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SPLASH!〜人魚のいる水族館〜(1)

【T&B】SPLASH!〜人魚のいる水族館〜 The aquarium where a mermaid is.

Prologue

 マディソン・グラハムが海に身を投げたのはとある満月の夜のこと。
自分の数奇な運命を嘆いたのか、それとも自分自身の力に飽いたのか、兎に角彼女は身を投げてその姿は黒々と不吉な水を孕んだ海原に吸い込まれて消え失せた。
 齢たったの11歳。
彼女が生まれたのはミッドイーストエリアと呼ばれるアジアンの一角だったと伝わる。
生まれて僅かでNEXTに目覚め、その類稀なる力故に恐れられ憎まれた。
彼女の力は『ガーディアン』と呼ばれる分類不能タイプ。主に自己保存の本能に従って発動するものでコントロールが非常に難しい。彼女の意思に関わりなく彼女は危機に陥ると周りにいる誰かを自分を護る何かに変化させてしまうのだった。
 ひととして彼女を護るのならまだいい。
そうではなく、彼女は自分自身を護る為に、選ばれた彼らに身を護る術と力を与えた。それ故に彼女を守ろうとした者は全て人ではない何かになる。
その時最も自分とマディソンを護るのに最適な力が発現すると思われたが、法則性は良く判らない。彼女の力をきちんと調べて把握する前に、彼女はよからぬ輩に連れ去られてしまっていたからだ。
 「幻獣使い」――人を、人ではない空想上の生き物に変えてしまう能力。しかも彼女はその能力の解除法を知らないのだった。それ故に彼女の力により変化した人々の身の上に起こったことは、「マディソン症候群」と呼ばれる。大半の幻獣は売り払われ、その所在がわからなくなったが、保護できた者はいつか人に戻れるのかどうかも判らぬまま、動物園や水族館でひっそりと暮らしていた。或いは誰も知らないまま密林の奥深く、海原の彼方に。
 こうして多くの人を犠牲にしながら、マディソンは囚われたまま幾月もが過ぎ、現代の奴隷商人に利用価値のあるNEXTとして世界を引き回されていたのだった。
勿論世界中で彼女の身柄を保護しようと多くの者が手を割き行方を尋ねたが見つからず今年2月。
極寒のシュテルンビルトにやってきた、美しい豪華客船ルナ・マルセイエーズ・オー号にヒーローたちは乗り込んだ。
軍からの要請があったためだった。
 幻獣使いの少女の身柄を確保せよ――。
船倉に積まれていたのは儚く美しい、或いは恐ろしく醜い幻獣たち。それらはかつて人間であったことは疑いなく、勿論彼らも保護の対象だった。
密輸に携わった組織の抵抗は凄まじく、ヒーローと共に突入していた軍と警察の特殊班を含めて三つ巴の激しい銃撃戦となってしまった。
 マディソン・グラハムの細い左手を乱暴に掴んでブリッジの窓ガラスをぶち破りデッキへと飛び降りた首謀者の、彼もまたなんらかのNEXTではなかっただろうか。
弾丸が行き交うその戦場で、逸早く事態を察して後を追ったのはワイルドタイガーで、それを指示し補佐したのはバーナビー・ブルックスJrだったが、後々何故一人で行かせてしまったのかとバーナビーは深く後悔することになる。
 彼はこう言った。
「もういいんだ」と。
 帰ろう、故郷へ。もう君は自由なんだと? 何をもういいと虎徹は言いたかったろうか。

逃げ出した男は、甲板を走り舳先へと追い詰められた。
マディソンを盾にして、ぴたりとワイルドタイガーの眉間を狙う。その銃はどのくらいの威力だろうか。恐らくヒーロースーツを貫通することはないだろうが衝撃は伝わる。発動するタイミングを虎徹は計っていた。だが。
 次の瞬間、男は恐ろしい悲鳴を上げると、マディソンから手を放して崩れ落ちた。
虎徹の目の前で変化していくそれはなんという醜い生き物だったろうか。
 ギイイイイという機械的な音を発した後、全身をぬらぬらとした気味の悪い粘液に包まれた。遠目で観ていたバーナビーも異様な姿に竦みあがった。
幻獣化したのだ。青く輝くマディソンの顔は恐怖でひりついていた。
 人の内面がそのまま姿に反映されるのだろうかと、その時バーナビーは頭ではなく心で思った。

 気味の悪い醜い甲殻類へと姿を完全に変えたその男は、陸上では呼吸が出来なくなったせいか、身を震わせて苦しそうに甲板から海へと飛び込んだ。
残ったのは綺麗な黒髪のほっそりした少女で――ほっそりというより彼女は痛々しいぐらい痩せていたのだが――虎徹を見て何かを言った。
そして虎徹が手を伸ばすよりも先に、彼女もまた自ら海へと堕ちていったのだった。

 その瞬間、甲板が青く発光した。
最上階であるブリッジにいたヒーローたちまでその光は届かなかったが、船首から放たれたその光は客船の船倉から客室まで全てを覆い尽くし、ため息をつくように瞬いたあと静かに消えた。
気づくと甲板からは虎徹の姿も消え失せていた。
同時に客室に居たであろう一般客たち、待機していた軍や警察の一部の者たちも。
 船倉から幻獣たちの放つ不可思議な音楽が流れ、夜の海原に響き渡っていた。




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