Novel | ナノ

君のノスタルジア(7)


 とりあえず虎徹的ツアーの続きを再現するところから。
三日間の自由行動時間に何があったのかアントニオは全く知らない。知っている方がおかしい。ツアーに当時参加していなかった4人のオリエンタル商店街の面々は一度オリエンタルタウンに戻ろうかと思っていたがアントニオに止められた。ツアーが終わった後直ぐに虎徹と友恵は挙式する。オリエンタルタウンでガーデニングウエディングをするのは無理なので、ジャスティスタワーのシミュレーションルームで再現して結婚式を執り行うというのだ。
その時の招待客に実際の結婚式に参加していたオリエンタル商店街のメンバーがいてくれれば臨場感が増す。医師とつくったシナリオでは出来るだけシーンをスキップしていくつもりだが、あまりに齟齬を増やすと虎徹が混乱してしまうかも知れない。そうなると虎徹自身にどんな影響があるかもわからないというので、虎徹の認識を叶えられる範囲ぎりぎりまでそっとしておこうという配慮だった。
 オリエンタルタウンの家族へは連絡した。あまりに長引くようならいったん戻ることも視野にいれつつ、多分3日後には結婚式の流れになるだろうとみなが予測した。夢の中の時間の連続性なんて曖昧なものだ。印象に残ったイベントを、ぽんぽんぽんと繋ぎ合わせるように夢を見ていくだろうと医師はいう。
とりあえず三日間、ツアーには自由行動があり、その間虎徹と友恵は仲むつまじく過ごしたはずだ。
 カリーナがギリギリと青筋を立てて「こんなのおかしい」と激怒していたがどうすることもできない。
バーナビーは会社から有給を貰い、虎徹とデートの再現に挑む事になった。
普段もよく来ているショッピングモールへ。
 バーナビーは虎徹が普通の恋人にやるように自分の腰でも抱いて歩く事をかなり覚悟した。傍から見たら壮絶に怪しい二人に見えるだろう。
しかし我慢である。出来るだけ変装した。髪をストレートにしてみたり。ネイサンにコーディネイトしてもらって、普段とは全く違う服装にしたお陰かモールでは誰にも注目されなかった。それにほっと胸を撫で下ろしていたが、そもそも虎徹は全く友恵に手を触れようとしない。時折そっと手を繋ごうとする仕草をすることがあるのだが、誰かがこちらへやってきたり、大勢の人の目があるとなると、途端に両手をポケットに突っ込んで、常にバーナビーの右斜め前を歩くのだった。
「日系人ってのはあまり人前でべたべたしないんですよ。だからその、大丈夫だと思いますよ」
 イワンがそう言っていたのを思い出す。しかしこれはこれで、友恵さんは生前不満に思わなかったんだろうかと思う。ついでに無駄にイワンからつけられた知識が頭を掠める。日本人男性が一番口にしない言葉ってなんだか知ってます? と。
 いいえ?
そう首を振りながら聞くと、イワンは言った。
――愛してる、だそうです。
「友恵ちゃん!」
 それまでバーナビーを一人置いてどこかにいっていた虎徹が嬉しそうに戻ってくる。バーナビーは手渡されたそれを反射的に受け取ってしまっていた。
「一緒に食べよう」
 抹茶ソフト。
緑色のとぐろを巻いたそれにバーナビーは瞬間硬直する。
バニラなら良かったのに、なんか怖い緑色だとバーナビーが躊躇すると虎徹が「友恵ちゃん、抹茶アイス大好きだよな。俺も大好き」と言ってきたので「いらない」といいそうになっていた口を危うく噤む。
しかし舐めるのも怖いのでアイスを持ったまま困ったように俯いていると、虎徹がなんだか困ったように笑いながらも少し寂しそうにこう聞くのだ。
「友恵ちゃん、俺のこと嫌い?」
「まさか!」
 ああ、しまった忘れてた。集中集中。僕は今友恵さんなのだから。
「でもなんか怒ってるよな。俺、なんかしたかな、ごめんな」
 その表情に何も応えることが出来ず、ただバーナビーは「いいえ」と繰り返した。
その後満遍なくモールを回り、店を見て回る。虎徹が「友恵好きだろう?」と案内するところは大抵男二人では入りにくい場所だったが、貴金属店と量販店には長居した。
昼食は割合ちゃんとしたレストランで。そこは観光客用のモール中央にあるイタリアンレストランだった。かつて虎徹は友恵と共にこのレストランに訪れた事があったのだろうか。その後サプライズストリートを回り海の見える丘公園へ。海に沈む夕日を眺めながら、虎徹はバーナビー――いや友恵と手を繋いだ。
それだけで、二人はずっと沈み行く夕日を眺めていた。胸が痛くなるような光景だった。
 抹茶アイスは意外と美味しかった。



 さて、婚前ツアーのシナリオが進み三日後。
虎徹とバーナビーはメダイユ地区にあるホテルに泊まっていたが、カリーナが苛々しているのには二人は婚前旅行なのだから所謂交渉を持ったのではないかというかなり俗物的な想像故のことだった。
この件についてはアントニオも「もしかして」と思っていたし、バーナビー自身も「どうすればいいんだ」とかなり警戒していたが、何故か虎徹は一切手出ししてこなかったらしい。いや当事者であるバーナビーは虎徹が「友恵ちゃん」と言いながら自分をベッドに座らせたのを知っている。こりゃあ問題の事態発生なのかと身構えていたら、「身体の調子悪くない? 悪いようなら今日は早く寝ろよ。新婚旅行も行こうな」と言われた。
 ここらへんは後々ベンに聞かされたのだが、虎徹は結婚後直ぐにシュテルンビルトに移住してヒーローとしてデビューした。その後ずっと忙しくて結局友恵と虎徹は新婚旅行に行けなかったのだ。それを最初から見越して、この婚前旅行になっていたのだろうなとバーナビーは思う。虎徹の言い方だとどうやらツアー中友恵は「月の障り」の時期にあたっていたらしい。つまり何もなかったと。
 それがいい事か悪い事か判らなかったが、よく考えてみたら結婚式の女装にばかり頭を奪われていたが、新婚生活の方がよっぽど大問題じゃないのかと心当たってしまい蒼褪める。またカリーナが爆発してしまう。それは別にどうでも良かったが、煩わしい事この上ない。あの女王様はどーして自分と虎徹がそういう関係になると事あるごとに警戒するのだろうかと恨めしく思う。正直虎徹の事はバディとして信頼してはいても、結婚生活など死んでもごめんだった。そこいらはまた医師と話しあわなきゃならないよなあと悶々と考えていた。
 キースとイワンがこのツアー中に、壮絶にへたくそな演技で自分の役割を遂行した。ばったり会ってしまった高校時代のクラスメートに絡まれる。虎徹は友恵を完璧に守り、二人は退散。その後アントニオとネイサンも途中別に必要なかったが挨拶に訪れ少しだけ二人と話した。
ネイサンは三下という自分の役割を全部放棄していて、殆ど地で応対していたのだが、虎徹は全くそこらは疑問を感じないらしい。
「つまり、夢だから殆どの矛盾はどうやら勝手に虎徹が頭ン中でいいようにこじつけ解釈しちまんだろう。だからバーナビーお前も大丈夫だ。万が一襲われそうになったら全力で拒否して構わない。ま、それ以前に友恵さんが嫌がったらあいつ押し倒す事もできないだろうから問題ないよ」
「そうなんでしょうかねえ・・・・・・」
 もうなんだか判らないとバーナビーもため息をつく。
「結婚式が終わったら、虎徹は直ぐにヒーローデビューだ。中1日友恵さんとの生活を再現して直ぐに問題のシーンにもっていくようにする」
「そんなに強引な進め方して大丈夫なんですかね」とバーナビーが不安を吐露すると、アントニオが首を振った。
「幾らなんでもお前、虎徹とそんなに長く暮らせないだろ。ヒーローだって暇じゃねえんだ。虎徹には悪いがさっさと目覚めて貰う」
「・・・・・・」
 それしかないんだろうと思いつつ、ここ三日間バーナビーは虎徹の本当に幸せな笑顔を見続けて迷ってしまっていたのだ。あんなに幸福そうだったのに、全て過去のものだなんて。ぎゅっと胸に拳を押し当ててバーナビーはため息をついた。
 そしてネイサンからOBCにある撮影ルームに来るように虎徹を抜かしたヒーロー全員に召集がかかる。
衣裳部屋とその撮影ルームは近接されており、ネイサンは全員集ったところで特注のウエディングドレスをまず全員に披露した。
「じゃーん! 素敵でしょう?! これをきてヴァージンロードを歩くのが女の夢!」
「ヴァージンロードって何」
 カリーナがすかさず突っ込む。
「日本でいうところのウエディングロードの事です」
「ヴァージンロードって」
 パオリンがけらけら笑った。
「日本人はヘンテコな言葉創るの上手いよね!」
「言いえて妙じゃない! アタシはいいと思うわよ。ヴァァァジンロードッ! 胸がときめくワァン」
「お前のときめきなんかどーでもいいだろ」
「そうよ、大体歩くのハンサムじゃない」
「・・・・・・」
 お言葉ですが僕はヴァージンでは、といいかけると、「はっ、童貞」と凄い事を言われてバーナビーが気色ばんだ。
「どうして貴女はそういうですね・・・・・・!」
「良かったわね! ウエディングドレス! タイガーが相手でっ!」
 殆ど涙目で絶叫されて、バーナビーはカリーナのその余りの剣幕に言い返せなくなってしまった。
余りに可哀想だったのだ。カリーナの虎徹に対する恋心に薄々感づいていたバーナビーは、カリーナが必死になって飲み込んだであろう涙に気づいてしまう。
しかし余りの暴言だとも思っていたのでただ言い返すのを止めるに留めた。
 ネイサンにウエディングドレスを突きつけられて長く長くため息を吐く。
「サアッ! 着替えて! 着替えるのよ、ハンサム! その美貌でタイガーを陥落させるのヨッ!」
「やめてください、主旨が外れてきています」
「アタシは恋のキュービットォ! 不可能も可能になるわ、性別の差なんて何よ!」
「やめて下さい」
 冗談になってない、冗談にしても気持ち悪いとバーナビーは本当にがっくりうな垂れると嫌そうに試着室へと消えた。この期に及んで全く覚悟が出来てないことをバーナビーは知った。そして試着室に入って直ぐに判った。一人じゃウエディングドレスが着れない。
 ネイサンが呼ばれて嬉々として試着室に入っていったが、中でなにやらすったもんだしているらしく中々二人は出てこなかった。
「じゃじゃーん!」
 30分ぐらいしてやっとネイサンが出てくると、「カモォン、ハンサム!」と呼ぶもバーナビーはやっぱり出でこない。
しかし、「バーナビー、俺たち全員仕事の合間来てるんだ、いやならぶっつけ本番でもいいんだ。兎に角いったん出てこいよ」とアントニオが促す。
その声に意を決したのか諦めたのか、バーナビーがカーテンを右手で引いて、本当に嫌そうにみんなの前にでてきた。
 どよーん・・・・・・。
「・・・・・・」
 これは・・・、なんていうか・・・とネイサンが絶句、カリーナも絶句、パオリンは撮影ルームに備え付けられている休憩テーブルでおやつを食べていたが「うわあ〜」と言って咥えていた肉まんをぽろりと口から取りこぼした。
「だから無茶だって言ったじゃないですか」
 バーナビーが再び溜息をついてそういう。
「大体ですね、幾ら女顔だからっていって、骨格からしてもう違うんですよ? 身長が185ある時点でかなり怪しいのに、ウエディングドレスだなんて」
「無茶苦茶、なんというかドスが効いてんな」
「当たり前ですよ、僕これでも上半身だってかなり鍛えてるんですから」
「肩幅が男らしいわねぇ〜」
 改めてバーナビーから離れて全身をじろじろとみていたネイサンが、ちょっとこれはさすがにタイガー気づくんじゃないかしらと心配そうに言うが、アントニオは首を横に振った。
「大丈夫だ。虎徹の目は腐ってる」
「わ、私は結婚式に出席できないのだろうか・・・」
 またキースが涙目になったので、別に出席する必要性を全然感じないとバーナビーがそっぽを向くに、アントニオがうーんと言って、じゃあスカイハイのメット被って来いと言った。
「虎徹はヒーロースーツ着てるお前らの事は普通にヒーロー認識してるからな。スカイハイが結婚式に居るのは変だが、余興の仮装ってことで誤魔化せばいいだろう」
「そうか!」
 途端に明るくなってキースは何を着て出席しようかなとはしゃぎ出す。
イワンは、「僕は?」と聞くに、「お前は擬態できるんだから適当に変身していけ」と言われて頷いた。
なんにしても不気味だが、サイズはばっちりだった。肩幅は変だけど。衣装合わせは終わった。


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