Novel | ナノ

琥珀を捕む夢(14)


NC1968.永遠の愛情を全て抱き

 友恵は虎徹に妊娠した事を告げる事が出来なかった。
出動要請が激しくここ一週間殆ど虎徹は家に戻れておらず、友恵は虎徹の活躍をHERO TVで見るだけの毎日。
ぼうっとそれを眺め、時折虎徹からかかってくる電話に受け答えして何度か話そうかと思って電話では言えなかった。
 それにとお腹に手をおいて思う。
これは私のエゴであって唯の夢で、本来そうであるべきではない未来へと向かっている。
本来の持ち主は返せと言い、かつてこの夢を回収していたN.E.X.T.は幸福な夢と引き換えにするものを友恵自身が持っていないと言っていた。
代償が私の寿命だという。 それだけではなく時を失くすと言う。
完全に理解できたわけではないけれど、本来それがこの世界において許されないことであるということだけは理解してしまった。
 もし――、それが誰かを不幸にしたりするものであるのなら。
私は私の夢を諦めなければならないのかも知れない。 そう私が居なくとも虎徹君はヒーローになるのだから。
 夢見がちな少女の我侭だわ。 多分きっとそう。
そう思い切り、時折訪れる影と恐らく夢を買ったかつての自分自身――少女に、この夢を諦めるとは言えないのだった。
 だってそれは、一つの命を諦めるってことじゃない? いいえでもこれは唯の夢なのだから、恐らく初めから無かった事なのだと、――一つの命を消すわけではないのだと頭では理解していても感情がついて行かなかった。
 一つの命であり、それは夢の結晶――だとも言っていた。
今友恵の身体に宿る物は、影が返却を望んでいる彼の夢そのものなのかも知れない。
 虎徹君、私は――。

 その日夜遅く虎徹が帰宅した。
一週間も帰れなくてごめん。 出動が多すぎて、業務が溜まりすぎてにっちもさっちも行かなかったんだ。 本当にごめん。
そう言いながら友恵を抱きしめる。 温かく力強い腕に友恵はまた涙が零れた。
「寂しかった?」
 寂しくさせたよなと虎徹がまた謝る。
ううん、違うのよ、そんなんじゃないの。
その夜虎徹は友恵を抱きしめて眠った。
ずっとずっと友恵のことばっかり考えてた。 何をしてるんだろう、今日はどう過ごしたんだろうとか。 傍に帰りたかったよ、友恵愛してる。
 うんうんと頷きながら友恵はまた涙を零す。
疲れきっていた虎徹が安らかな眠りに入った後も友恵は眠れずに腕の中一人暗闇を見つめていたが、やがて上半身を起こして眠る虎徹の顔を見た。
ブラインドの隙間から差し込む月明かりに照らし出されて少し青褪めた虎徹の顔。
安心しきって、全てを委ねて傍らで眠るヒーローの頬に友恵はそっと手を触れた。

 ザザッ――。

 影がふと現れる。
それは今度はあの青年医師の姿をしていて、ロフトの手摺に腰掛けて背中を向けていた。
闇夜に透けて浮き上がっているその白衣を振り返らず、友恵は言った。 答えを急がせないでと。
「この医師が失ったものは幾ばくかの時と、そして彼自身の能力でした」
「でも彼はN.E.X.T.だったわ」
「かつての時間軸で持ちえていた能力ということです」
 意味が判らないわと友恵は暗闇に向かって呟く。 白衣も振り返らずに言葉を紡いだ。
「彼は夢を――集め、そして魅入られたのです。 彼はこう望んでしまった。 余りにもその夢が美しく完璧に見えたものだから、彼自身がその夢を見たいと――そう望んでしまった。 けれど夢は彼を選ばず、彼は失意の内にそれを手放す他無かった。 そうして夢から覚めた時、彼が過ごした筈の10年間は消え去り、自分自身の力も変化してしまった。 そう――全ては彼の見た夢だったのです。 彼は後悔しました。 夢を見たことを。 望んでしまった事を。 だったら初めから観なければ良かったと、そう心から後悔してしまったのです」
 夢は美しいだけではない、残酷なものだと私は言いました。
それでも人は夢を見ずにはいられない。 誰もが覚悟なしに夢を見ている。 その夢をリアルとするリスクの事を知らない。 夢見たままで夢のままで終わらせられれば何時までも幸福であったろうに――――私の夢は人には重すぎる。
「返してください、まだ間に合います」
 美しければ美しいほどその夢は辛く残酷だ。 私はそれを知っている。 知っていて長く旅をしてきた。 また最初から始めるんです。 私が夢を見るために。
「もしこの夢を私が見るとしたなら、私の代償は寿命と、それから何?」
 友恵は静かに聞く。
傍らで眠る愛しい人の眠りを妨げないように。
影は答えた。
「未来永劫、私のように時を失い旅をすることになるでしょう」
 本当に恐ろしいのはそちらの方かも知れません。
影は静かにそう友恵に告げて口を閉じた。
 ジジッと再び姿が揺らぎ、初めて友恵は影に振り返る。
寂しげな白衣が目の前の空間にぶれて見えた。
 不意にその姿に幼い自分の姿が重なった。
長い黒髪、瞳一杯の涙。
両腕一杯に琥珀を抱かかえて、友恵に向かってそれを放り投げる。
その夢は全て砕かれた金色の琥珀の欠片だった。



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