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琺瑯質の瞳を持つ乙女(3)


 自宅のシルバーステージから軌道エレベーターを使ってゴールドステージへ。
そのままセントラルパークを横切ってジャスティスタワーへと向かう間も、イワンはうだうだと思考をループさせていたがいい加減腹を括った。
司法局に入ると何時もと少し様子が違う。なにやら酷く慌しい様相なのだ。
「?」
 イワンは辺りを見回してカウンターに向かうが、カウンターの前には誰も居なかった。
一応呼び鈴を鳴らして待ってみたが一向に誰も来ないので、カウンターの上にあるチェッカーにPDAを翳す。
直ぐに折紙サイクロン――司法局認可 ヒーローライセンス所持 シュテルンビルト治安特殊業務 HERO従事者と表示されて名刺サイズの見学者用の名札が出てきた。
それを胸につけると司法局内部に入り、パーテーションで細かく区切られたオフィス中央へ。やはり様子がおかしかった。慌しくみな電話に出たり走り回ったりと忙しなく動いている。それどころか怒鳴ったり、書類をばさばさと床に捨てているような作業をしている人たちがそこここに見受けられる。どうしたことだろうと思いながらヒーロー管理官兼裁判官であるユーリ・ペトロフの執務室に向かうと、丁度彼が自分の部屋から出てくるところにかちあった。
「今迎えに行こうと思っていました」
「おはようございます、管理官さん」
 イワンが頭を下げ、ユーリが会釈し返す。
イワンは落ち着かない周りを眺めて「何かありましたか」と聞いた。
「ザントマンをご存知ですか」
「え? あ、はい?」
 イワンは自分の記憶を探る。ザントマンというのはドイツの民間伝承に登場する妖精の一種で、眠りの砂を目の中に投げ入れて人々を眠らせるのだという。ドイツには昔から夜更かしをする子供にはこの物語を聞かせて寝かしつけるという習慣があったのだそうだ。 ちなみにシュテルンビルトはドイツ系の移民が一番多い。星座の街と呼ばれるのも、シュテルンビルトはドイツ語で星座という意味を持つ言葉だからだ。イワンはロシア系移民なので特に眠りに関する民間伝承を知らないが、ザントマンの事はなんとなく知っていた。そして今現在ではこのザントマンがさす言葉には不穏な響きがある。
 ここ数年、世界各国でとある連続殺人事件が話題となっていた。恐らくN.E.X.T.の仕業だろうと言われており何故話題となっているのかというと、国を跨って類似事件が発生しているからだ。単なる模倣犯の仕業であるとも言われていたが未だに詳細は判明していなかった。判っている事は無差別に人を襲い、生きながらにしてその両眼を刳り貫くという猟奇性である。死体は死後数日経ってから遠くに捨てられているものを発見する事が多かった。A国、F国、D国と多くの国を跨いで行われるそれから、犯人は国内外を自由に出入りできる特権階級的人間であるという予測も立てられていたが、何か移動をする事に長けているN.E.X.T.ではないのかという予測が大勢を占めていた。なんにしてもすでに50人以上が犠牲となっており、それもこれも遺体が発見された人のみのカウントだったので実際の犠牲者はその倍以上に登るのではないかと考える人も居た。
 両眼を刳り貫くという特徴的な猟奇性から、ホフマンの小説に書かれた「眠らない子供の目を刳り貫く」という「砂男」を連想する者が多かったのもあってか、このシリアルキラーを「砂男」と呼称して報道する事が多く、いつの間にかその渾名が定着したのだ。
「あの、ザントマンってあの猟奇殺人事件の?」
「先週国内で、ザントマンの手によるものと思わしき遺体が発見されました」
「え」
「前々からA国からは警告が来ていたのです。ただ遺体が無事な事が少なくて、ザントマンの事件なのかここ数年はよく判らない事が多かったのです」
「ここ数年?」
「大分前からもう我が国に来ていた可能性があります。ザントマンの手によるものなのかは少なくとも遺体の顔の部分が――眼球が残っているかどうかで確認するしかありません。発見が遅れれば白骨化しており眼球が刳り貫かれたものなのか、単に腐ってなくなったのかが判らない。それ以前に首から上が残ってないことも」
「残ってないって・・・」
「大体谷や山中に投棄されますので、野犬や野生動物に食い荒らされて死体がバラバラということも良くあるのです。普通の殺人事件の犠牲者なのか事故の犠牲者なのかザントマンの犠牲者なのか区別はまずつきませんよ。我が国の年間殺人事件件数をご存知ですか。17万件ですよ」
「そ、うですよね」
 イワンがそういうのに、ユーリは憂いを込めた視線を向けた。
「数ある殺人事件の中でザントマンがこうも取り沙汰されるのは、N.E.X.T.であるのではないかというその疑惑故です。一般人の殺人には興味を払わない者もN.E.X.T.であると話は違う。一人のN.E.X.T.が過ちを起こせばたちまち全てのN.E.X.T.に対する悪意、偏見に変わる。特にシュテルンビルトはそういった疑惑の目を常に世界中から向けられている都市です。警戒して当然でしょう」
 ユーリはこちらへとイワンを促した。
2階下にN.E.X.T.特殊拘置所があります。ブロンズ第三刑務所からこっちへ昨夜移送しました。外出着はこちらで用意してます。それに着替えてから上で手続きをして、ジャスティスタワーゴールドステージ接続口、司法局の裏口にあたりますがこちらの門から外出して下さい。本日18時までに、同じ裏門に戻るようお願いします。当たり前ですが時間厳守です。遅れますとペナルティとして社会奉仕の時間が58時間加算されますので注意して下さい」
「はい」
 喧騒のオフィスを抜けてエレベーターではなく階段で下に降りる。
イワンは文句も言わずにそれに付き従っていたが、不意にユーリがイワンに言った。
「裁判の内容に目を通させて頂きました」
「え」
「エドワード・ケディ君の事件委細です。厳しい判決だったと私も思います。しかしそれがN.E.X.T.という才能に恵まれた者に課された義務なのでしょう。大人しく刑に服していれば、今年にはもう出所も叶ったでしょうに、残念です」
 エドワードが脱獄した事を言っているのだろう。
確かにあの件で、エドワードの罪状は更に加算され、もう後5年は刑務所に居なくてはならなくなった。
特にエドワードの能力は汎用性が高く、利便性に優れている。応用に長けそしてそれは犯罪にも使えるということだ。N.E.X.T.には犯罪者が多い。それは全くの偏見で、実際のところ普通人と犯罪発生率は殆ど変わらない。それどころか逆に少ないのだ。しかしこの単純な事実を知る人は少なく、認める者は更に少ない。
絶対数が少ないのと、N.E.X.T.の力が個々に余りにも違いすぎて単純に比べる事が出来ないというのもあったのだが、成る程そういうことかとイワンは唇を咬んだ。
「申し訳、ありませんでした――」
「何故謝るのです?」
 ユーリは冷たく言い放つ。
階段を下きってしまうと鋼鉄の扉。
ジャスティスタワーのゴールドステージ階層にこんなエリアが設置されているのをイワンはそれまで知らなかった。
ユーリはそこに備え付けてあるスキャナーに自分のカードを翳し、堅牢な扉のロックを解除する。
イワンを招き入れると今度は内側からロックをかけて、奥へと促した。
「その先の扉から向こうには、刑務所のスタッフの方がいらっしゃいます。彼らの指示に従ってください。18時には必ず戻るように」
「はい」
 イワンは自分に丁寧に会釈をし、踵を返す管理官の背中に深々と頭を下げた。



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