPDAを持っているので多分全部知っているのだろうとはバーナビーも思っていた。
 ところで。
大体の昨日のニュース他自分の生活についての報告をし終わると、バーナビーは虎徹にここの所どうですかと聞いた。
バーナビーだって、虎徹の日常が知りたいのだ。足りない事、辛い事、そういうことがあれば出来るだけ報いてあげたい、そう思っていたから。
「特に不自由ないよ」というのが虎徹の返事。
ザ・オーシャンシー・パシフィックの生活は可もなく不可もなくというところらしい。
「水棲動物としては棲みやすいと思うよ。後は俺を目当てに押し寄せてくるやつらがいなけりゃな」という。
 バーナビーは苦笑した。
「そこはそれ、ヒーローであることから在る程度しょうがないと我慢して下さい」
「まあね」
 それでも何時になく虎徹は浮かない顔。
だからバーナビーはどうしたことかと思う。何か生活する上で問題があるのかと。そしてはたと思い当たった。
「そういえば虎徹さん、近頃イルカとはあまり泳ぎませんよね? 何かあったんですか?」
「イルカ? あーまあ、うんイルカね・・・・・・」
「近頃余り仲良くない?」
「仲悪い事も別にないけど、ちょっとな」
 虎徹は口篭る。
なんかその様子が、喧嘩しちゃったんだよね的に見えてバーナビーは不安になった。
「あの、何か?」
 しかし虎徹はその質問を無視してこう答えるのだ。
「このザ・オーシャンシー・パシフィックにはいないけど、マッコウクジラ? には心惹かれるね」
 イルカは別にどうでもいいね、うん。と。
 この会話ってなんだろうなとバーナビーは思った。ふと、何故虎徹と同じく変化したマディソン症候群の他の者たちは外洋を目指しているのだろうかとかつての疑問を思い出す。
何か意味があるのだろうか。そしてそれを虎徹は知っている・・・・・・?
「喧嘩でもしましたか」
 例え相手がイルカでも、今はルームメイトと同義なのだ。それは虎徹にとってもデメリットなのではと諌めようとした時、虎徹が思いもかけないことを言うのだ。
「違う、俺あいつらにヤられそうになったんだよ。正直今でもムカついてるんであんまり話したくなかったんだよな」
「ヤられそうて・・・・・・、何が?」
 虎徹はじと目になってバーナビーをねめつける。
「聞きたいの?」と言うから教えてくださいと返したら、物凄いため息を水中でつかれた。
「あー・・・・・・だからさ、イルカってのはその・・・・・・童貞だと上手く出来ないんだと」
「はい?」
「だから、セックスできないの! 雌と上手くな? で、イルカってのはテレビとか雑誌とかも見れないだろ。参考に出来るものがないっていうか。そうなるとどうやってその知識っつーか、・・・・・・やり方を覚えるかっていうとだな、雄同士でやるの。或いは鮫とか似たような形のやつをその・・・・・・練習で代用にしたりだな。まあ兎に角とりあえずやってみるの。突っ込んでみるわけ。大抵は雄同士でな? それで上手く行くようになったら雌を襲うの」
「へ?!」
 虎徹は、何故海洋生物のセックスはレイプが前提なんだろうとぼやいている。そしてなんで俺で試そうとするんだと吐き捨てた。
「新参者だし、なんかこれでいいや的に俺襲われてたんだよ。楽しくやってんだなってそんな平和なこっちゃなかったの。勿論全部が全部襲ってきた訳じゃねーけどさ、えらいしつっこくてよー。ぶっとばしてやったけど、多分まだアイツら諦めてないと思うんだよな。だからあんま近づかないようにしてんの」
 ラッコには貝を押し付けられ、ペンギンにはつつかれ、アシカには鼻で笑われ、イルカには襲われて。俺って一体なんなのよ! と文句を言っている。
バーナビーはぽかんと口を開けたままでどう反応していいのか判らない。とりあえず、バーナビーの中にあった イルカという生物のイメージががらがらと音を発てて崩れ落ちていった。あー、えーと。
「なんだよバニー」
 いえ、失礼。と、バーナビーは頭を右手で押えながら首を振った。
「そんな危険な輩と一緒の水槽にいるだなんて、今まで考えもしませんでした・・・・・・」
「危険て、海に棲んでるやつらって大体これが普通みたいだぞ。聞いたところによると」
「誰に」
「あいつらに」
「あいつらとは」
「イルカとかオットセイとかその他諸々」
「貴方、魚介類と話せるんですか?!」
「イルカは魚介類じゃねえ!」
 何言ってんのバニー、大丈夫か! と虎徹が叫び、バーナビーはまたため息をつく。
話がいまいちかみ合わないが、その後つらつらと虎徹が語ってくれたことによると、イルカは別種を受け入れるということに元々余り抵抗がないらしいのだ。
「良くわかんないけど、俺に対してもなんか知ってる感じなんだよなあ。ま、好奇心強いのは雌の方なんだけど、今は時期が悪かったな、発情期らしいんでそれもあって。異種に対しては抵抗ないみたいで、俺も群れに入るっていう事に関してはむしろ歓迎されてたんだけどさ、ほらやっぱあんだろ、習慣の違いとかさ、色々考えたけど水槽の中じゃ回遊する必要もないしな・・・・・・これでも丁寧に断ったんだけど」
 虎徹が何気なく言った言葉、回遊。
バーナビーが回遊? と聞くと、虎徹は水中できょろきょろと辺りを見回し、これは内緒なと必要も無いのに声を潜めて話してくれた。
 人魚はどうやら実在するらしい。
ただし、虎徹が変化してしまったような幻獣様ではなく、恐らく人間と祖を同じとする哺乳動物の人魚が存在するらしいのだ。
「あんまり詳しくは聞き出せなかった――というより、ちょっとイルカ語というかその、イルカの話し言葉がさ、人の言葉に置き換えられないっつーか。でも俺は判った。多分人魚ってのは本当に居るんだ。海にさ。で、そいつらは、くじらなんかと長く旅をしてるらしい。イルカたちの別種を受け入れるってのはそういった太古からの習慣っていうか仕来りみたいなもんらしいんだ。これは俺的解釈だけどさ。で、俺の中にもそれがあるんだ。幻獣化した時にそういう知識もどこからか来るのかな・・・・・・多分人魚のものなんだろうと思うんだけど、魚人だったら怖いけどさ。まあそのイメージだと、兎に角でっかいのをさがさなきゃいけないんだ。それと一緒に海を渡る。長く――助け合いながら、海を回遊するんだ。長く長く」
 語っているうちに虎徹の瞳が夢見るようになっていくのをバーナビーは観た。
「虎徹さん!」
 慌てて名前を呼んで引き止める。このまままた人の思考が霧散して、海洋生物のそれになってしまうような気がして怖かったから。
虎徹は大丈夫だよと言って笑った。
「バニーがいるから、バニーが居てくれるのがわかっているから大丈夫、そんなに辛くは無い。この水槽の中でも大丈夫」
 でも・・・・・・と虎徹は続けた。
「もし、ここに居ることが出来なくなるようなら――海に放つことも考えておいてくれないか。もし俺が負担になるのなら」
「そんなことありません!」
 バーナビーはそう強く答えた。




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