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琺瑯質の瞳を持つ乙女(16)



 イワンはずっと息を潜めてその様子を見ていた。
まさかここで殺すつもりなのかと悲鳴を上げそうになったがなんとか留まった。
やがて運転席で立ち上がり、ごそごそとやっている黒い影――ザントマン。
砂を操るのではなく、砂であるN.E.X.T.というべきだなとイワンは思い、投げ出された運転手の遺体に「しまった」と思った。
 後部座席の三人は殺されなかったが、運転手は間に合わなかった。
心の中で罵声を浴びせながらもイワンはぐっと我慢してザントマンの動向を伺う。
彼は護送車を運転して道中の山の中腹に乗り入れると其処に護送車を放置、エドワードだけを背負って沢の方へと下り始める。イワンは気づかれないように擬態を繰り返しながらその後を追った。
 そしてあったのはぴかぴかの黒いベンツでバンパーポールに柄が刺さったままになっているのが見えた。
やはりS国の――。確かめながらイワンは後部座席に放り込まれたエドワードと共に乗り込んだ。ザントマンはイワンに気づく気配もなく無事に乗り入れたところはそう、予想したとおり領事館だったのだ。
地下の駐車場にベンツを停めると、直ぐにエドワードを抱えて外へ引きずり出す。
イワンの擬態能力は触覚も視覚もきちんと再現する特異なものだったが、不意に触られたりすると違和感を相手に与えて擬態がばれてしまう事がある。
その危険性を考慮して、ザントマンが完全にエドワードを運び出すまでイワンはその場でじっとしていた。
やがて完全に出て行ってしまうとイワンは車からそっと降りて、ザントマンが入っていった出入り口へと滑り込んだ。
直ぐに上に上がる階段が見つかったので登っていくと、燦々と降り注ぐ陽の光が上に見えてくる。
外に出てイワンは「わあ」と声に出して言った。
広大な土地を所有するS国の治外法権エリア、それは庭園のように整えられており何処かの博物館のように見える。
イワンは圧倒されながら、そのバロック様式の美しい領事館の中へと足を踏み入れた。



 暫く歩いてイワンはしまったと思った。
思った以上に広い。いや広すぎる。
ザントマンは一体何処へ行ったのだろう、こう部屋が多くちゃ判らないじゃないか。
ああ失敗したと内心焦ってイワンは廊下を走る。まだそれほど遠くに行っていない筈だ。
エドワードを抱えているからそんなに早く移動出来ないはずと思い見回すと奥の階段を上っていく人影が見える。あれだとイワンは擬態に気を使いながらも全力で駆けた。
その影に追いついてみるとそれは人影ではなく。
広い廊下に長々と続く綺麗な丸い柱の影に、窓から垂れ下がるレースのカーテンの影がひらひらと纏わりついている。
ぽかりとした午睡の空。降り注ぐ金色の陽の光の中で辺りを見回した。
ああ、畜生と口の中で一頻り悪態を吐いて気づく。突き当たりの扉が少し開いている。
イワンはそっとその扉の中に忍び込んだ。自分は擬態していても扉を開閉させればそれは見えてしまうので用心しながら少し開けて元に戻す。
幸いな事に其処には誰もおらず、ざっと見回してここがザントマンの執務室なんだなと思った。
壁際に賞状のようなものがずらりと並べられていて、本棚にはぎっしりと分厚い本が詰っている。
 ポール・クレスペル・・・。
机の上にある上品そうな万年筆、写真。 身分証明書、カード。
それに記載されている名前をイワンは読んだ。そしてPDAで撮影し片っ端から記録した。
 ここまでは上出来の部類。しかし殺人の証拠は厳しいんじゃないのか。大体何を持ってして証拠とみなすのか。
被害者の遺品でも持ち帰っていればいいんだけど、遺品がここにあったとしても僕にはどれだか判らないじゃないかとイワンは考え込む。後から鑑識に映像をチェックして貰うしかない、或いはエドワードを殺そうとするその現場を押さえる事か。いやいや、殺される前に当然止めるんだからこの場合は殺人未遂になるわけだけれどそれだと自分が侵入した事がばれてしまうし、そうなったら多分こっちが訴えられてしらを切られて終わりだろう。
 どうすれば・・・・・・。
そうこうしている内に奥の扉からエドワードの声が聞こえてきた。目が覚めて状況が判らずどうやらザントマン自身と会話しているらしい?
ああくそっ、どうしよう、時間がないぞイワン。
 逡巡した後、イワンはままよとその扉の中に入る。するとそこにはエドワードもザントマンも居ず、大きな広い居間のような中間スペースになっていて更に奥に扉があるのが見える。擬態を解いてそのドアに突進しようとしてイワンはぎくりと足を止めた。――誰かがいる。
 咄嗟に振り返ってイワンはどきりとする。
横にいたのは椅子に長椅子にゆったりと横たわった銀髪の少女だったからだ。
可憐な少女はじっとイワンを見詰めていて、イワンは悲鳴を上げそうになる。見つかった、どうやって誤魔化そうと思い違和感に眉を顰める。
その少女は瞬きをしない。呼吸音もなくこそりとも動かない。まじまじと見詰め合ってしまったと感じてから数秒後、イワンはそれが人ではなく人形だと悟るのだ。
 HFD(Human Fake Doll)、成る程虎徹とバーナビーが言っていたのはこれのことか。確かにこれはぎょっとする。そこまで考えてイワンはあれっと思う。
これは何がおかしいのだろう? イワンは無意識に人形との間を詰めてじっとその顔を覗き込み、悲鳴を上げ――そうになってすんでのところで飲み込む事に成功した。
 その少女の瞳は右が金茶で左が淡い紫のオッドアイだったのだが驚いたのはそのせいではない。

  その瞳が 『生身の人間のもの』だったからだ。

――え、ICOバイアイ(bi-eye)・・・。
 カリーナの声がイワンの脳裏で何度も再生される。殺人の・・・シリアルキラーの証拠を見つけました。でもこんな、こんなことって。
イワンは震える手でPDAを立ち上げてその人形の顔面を撮影する。その後直ぐに蹲ってうぐうぐと吐き気に咽った。
人形の眼窩、その周りには生々しい血が浮かんでいる。イワンには人形が被害者の悲鳴を発しているように見えた。
ああ、本当になんてことを。気が狂ってる。
 そしてはっとなった。
エドワード!
 細く長くエドワードの悲鳴が聞こえた。
イワンは立ち上がり、エドワードの悲鳴が聞こえる方を見た後人形を再び振り返り決意する。
このシリアルキラーは絶対に許さない。



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