Novel | ナノ

運命の青いNEXT(9)


THREAD.3

 今日はオフだとクリスティーナが言った。
どうやら独断で今日はオフにしてくれとタイタンインダストリーに掛け合ったらしい。
撮影があったのだがまあ延期しても大丈夫でしょうとPDAの方にロバートから連絡があって「はぁい」と気がなさそうに返事をする。
「あれ、カリーナちゃん嬉しくないの?」と屈託無く言われ、こりゃ厭味だなと察してイラッとした。
それでも母親がその上を行く天然っぷりを発揮して「すみません、やっぱり倒れたりしたものですから未成年ですし心配で、社長さんに頼んだら快くお休みにして貰えたものですから〜」と横から言うものだから、ロバートもそうですよねと無難に返答してそれ以上は突っ込んでこなかった。
 さて、どうしようかしら。
カリーナは頭の中で矢継ぎ早に思考を重ねる。
バーナビーとどうやらNEXTの影響で精神が出たり入ったりするようになってしまっているらしい。条件は不明だが、少なくとも自分がバーナビーの中に入ったようにバーナビーが自分の中に入り込んでくることも可能だ。自分では全くコントロールできないけれど、これで終わりなのだろうか。効力切れは何時だろう。普通NEXTには効力が続く期間というものがあって、長くて精々がとこ一週間ぐらいのものが多い。或いは解除の条件を満たす事か。稀に一生効力が続くという恐ろしい能力もあるらしいけれど、まさかそれではないでしょうね!とカリーナは心の中で悪態をつく。
 絶対イヤッ! タイガーならともかくなんでハンサムに事あるごとに心を覗かれなきゃならないのよ。ありえないわ、絶対解除しなきゃ。
そう思って支度をして外に出ると、虎徹が走ってくるのが見えてカリーナは胸を押さえた。
「まあまあ、昨日に引き続き挨拶だなんて、すみません」
 母親の嬉しそうなこと! カリーナが何か言う前にクリスティーナは自分の手帳とペンを虎徹に差し出しており、一筆書けと無言の圧力をかけていた。
虎徹は苦笑しながらペンを執り、さらさらと漢字でサインをしてクリスティーナを狂喜させていた。
「出来ればバーナビーさんにも一筆・・・」
「やめてよママ」
 しつこく虎徹に絡むクリスティーナをやっとの事で黙らせてカリーナが虎徹を見上げると、虎徹が柔らかく笑って自分を見下ろしている。
カリーナは胸がきゅんっとすくみ上がるような気がした。
どうしよう、何時にも増してタイガーが愛しい! 素敵、どうしよう、好きで堪らない。
なんだろう、これもNEXTの影響なのだろうか。そう頭の片隅で想うが制御が出来ない。そのままふらふらと「タイガー大好き」と声に出しそうになって、次の虎徹の台詞に凍りついた。
「あのさ、今度から俺を庇う・・・、なんてことやめてくれよ」
 困ったようにそういう。
迷惑だって思われたの? どうしてそんなに傷ついたような顔をするの。そう思った瞬間、自分の中で誰かが応えた。

――女の子に庇われた上に、こんな風に恩に着せられたらたまらないって虎徹さん思ってるかもしれないですしね。

 今度は心臓を冷たい手で鷲掴みにされたかと思った。
廊下からアポロンメディアの上司らしき男が走ってくるのをカリーナは呆然と眺めていた。
虎徹はロイズと二言三言言葉を交わし、やがて焦ったようにカリーナを振り返ると謝罪をして去って行った。
それを見送りながらカリーナは心の中で思う。

 決着をつけなきゃね。少なくとも今後の話し合いをしましょう。
――そうですね。

 ムカつく、ハンサム。

カリーナは心底頭にきて、肩を怒らせながら病院を後にした。
そして直行したのは自分の部屋だ。
「ちょっと、カリーナどうしたのよ」
 お昼どうする? 家で食べるわよね?
母がそう聞いてきたがそれどころではない。
部屋に入って鍵を後ろ手に閉めて、カリーナは荷物をぼんとベッドの上に放り投げた。そして心の中で思いっきりバーナビーを罵倒した。

 アンタ一体全体なんなの?! 一々タイガーと私の間に割り込んでこないでよ!
――告白なんて許しません! これはNEXTのせいだと僕は思います。おかしいんですよこんな。駄目です、ちょっと冷静になって考えるべきです。後で後悔するかも知れない。大体この状態のまま? 絶対イヤです。僕はこの状態を虎徹さんに知られたくない。

 知るもんですか、今この気持ちがNEXTに操られていたものだとしても、後で後悔したっていい、二度とないかも知れないチャンスなんだもん!
こんな積極的な気持ち、NEXTに後押しして貰わなかったら二度と告白出来ないかも知れない。そう思っていたのだがカリーナはバーナビーの言葉に一瞬思いとどまった。告白はしたいが、確かにバーナビーと自分の精神が入れ替わっている事を知られたくない。今は駄目だ。もし合意しなければ、この男は虎徹にきっとカリーナがどんな事を考えていたか、どんな思いで今まで傍にいたか、全部虎徹にばらしてしまうだろう。
 正直自分の赤裸々な願望を知られるのは耐えがたかった。バーナビーという第三者だからまだ我慢出来るのであって、これが虎徹本人にダイレクトに伝わっていたら、好かれるどころかヒかれるに違いないと思うと急に勇気が萎えた。
 バーナビーもバーナビーの方で、このカリーナの思考をダイレクトに理解してしまい血の気が退いていた。
もし自分が告白して虎徹が受け入れてくれたとして――万に一つも可能性がないように思えるがその万に一つの奇跡が起こったとして、カリーナはきっと虎徹にバーナビーがどんな妄想をしていたか、どうしてやりたかったのかを赤裸々にばらしに来る様な気がした。バーナビー自身を貶めるというよりも純粋に虎徹の身を案じてだ。そうなった時、虎徹が自分ではなくカリーナを選ぶのは必然だと思えて、身体も無いのに呼吸困難の発作を起こしそうな気分になっていた。
 互いに行き詰るような思考。瞬時の交錯で二人は相互理解の第一段階を一気に突破した。

 判ったわ。とりあえず様子をみましょう。
――ありがとうございます。お願いですから虎徹さんにはばらさないで――。

すすり泣くようなその思考波に、バーナビーが心底怯えているのを感じてカリーナはちょっとむっとした。

 私そこまで卑劣じゃないわよ・・・。判ってるわよ、あんなことやこんなことなら私だって一杯考えたもん。
――あなたは女性じゃないですか。酷さの度合いが違いますよ。
 なんかあんたが弱気だと気になるじゃない・・・。
――どうかしてたとか言い訳する気はないです。今だって僕がそういう願望持ってるっていうのを貴女は感じ取れるんでしょう?
 う、うん。
――自分で自分がイヤだ・・・。
 ちょっと、人の頭の中で落ち込まないでよ、私まで落ち込んじゃうじゃない!

 カリーナは帽子をとって、頭を右手でごりごりと掻いた。
それから溜息をついてまた帽子を被りなおす。携帯と手提げバッグを持つと、そのまま部屋からでて階段を駆け下りた。
「ママ、トレセン行ってくる」
「えっ?!」
 慌てて振り返るがカリーナは玄関に走っていってしまい、クリスティーナは「お昼ご飯どうするのよ! 折角のオフなのに!」とその後姿に叫んだがカリーナは振り返らず一目散に駆け去っていってしまった。


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