引き出しの中のものを順番に取り出し、鞄に適当に詰めていく途中で、しいなは手を止めた。物音がしなくなったことを不審に思い、ゼロスは顔を上げその背中を見る。
 何か声をかけようかとしたところで、外から声が聞こえた。
「頭領、おられますか?」
 しいなは顔を上げてそちらを見る。
「はいはーい、今行くよ!」
 さりげなく引き出しを閉め、ちらりとゼロスと目を合わせてから外に出ていった。ひとり取り残されたゼロスは、どうにも今のしいなの態度が気になり、そっと立ち上がる。引き出しを開けた。

「あれ? どうしたのさ?」
「おまえが相手してくんねーから、帰るわ。暇だし」
 呼ばれた用が済んで、家に戻る途中でゼロスとすれ違う。
「…そうかい?」
「おー。またな」
 ゼロスは振り向きもせずにひらひらと手を振った。
「うん、また…ね」
 首を傾げて見送っていると、向こうからおろちが来るのが見えた。ゼロスと一言二言交わして、こちらに来る。
「神子殿は何かあったのか?」
「…あたしが相手してくれないからつまらないってさ。怒ってたかい?」
 おろちは訝しげな顔になる。
「いや…、気味が悪いくらい笑っていたが?」
「…は?」
 ますます解らない。ゼロスの去ったほうに顔を向けたが、既に見えなくなっていた。

 自室に戻ったしいなは、さて片付けの続きをしようと引き出しを開ける。そこにあったのは、雪だるまのかけらたちが入っているハンカチ包みだった。さっき手を止めたのは、あまりにも懐かしかったからだ。
 それをそっと取り出して、しいなは眉を寄せる。机の上でハンカチ包みを開いた。

「しいな、どうした?」
 様子を見に来たおろちが声をかけても、しいなの表情は変わらない。
「どうもしてないよ?」
「…どうもしてない顔か、それが」
「そうかい?」
 満面の笑みだった。頬を染めて、口元を綻ばせていた。



 ハンカチの中にあったのは雪だるまのかけらたちではなかった。
 雪だるまのかけらたちはひとつ残らず消えていた。代わりにあったのは――桃色のリボン。

 幼い頃に、しいなに恋をすることが許されないことだと気付いた。しかし、どうしても捨てられなかった。捨てられないなら、隠して持っているしかない。大切に、大切に、誰にも見つからないように。
 引き出しのハンカチ包みの中身が初めて会ったときの雪だるまのものだとすぐに気付いた。それをポケットに突っ込み、リボンを包んだ。

 机の奥で忘れられていた思い出と、ポケットの奥に押し込められた想い。
 それらが十余年の歳月を経て、ようやくひとつに重なった。





 それから数日経ったある日のことだった。
 しいなは、ミズホの移動が完了したことをテセアラ王に報告するためにメルトキオを訪れていた。
「しいな様」
「おや、セバスチャンじゃないか。エミルたちと会って以来だから…三ヶ月振りかねえ?」
「左様でございます。ご無沙汰をしておりました」
 にっと歯を見せてしいなが笑うと、セバスチャンも微笑んだ。
「今日はあのバカいるかい?」
「はい。セレス様がお出かけになられているので、暇を持て余しておられました」
「セレスが? 身体は…大丈夫なのかい?」
「はい。このところ体調を崩すこともなく、見識を広げるためにと定期的にサイバックに通っておられます」
 身体の弱いセレスが元気でやっていると聞くのは嬉しい。元気があり過ぎるのは、やはりしいなにとっては迷惑なのだが…。
「そう、良かった…」
 関係はどうあれ、セレスを心配する心優しい彼女に、セバスチャンは微笑を深くした。
「城の用事が終わったら、お茶を頂きに寄っていいかな?」
「是非とも」
「ありがとう」
 しいなはきびすを返し城に向かう。

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