Novel | ナノ

星の棲み処(7)




 バーナビーは重い足取りで自宅に向かった。
大丈夫だ、覚えてないのなら、そのまま本当に無かった事にしよう、という思いと、
いや、虎徹さんは覚えてる。その証拠に、婦長がいったように、空を眺めていたと。
何故だか解らないが、あの病院、病室に彼は恐怖を抱いていたのだ。
婦長はこうも言っていた。
鏑木さんをよく病院で見かけていたと。だから、すぐに解ったと。
ヒーローとしてではなく、一般市民としてあの病院によくでかけていたのだ。
だとすると、恐らくそれは病死した奥さんを見舞ってのことなのではあるまいか。
この予測が当たっていたとしたら、きっと死のうとした事を虎徹さんは忘れてはいない。
「・・・・」
 悶々と心に重たいものを抱えながら、バーナビーは自宅の扉をくぐった。
その途端、奥から「おかえり〜」という能天気な声が聞こえてきて、なんだか涙が出そうになった。
本当にまったく、全部嘘のようだ。
「なんか元気ないな、バニーちゃん、検視どうたった? なんかあったのか?」
 包丁を持ったままスタスタとこっちに向かって歩いてくるので、バーナビーはちょっと笑いそうになった。
「いやいやいや、虎徹さん、それ危ないですよ。包丁は置いてきてください」
「あっ、そうだな」
 たった今気づいたように、タイガーはひょいひょいと戻って包丁を置いてきたらしい。
なんだか心配そうな顔をして、自分の顔を覗き込んでくる。
「まさか、刺青が無かったとか言うんじゃないだろうな」
「まさか」
 バーナビーは微笑した。
「全然、真っ黒こげで刺青どころか顔の造作も不明でしたよ」
「うぇ」
 あー、やだやだというようにタイガーが両手を上げた。
「見たくないな。犯罪者でもああいう死に方されると凹む」
「虎徹さんのせいじゃないし、あれは彼が悪い。完全に彼の自業自得でしょう。
しかも虎徹さん、あなた彼にそれだけやられたんですよ? なんか変なところに寛大ですね」
「まったくそのとおりなんだが、人が死ぬのは悪人でもいやだな。これも性分でね」
 バーナビーは危うく、自分はいいんですか?といいそうになって口を噤んだ。
「まあ、とりあえず食事にしようや。それとももう食べてきちゃったか?」
「いや、まだですよ。今日は色々忙しくて直帰したんで」
「おう。そりゃ良かった。さあ食え」
「いやいやいや、虎徹さん、マヨネーズ乗せすぎですよ。気持ち悪い」
「いや?! このトッピングが美味いんだって!」
「僕は、そう思いません。やっぱり避けましょう」
 エーッ?という虎徹の不満声が部屋に響いた。









 その日、タイガーとバーナビーは特大のテレビがある部屋で寝ることにした。
しかし、何故か床である。
「僕は構いませんけど、虎徹さんは傷は大丈夫なんですか」
「大丈夫、大体回復」
ゴロゴロと寝そべりながら、「あー、酒飲みてぇ」とか言っているが、バーナビーは頑としてそれは許可しなかった。
「あと2日で完全復活してくださいよ。もう活動可能って今日書類提出しちゃったんですよ?」
「うわ、気が早いな」
「そろそろ復帰しないとまずいでしょう。虎徹さん全然HERO TV観てませんよね? 今週の出動要請は、ブルーローズとドラゴンキット、ファイアーエンブレムの三名のみに出されてるんですよ」
「えっ、それマジ?」
 何を言っているやら・・・と、バーナビーは頭を抑えた。
「男子組は僕を除いて全滅ですからね。 一応僕は虎徹さんと2人で活動していることになっているし。
事実上僕も今出動できないんです。まあ、大量に作成しなきゃならない書類もありましたんで、まとめて他のも含めて今一気に全部こなしてますけどね」
「そうか、PDAが鳴らないから平和なのかと思った」
「まあでも、概ね平和です。ヒーローが出動しなくてもなんとかなる小物ばかりですよ」
「だったら、女子組も休んじゃえば良かったのに。こんな機会そうそうないだろ」
「ファイヤーエンブレムはオーナーなので無理でしょう。ドラゴンキッドはまあ休みたいと思うのかな。
ブルーローズは犯罪者を捕まえることより、出動して臨時コンサート開く方が目的な気がしますが」
「あー、まあブルーローズはそうだな」
 タイガーがへらりっと笑った。
バーナビーの家の窓は巨大で、高層ビルのかなり上層に位置しているため、天上の星も、地上の星も美しく良く見えた。
間接照明の柔らかな光の中で、クエスを飲みながらボンヤリ星を見上げているバーナビーの横顔をタイガーはなんともなしに眺めていたが、バーナビーが小さくため息をつくのを見てこういった。
「どうした、バニーちゃん」
「・・・、ああ、いえ、なんか色々あったなと」
「そうだなー・・・」
 タイガーもしみじみと言った。
「ほんとまあ、色々あったな。で、バニーちゃんは今どんな気分なの?」
「どんな気分というと」
「復讐、かな。 終わった? と思う? そしてこれからどうするんだ?」
「どうする、か・・・」
 バーナビーは頭を振った。
「今はなにかよく考えられません。ただ、もし復讐を果たす事が出来たら、もっとこう充足するのかと思いました。
あるいは目標を失って、心に穴が開いたような気分になるとか。色々考えてみたんですけど、なにかどれも違いますね」
 そういって、バニーは胸に詰まりそうになった。
本当に色々あって忘れていたが、終わったのだ。
長い長い復讐の年月にピリオドを打ったのだと。
 終わった。仇のジェイクはもういない。
そして、彼を倒したからといって、父と母が戻ってくる事は無いのだ。
そんなの解りきったことだったのに、何故だ。
ジェイクを倒しさえすれば、今まで失ってきたものを全て取り戻すことが出来ると、なんの根拠も無く思い込んでいた。
寂しかった。苦しかった。誰も居なかった。愛する人も愛してくれる人も、そして愛させてくれる人も。
切なかった。孤独だった。N.E.X.Tだった。なにもかもが自分に冷たい世界だった。
何故だろう、こんな時に、そんな事ばかり思い出す。
どうしよう、僕の手の中には何も無い。
「バニー、どうした?」
 タイガーが不意に黙り込んでうつむいたバーナビーに、心配そうな声を上げた。
そのまま起き上がり、バーナビーの方に四つんばいになってにじり寄ってくる。
「はっ、参ったな・・・こんな気分になるなんて。 正直計算違いです」
「何言ってんだよ」
 タイガーがバーナビーの肩に手を置いて、優しく叩いた。
「見ないで下さい」
「え?」
「なんだか泣きそうです」
「えっ、おい」
 慌ててタイガーがバーナビーの顔を覗き込む。
見ないでくれといったのに、ホントにこの人は駄目だなあとバーナビーは思った。
「あーいや、なんかさ、これって俺が泣かせた事になるのかな。 いや、ごめん、ごめんな、バニー」
「別に、虎徹さんのせいじゃありませんよ」
 はっ、と笑って一粒の涙をぬぐい、バーナビーが顔を上げた。
窓の外に視線を向けると、一面の星が美しかった。
「終わったと思ったら、僕には実は何も無いんだなと、しみじみ思い知ってしまって」
「何も無い?」
「そうです。ジェイクを倒しても、優しかった両親が帰ってくるわけじゃない。生き返るわけじゃない。 僕は寂しいままだし、父も母も死んでしまって、その事実は全然変わらないってことが、なんだか無性に泣けてきたんですよ。 特に僕はN.E.X.Tでしたからね。 まあ色々と、嫌な思い出もあるんです。 ヒーローにならなければ、生きていく価値もないような。こんな化け物のような人間が生きていて良かったのか。 むしろ、死ななければならなかったのは、僕の方なんじゃないのかって。まあ、そう思うわけです」
「寂しい事言うなよ」
 タイガーが困ったように言った。
「そんなの俺だって同じだったぞ。こういう話をする時、同じ能力っていいな。 互いにそりゃそうだって慰めあえるだろ。共感するところも多いし。N.E.X.Tについて、それは違うって見解が食い違うこともないしな。それに、バニーちゃんは今一人じゃないだろ? 少なくとも俺が居るじゃないか」
「虎徹さんが?」
「俺じゃ不満かも知れないけど、ぼっちよかましだろ。 まあ、こんなおじさんでがっかりだろうけど、よろしく頼むよ」
 バーナビーはふきだした。
「おじさんはまあ、あまり関係ないですけど、今は僕はバディが虎徹さんで良かったって思ってますよ」
「そりゃあ、光栄だな」
 タイガーが照れたように笑った。
でも、とバーナビーは言った。
「多分この負い目は一生残るような気がします。
言っても仕方が無いことなんですけど、あの時僕にこの力があれば。もう少し大きければ、両親を助けられたかもしれないと。 あの時自分がどうして助かったのか、それはまだ思い出してないんです。 そう考えると、自分だけが卑怯に逃げ出して、そして生き残ってるんじゃないかと、そんな生き残り方になんの価値があるんだと思うんです」
タイガーはそう訥々と語るバーナビーに優しく言った。
「残された人間は誰でも一度は考えるんだ。なんで俺は生きているのか。なんで俺ではなかったのか。 なんで失われたのが他の誰かではなくて、自分にとって最愛の人だったのか」
 バーナビーがタイガーを見る。
その肩をタイガーが優しく抱きしめた。
「お前は良くやった。そしてもういいんじゃないのか。 今度は親父さんやお袋さんのためじゃなく自分自身の幸福のために生きろ。お前さんが生き残ったのは悪い事じゃない。 人はみんな生きる事を、この世界に許されてるんだから」
「なんですかそれ、誰が言ったんですか」
「誰だったかなぁ・・・」
 そういうタイガーの脳裏を優しい人影が掠めた。
桜吹雪の中、彼女が言ったのだ。

人はどう生まれついてあれ、誰しも生きる事をこの世界から許されているのだと。
そして、精一杯生きる事が、我々人に課された、最大の使命なのだということを。


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