Novel | ナノ

琺瑯質の瞳を持つ乙女(4)



 エドワードは久しぶりに――実に2年半ぶりに外界へ出た。
前回は脱獄という不正規手段での逃亡だったが、今回は違う。きちんとした手続きに乗っ取って司法局が認可を下ろした正式な外出だ。
誰も追わない、堂々とこれで何処にでもいける。
外に出るまで無言の友人に、イワンはおろおろとつき従う。これじゃどっちが保護者だか判らねぇだろうとエドワードは苦笑した。
「おい」
「はいっ」
「場所判る? 一応刑務所で検索かけて貰ったんだけどさ、外部にプリントしたもんとか持ち出し禁止なんだ。うろ覚えなんで悪いけど調べてくれよ」
「大丈夫、調べてきたよ」
「ん」
 花買える?
エドワードがぼそっと聞いてきたので、勿論買えるよ、僕が買ってくる。どんな花がいい?とイワンは咳き込むようにして言った。そして手を差し伸べる。
「あのさ、その、手を繋いでいい?」
「いいぜ、ほれ」
 別に変な意味ではない。司法局の拘置所から出るときに、心配そうに刑務所から出張してきたスタッフ、所員達が腰紐を着けて行くべきなのかと言ったのをイワンが頑強に反対したのだ。
そんな事しなくても絶対帰ってきます。エドワードは逃げたりしない。そう力説するイワンに、まあヒーローが言うのならと渋々ながら腰紐の着用を取り下げてくれたのだ。でも出来ることなら身体の一部に触れているべきだと何度も忠告されたので、イワンは「だったら、ずっと手を繋いでいます!」と叫んでしまい、エドワードが「え」とつい呟いてしまった。
まあ出かける直前に色々あったが結局の所時間が勿体無いだろうということで、それ以上は特に何も言われずにすんなりと二人は外に出る事を許された。
「あのさ、時間多分そんなにかからないよね。だったらさ、残りの時間で目一杯遊ぼうよ。映画でも観にいく?」
「あ?」
 エドワードの手は温かかった。 イワンはなんだか嬉しくなってしまい、一緒に歩く友人に話しかける。かつてエドワードはストロベリーブロンドを長く伸ばして後ろで括っていたものだったが、刑務所に入る時に短く刈り込まれてしまった。多分、強制的に刈り込まれたのだとイワンは思っている。
 極稀にだが、身体変化系能力者や、操作系能力者など能力に媒体を使うことが可能だとみなされたN.E.X.T.は、その媒体に関するものを取り上げられる事がある。
かつてシュテルンビルトを騒がせたシュテルンビルト占拠事件の主犯である、物質操作系N.E.X.T.クリームは、物体を操るのに自分の髪の毛を媒体とした。その特性から能力を封じる為に女性でありながらスキンヘッドにされていたというのを、後からバーナビーに聞いてエドワードもそうなのだろうかとふと思ったのだ。
 エドワードの能力は、イワンと同じ第三世代でも最も第四世代よりだと言われている。
第四世代の能力者が現れ始めたのはつい最近、ここ4年ほどの事だそうで、虎徹の愛娘である楓という少女が「生体コピー能力」という現時点最も進化したN.E.X.T.に目覚めたのは今から2年程前の事だ。それ以来シュテルンビルトでも第四世代の能力者の出現報告が続いている。
 イワンの擬態能力は他者の容姿、映像をコピーするという能力で、楓の持つバイオメトリクスコンプリーター前身に当たる初代特殊能力(シェイプシフィティング)だと言われている。 姿かたちは真似られても、N.E.X.T.までは真似られない――それをイワンは長いことコンプレックスに思っていた。
ワイルドタイガーが能力減退というハンデを背負ってヒーローに復帰してきた時、イワンは虎徹という人間の底力とその信念の深さに感銘を受けた。
本当にこの人は口だけでは無かったのだ。 自分を含めて人というのは他者を羨んだり妬んだり、とかく他者と自分とを比べて生きているものなのだと思っていたが、真実そうではない人間が――己こそを基準としてぶれないで生きていける人が存在するのだと本当に感じ入ったのだ。
 恨む事も無く妬む事も無く、虎徹はアッサリと自分の減退を受け入れた。 受け入れた上でN.E.X.T.であり、ヒーローであり人間であるとあっけらかんとありのままの姿で戻ってきた時に、自分という人間の小ささに恥じ入った。
 バーナビーという無二の相棒を持ち、その相棒の力は寸分違わず自分と同じで。なのに比べられる事をものともしなかった。自分は自分であり自分が何をしたいのか彼は決して間違えないのだ。
 虎徹の力はバーナビーと同じものだが、恐らくFive minutes One hundred powerの所持者としては全世界で初めて確認されたN.E.X.T.でもある。その力は同一に見えてバーナビーのそれとはやはり違うのだという人も居る。事実ワイルドタイガーは第二世代後半に相当するパワー系N.E.X.T.で、バーナビーは第三世代前半に分類されている。今後バーナビーが減退するのかどうか興味津々伺っているN.E.X.T.研究者がごまんと居ると聞いてはいるが、N.E.X.T.というのはこの世界でやはりまだまだ虐げられている存在だとイワンは想うのだ。
 エドワードの手を掴む手に力が篭る。
ヒーローですらN.E.X.T.であるということで、好奇と悪意の目を寄せられる。全てのN.E.X.T.の代表としてステイタスシンボルの役割も果たし、都合の悪い事があれば真っ先に糾弾される、それがヒーローというスケープゴートなのだ。
虎徹は犯罪者を捕まえるが、誰に対しても人であると言う単純な事実を忘れない。どんな凶悪犯であれ、決してその命を粗末に扱わない。N.E.X.T.とそうでない人の本当に中間地点に立ち、どの命をも区別しない。N.E.X.T.であるということを多分人として誰よりも受け入れているのはタイガーなのかも知れないとイワンは想う。
それが恐らく守るということなのだろう。N.E.X.T.とではなく一人の人間として正しい行いを貫く。自分の信念に揺るがず貫き通すその意志の強さが一番ヒーローには必要なのではないのかと。
 犯罪N.E.X.T.に世間の目は冷たい。
普通人よりもむしろN.E.X.T.が厳しかった。それは本能的な防衛反応かも知れなかった。もしそれを超えて手を差し伸べる力がある者がいたとしたらヒーロー以外いないのではないのかと。
 深く理解しようなどと他人は他者に対して思わない。 エドワードが罪を犯したのは明らかなのだからその事実だけでみな判断するだろう。
理解してくれとは言えないし言う気も無い。N.E.X.T.であることの孤独と悲しみを知って欲しいと願っても、それは才能という言葉に置き換えれば嫉妬の対象でもあるからだ。だからこそ、N.E.X.T.という存在の問題は根深いのだ。
「なんだよ、どうしたんだよ」
 エドワードが身じろぎする。
「あ、ごめん、痛かった?」
 別に痛くないけどなんだよとエドワードがぶっきらぼうに言う。
イワンはごめんと言いながら再びエドワードの手を強く握り締めた。



[ 102/282 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]
【Novel List TOP】
Site Top
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -