Novel | ナノ

琥珀を捕む夢(12)



 この世界は夢。 私が観た夢。 観たいと望んでいた夢?
夢の終わりが近づいている。 貴女はその代償に死ぬ。 時間を失う。
友恵は呆然と歩き、いつの間にか家の近くまで戻ってきていた。 どうやってここまで歩いてきたのか憶えていない。
そして再び友恵は目の前に少女を見た。
 長い黒髪、澄んだ鳶色の瞳に涙を湛えて自分を見上げてくる。 そしてやはりその少女が訴える言葉は聴こえない。
しかし、友恵はその少女の前に佇んだ。 
そう、恐らく彼女は。
「貴女は私――だったのね」
 そうでしょう?
少女が真っ直ぐに自分を見つめている。 見つめた鳶色の瞳から涙が零れ落ちていって、金色の宝石へと変じていった。
「ねえ、私は一体どんな夢を買ったの? どんな夢を見たいと願ったの? その夢は何処にあるの」
 少女はすっと友恵を指差した。
友恵はその少女の指差す先を見る。 そしてじっと自分のお腹を見つめた。
「ここ?」
いつの間にか友恵の身体は金色に輝いていた。
白と黒の世界の中、友恵の身体だけが鮮やかな色彩を持っていて、少女と二人呼応するように明滅していた。
 そう、それは夢の結晶。 貴女が望んだ未来とそして今。
少女が両腕を広げる。 その掌から無数に零れ落ちていく金色の雫、いや欠片。 美しい琥珀となって。
「そう――、ね。 そう、私は――望んだわ。 宝石のような目をした少年に、彼に――会いたいって」
 そして出会った。 私だけの運命に。
ねえ、どれだけ私がどきどきしてたか判る? 高校で隣の席になったとき、貴方が私を見てびっくりしたみたいに目を大きく見開いて。
ねえ、どれだけ私が嬉しかったか判る? 貴方が私の名を呼んで、そう――貴方の友人のアントニオ君に連れて行かれて助けに来てくれたとき。 初めて知ったの。 幼い時に出会いたいと思っていたあの少年が、成長してここに居るんだって。
 接近して手を触れ合って、抱きしめて肩を寄せ合い。 夏の蜃気楼が揺らめく熱気に、長く続く雪のしんとした冷たさ白い道に。
古びた教卓、チョークで汚れた黒板、大きく書いてくれた貴方の文字が。
 好きだ、友恵。
声に出して呼んでくれた貴方が。
眩暈がするほど幸福だった。 これが全て――全て夢だなんて。 ただの夢だなんて?

 ザザッ――。

 空間が揺れる。
何時もの道に現れる影。 ほらまたストップモーションだ。 世界が止まる。 取り残される。 制止した世界の中で友恵の知る懐かしい医師は哀色の瞳で友恵を見る。 友恵の傍らで少女が声無き声で叫び、友恵はまっすぐに村上医師の姿をした影に向き直った。
「これは――私の夢、なの? 現実ではないと? だってそんな、じゃあ私の今までの時間はどうなるの? 私の虎徹君はどうなるの? 無くなってしまうの?」
 ご覧。
彼はすっと遠くを指差す。
友恵はそこへと視線を走らせて息を呑んだ。
虎徹がいる。 少年の虎徹がぐいと拳で涙を拭い、歯を食いしばって歩いていく。 後ろから囃し立てる子供達。
 やーいやーい、気味の悪いN.E.X.T.。 お前なんか学校にくんな。 迷惑! 化け物!
ぐっと息を吸い込んで虎徹が駆け出した。 家に駆け込んで、自分の部屋に入り足を抱えて蹲る。
俺は化け物なんかじゃない、違う。 俺だって好きで能力が出たわけじゃない。 こんな力要らなかったのに。
悔しくて辛くて、泣きながら歯を食いしばって立ち上がり生きていく。 そして彼はレジェンドに出会うのだ。 シュテルンビルトのヒーローに。
そうして月日は移ろい、虎徹はヒーローになるという夢を胸に秘め高校生となった。
 しかし友恵はそこに見る。
いない、そこに自分は存在しないのだ。 虎徹の隣に座るのは見知らぬ誰か他の人で彼は彼女を見ない。 遠く視線を校舎遥か向こう、山裾の方に向かわせて何も言わない。
やがて虎徹はアントニオと出会い、二人ヒーローになると誓い合った。 親友との誓いで更にヒーローへの憧れを強めた彼は、日々コツコツと能力の訓練に費やしてまた時は流れる。 そうして虎徹は夢を叶え、シュテルンビルトでヒーローになるのだ。
 友恵は口を抑える。 そう虎徹は自分が居なくともヒーローになる。 自分など必要ない、自分が存在しなくとも彼はヒーローになる、そんな未来を生きていく。
涙が止まらない。 ねえ虎徹君、私の夢は必要なかったよ。 貴方と一緒に観たかった夢は私の夢じゃなかったってそう知らしめられることがこんなにも辛いなんて。
そして続く映像に友恵は胸が張り裂けそうになった。
 長くシュテルンビルトを守護した虎徹は、順当にその働きが認められ彼が憧れて止まなかったKOHとなった。 沸き返るシュテルンビルト、ヒーローとして上り詰めた彼は笑顔で手を振っている。 その傍らに居るのは今期参入した新人ヒーローのバーナビー・ブルックスJrだった。
虎徹がKOHになったその年、シュテルンビルトの七大企業がヒーローを独占。 OBCの上位企業であるが故に公平性に欠くということでヒーローを所持する権利を認められなかったアポロンメディアに、ついに司法局が認可を降ろした。
ワイルドタイガーの所属はトップマグからアポロンメディアへと移籍。 そろそろ活動年数からも引退を視野にいれていた虎徹は、自分の後続であるヒーローを育てる意味を含めて、アポロンメディアが全力でバックアップする新人とのバディヒーロー体制を受け入れた。
 つんけんして扱いにくそうな新人だったが、虎徹は持ち前の粘り強さとおおらかさで彼の信頼を勝ち取り、やがてタイガー&バーナビーはシュテルンビルトでなくてはならない存在となって行く。
 それは女性に対する愛とは全く違っていたが、虎徹はパートナーを手に入れたのだ。 人生において真実信頼し共に長く歩めるバディを。
「バニー、お前が俺の最大の理解者だ。 それと同時に俺が最も大切にするパートナーだ。 ありがとう。 お前と出会えて最高に幸せだ。 ずっとバディで居てくれ」
 引退しちゃうのにですか?
そう聞く金髪をごりごりとかき混ぜて虎徹が笑う。 ああ、引退してもずっとお前だけが俺のバディだ。 お前は俺の誇りだよ。
「虎徹さん、僕にとっても貴方が、貴方だけがバディだ。 僕は貴方以外のパートナーを持つ気は無い」
 こうしてバーナビーはワイルドタイガー引退後独立してKOHを目指す。
タイガー&バーナビーというバディスタイル時のポイントは二人一緒にカウントされていたせいで、暫くの間二人はKOHの座から転落していたが、バーナビーは独立後順調にポイントを稼いであっという間にKOHに上り詰めた。 虎徹とバーナビーは笑顔で抱擁する。
バニー、お前は俺の誇りだ。 虎徹さん、貴方が居てくれたから僕はヒーローになれた。 世界で最高の唯一のパートナーだと。

 友恵は成す術も無くそれを観ていた。 涙を零しながら見つめていた。

 そんな友恵の腰の辺りをくいくいと引く手がある。
その感触に友恵は振り返った。 恐らく幼い日の自分が見上げている。 自分が自分を慰めるだなんて滑稽だわと友恵は思った。

 ねえ、虎徹君、私は――――。



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