Novel | ナノ

琺瑯質の瞳を持つ乙女(18)


「折紙!」
 やがて二人が抱擁するその部屋に、虎徹とバーナビーが飛び込んできた。
イワンは護送車に備え付けられている金網に擬態して、実際の所ずっとエドワードの傍に居たのだ。
護送車が奪われてこの屋敷へと連れ込まれるまでの行動を全て密かに共にしており、犯人の所在が確定した時点で他のヒーロー達と司法局へPDAで連絡を完了していた。ただしその男が外交官という身分を持っていたことが災いして、報告を受けても直ぐには警察も司法局も踏み込む事が出来ない。
S国外交官であるポール・クレスペルが犯人で間違いないとイワンが連絡してきて、迅速に動く事が出来たのはヒーローだけだったのである。
 捜査権は無いがヒーローという肩書きは世界でも特権的な行動を許されている部分があり、緊急時には柔軟に対応出来るシステムとして世界でも高く評価されている。
囮捜査など本来警察以外には許されていない行為だが、イワンが送信してきた映像は決定的な証拠になるだろう。
ヒーローをバックアップするシステムとしてシュテルンビルトにはHERO TVという、リアルタイムレスキュー番組が存在しており誰もがエンターティメントとしてしか見ていないそれが実はヒーローにとって一番の味方でもあるのだ。 報道の暴虐さというものを逆手に取ったそれは時に民衆というパワーを得て不可能を可能にする。
 The pen is mightier than the sword. (ペンは剣よりも強し)
アニエスの壮絶な微笑にケインが竦みあがり、「マジコエエ」と心の中で十字を切った。卑劣な連続猟奇殺人犯でもあるが、特定されたクレスペル外交官の運命を思うと少々哀れだとも思えた。シュテルンビルトと違って彼の所属する国では死刑に対して躊躇が無い。この映像が放映されてしまえば彼の未来はお終いだろう。まあそれだけの事をしてきたと考えれば幾分気持も和らぐのだが。
 しっかし、アニエス女史は全て結果が判っていて喜んでるのだろうなと思うとやはり複雑な気持になる。
その映像はヒーロー、司法局、警察らと共に受け取っていたのだが、視聴率が稼げると憚りなく叫んでいるのをオープン回線で聞いて虎徹が「不謹慎だろ!」と嗜めたが効いた様子も無い。バーナビーがボソっと「くだらない」と呟いていたのを他のヒーローたちも苦笑して聞き流す。まずはエドワードとイワンの無事を素直に喜ぶべきだろう。



 バーナビーがその可能性に気づき、すぐさま司法局に押しかけて本当の狙いがエドワードだと訴えると臨時に会議が開かれた。
軍と警察はその後全くヒーローサイドには接触せずに間に司法局を挟んでのやりとりだったので、実際の所何処までこの予想が受け入れられたのかバーナビーとや虎徹、イワンには判らず非常にやきもきする事になった。その後もヒーローは呼ばれずに軍と警察、司法局の三機関で折衷案にて合意にこぎつけたらしい。すでにエドワードがザントマンではないかというゴシップに似せたニュースを軍からの指示によりOBCが積極的に流してしまった後だったので、移送を遅らせるわけには行かなかったのだ。
付け焼刃のような修正案が土壇場で出され、ヒーローたちもギリギリになってから、管理官より説明される事になった。
 S国との関係など外交的問題もあって当然軍も動かせない。治外法権ということで警察が踏み込むのは更に厳しいと判断、勿論司法局としても表立って動く事が出来ないので民間レベルでの別の独立機関であるヒーローシステムに 全て委任するということ。 それがザントマン襲撃の僅か数時間程前の話である。
屋敷の外周に張り巡らされているセキュリティを無理矢理突破する為に、物理的攻撃力が高いタイガー&バーナビーが突入役に選ばれた。
キースは屋敷全体を上空から見張る役を担当し、他のヒーローは屋敷を包囲しつつ待機。能力を発動したのは能力が1分しかもたない虎徹の方で、バーナビーはその後の対処の為に能力を温存することにしたのだが、案の定虎徹は門である立派な格子を思い切り引きちぎって背後にぶんなげており、「どうして無駄に大破壊なんですか!」と今日もバーナビーに怒られていた。
イワンからの連絡はおぞましい人形の顔面を撮影した写真で途切れていた。エドワード救出の為になんらかの行動を――ザントマンと対峙するという選択を取った可能性が高い。
 ザントマンの能力は戦闘力が高く、イワンの擬態能力では太刀打ちできないのではないか? 緊急に現場に駆けつける必要があると判断された。
以前ジェイクに痛めつけられたように、潜入がばれて酷い目に遭わされていないとも限らない。そう気負って突入したが、二人がイワンのところにたどり着く時には全てが終わっていて虎徹もバーナビーも驚くほど安堵した。
「良かった、折紙先輩、上手くやりましたね」
 床に倒れ伏している男に目をやり、虎徹がしゃがみ込むと男の脈を確認する。
上手く急所に手刀を打ち込んだらしく、目立った外傷もなく、呼吸がおかしい事もなく男は綺麗に失神していた。
虎徹は呼吸の確認をしてからほっとした面持ちになり、クレスペル外交官を念のため拘束した。
 イワンがそっとエドワードに肩を貸して二人で立ち上がる。
エドワードは部屋に飛び込んできた二人のヒーローに目を走らせ「タイガー&バーナビー・・・」と呟いた。
「どこか怪我でもしましたか」
 バーナビーが聞くのにイワンが微笑んで首を横に振る。
「大丈夫です」
「エドワード、ご苦労様でした。 ご協力感謝します」
「あ・・・、ああ」
 エドワードは腑に落ちないと言うようにぽかんとバーナビーを見つめていたが、やがて「そういうことかよ」と呟いた。
「つか・・・、司法局のオッサン、言葉足りなすぎ」
「?」
 イワンは首を傾げたが、エドワードはだったら最初からそう言えよと心中悪態をついた。
司法局から訪れて、「あなたに拒否権はないのですが犯人逮捕の為に囮になってもらいます。減刑考慮の対象としますのでせいぜい頑張って下さい」と勝手に言い放って去っていったユーリ・ペトロフという裁判官を思い出して今更のように腹が立っていた。勿論そんなのはエドワード以外には判りようもないことだったので虎徹も「大丈夫かー」と仏頂面をしたエドワードに心配そうに聞く。ただ、バーナビーだけが今回の作戦を立てたユーリに考えが及んで苦笑していた。
 成る程あの人は本当に誰に対しても容赦が無い。
「とりあえず外に出ましょう」
 外交官はどうする?と虎徹に聞かれて、バーナビーが僕が運びますと答えた。
ひょいと軽く抱え上げると、4人で外へ。無事に出てきた4人に、他のヒーローたちも歓声をあげた。
「良かったァ! 前みたいに潜入ばれてたらどうしようって。心配したよ!」
 パオリンの嬉しそうな声にイワンはありがとうございますと返した。
門の付近には既に覆面パトカーが何台もやってきており、最重要容疑者となったクレスペル外交官の身柄をいまや遅しと待ち構えていた。
バーナビーはそのうちの一台に寄って行くとクレスペルの身柄を引き渡す。
いまだ気絶したままの彼は拘束されたまま、N.E.X.T.を封じ、逃亡防止処置を施されて警察の特殊N.E.X.T.拘留所へ収容される事になった。
「エドワード」
 エドワードも警察が寄越した新しい護送車へと乗り込むよう指示を出される。何処へと聞くとアッバス刑務所ではなく、元のシュテルンビルトブロンズ第三刑務所に戻ると告げられた。
イワンはずっとエドワードの手を握っていたが、警察に促されてその手を放す。それからエドワードの顔を覗き込み、後で会いに行くからという。
イワンの言葉にエドワードはこくりと一度だけ頷いた。



[ 116/282 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]
【Novel List TOP】
Site Top
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -