Novel | ナノ

君のノスタルジア(8)


 更に次の日。
ホテルで目を覚ましたバーナビーは、頬に触れる虎徹の唇の感触に飛び起きた。
「こっこっこっこっ虎徹さん!」
 しまった油断してた。ここまで何もなかったから普通に寝てた。
頬に手を当ててかあっと顔を赤くしたバーナビーに虎徹はおはようという。
「友恵ちゃん、今日はよろしくな」
 そういって自分を見下ろす金の瞳。
ああ、かつてこうやって始めたのだろうか。僕は友恵さんではありえないのに、何故か彼女の胸の高鳴りが判る。バーナビーは口の中でもぞもぞと「ええ」と応えた。
 朝7時にはロビーへ。
オリエンタルタウンの例の4人も出席を要請されてその場にいる。
虎徹と友恵、正確にはバーナビーと4人は、ジャスティスタワーのトレーニングセンターにあるシミュレーションルームへと向かう。
ガーデンウエディングの映像はアニエスらOBCスタッフが用意してくれた。これなら場面転換もお手の物、映像的には完璧な結婚式を演出してくれるだろう。
 あーもうとっとと終わらせたい〜とバーナビーはウエディングドレスに袖を通しながら涙目になっていた。
なんだかもうかなり取り返しのつかないところに踏み込んだ気がする。
 絶対破棄してくださいよ! 何にも使えないでしょうがそれ! とバーナビーは本気で嫌がったのだがアニエスは協力することと引き換えに一連の結婚式シミュレーション映像を撮影することを要求してきたからだ。
 絶対に絶対に絶対に外に出さないで下さいよ? 門外不出でお願いします! そういい下がったがアニエスのあの笑顔は信用なら無い。絶対何かで使われる。下手すりゃ僕は脅迫されるんじゃないだろうかと本気で胸が苦しくなってきてしまっていた。
 日本人曰くのヴァージンロードの前に進み出ると、父親役にこの時駆り出されたロイズがバーナビーの手を取った。
その瞬間ロイズの顔に浮かんだ表情を、バーナビーは一生忘れないだろう。
 ロイズも一生忘れてくれないだろうけど。
「新婦の入場です」
手を取られて歩く。
まさかよもや、自分がウエディングロードを歩く日が来るとは。まだ僕祭壇の前で待った事すらないのに。
なんだか理不尽だとは思うが胸の中にむかむかと虎徹に対する怒りが湧き上がってきた。目が覚めたら絶対一発ぶん殴ってやるんだ。それぐらいは許される筈だ、絶対だ。
バーナビー自身はプロテスタントだったので実際歩くウエディングロードは白なのだが、虎徹と友恵は別にキリスト教信者ではなかった為赤だったのだそうだ。なんちゃってキリスト教挙式ってあるんだなあと思いつつ、まあもうここらも全部シミュレーションによる映像なのでどうでもいい。
 そう牧師すらもが映像だった。
背景と一緒に祭壇前から全てが映像で、でも本物と見紛う臨場感がそこにはあって、ロイズからバーナビーの手を渡された虎徹は恭しく受け取ってまずは祭壇へと進む。
二人はチャペルの祭壇の前で向き合う。
起立した列席者がみな、それを複雑な思いを胸に観ていた。

虎坊。虎坊。虎徹。虎坊。・・・・・・。

 商店街のメンバーが全員心の中で汗を流す。
いいのだろうかこれで。
そもそもこれを観ていていいのだろうか。
しっかし虎坊全然変わってねぇなあと玄さんだけが動じずにじろじろと二人を眺めていた。
――高校生んときと全く変わってねぇな。つーか奇跡に近いんじゃないだろうか、こんな可愛い中年。
――なんでだ、どうしてこんなに変わんねぇんだ? シルエット的には滅茶苦茶気持ち悪ィんだがなんか両方とも可愛いねぇ?
――おっと、元KOHだぞ元KOH。いやでもスゲエべっぴんさんだな! 向こうの人種ってのは男もまあ気味悪ぃぐらい綺麗だこと。なんだ金髪だ。目が緑だ。虎坊的には色関係ねェのかもしんねぇけど、なんだあれは。似てるな、うん。趣味は一貫してるってことなのかね。
――虎坊・・・・・・。

 賛美歌を歌う。
シミュレーションでバックコーラスを歌う女性陣が現れて足りない分を補佐してくれる。
そして誓約。
厳かに二人の愛を宣言する牧師に頭を垂れて、二人は神妙に向き合った。
そこに運ばれてくるのはレプリカの指輪だ。
ちなみに虎徹はこの場合ダブル指輪になってしまうのだが、どうやら本人そこの矛盾には全く気づかないらしい。まさに夢だ、都合がいいなとバーナビーは心中鼻を鳴らすのだった。
「では、誓いのキスを」
 それ、いらなくない? ここ跳ばせないっけ。まあ無理だろうけど。
半ばやけくそになってバーナビーは目を瞑る。
自分のベールをそっとあげて、虎徹が顔を寄せてきた時、なんだか「あー、なんか盗られた気がする」と真面目に思っていた。でもまあいいや、なんて。
だがしかし?
 いつまで経ってもくると思っていた虎徹の唇の感触がない。
なんだかずっと唇を突き出して相手がキスしてくれるのを待っているのも間抜けだし、バーナビーは薄目を開けた。
すると、物凄く仰天したような顔の虎徹がわなわなと震えて目の前にいて、次の瞬間後ろに跳び下がった。
「な! なんで、一体どうして?!」
「虎徹さん?」
 列席者たちがざわめく。
カリーナが「タイガー」といい、パオリンが「えー、つまんないー」と言う。
なんだなんだ、戻ったのか虎坊。ああ良かった、どうなることかと思った。ワイルド君! 元に戻ったんだね!などのそんな各々の呟きの中、虎徹が完璧にそれらを無視してぶはっと吹き出しつつバーナビーを指差して叫んだ。
「うわっ、お前すげっ、一体どうしたんだ! うっは、女装の趣味に目覚めたのか?! 何があった!」
 すぱああああん!
物凄い平手打ちの音がシミュレーションルームチャペルの中に響く。
「イッテ――――!」
 虎徹が猛烈な勢いでバーナビーに張り倒されていた。


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