「おまえは、なんで大人しく膝を貸してくれたわけ?」 「…え…?」 「そう簡単に、男に膝を貸すような女じゃねーだろ」 「…それは」 言い淀むしいなを満足そうに見る。 「…次に会うときまでの宿題、な。答え、出しとけよ」 からかうようなゼロスの表情に腹が立った。 「出すか! あんたが出てけ!!」 勢いのまま追い出した。そうでなければ、堪えられる気がしなかったのだ。 閉めた戸に寄り掛かりながら、しいなは自覚した。こんな感情が自分の中にあるとは思わなかった。 あたし、ゼロスのことが、好き…なんだ。 寄り掛かったまま、ずるずると背中を擦る。座り込んで膝を抱えた。 相手が悪すぎる。テセアラ随一のプレイボーイだ。両手両足の指では足りないほど、女の子を識っている。比べられるのなんて、ごめんこうむりたい。 溜息ばかりが漏れる。 こういうときに限って、仕事はメルトキオに来るものしかない。さっさと陛下への謁見と精霊研究所への訪問を済ませてミズホに帰ろう。 そう思った矢先だった。 「…あ」 ゼロス、だ。 いつものように取り巻きに囲まれて、楽しそうに話をしている。 いつものように。 「…げっ。し、しいな…これはだな…」 しいなに気付いたゼロスは身構えた。 いつもなら怒り出すか、ぎろりと睨んで立ち去るかのどちらかであろう。 今日に限ってはそのどちらでもなかった。 しいなは駆け出した。まるで逃げ出すように。 「しいな…? おい、しいな!!」 慌てずにはいられなかった。見間違うはずはない。踵を返した拍子にきらりと光ったのは、涙だった。 「ミズホの田舎者ですわね」 「本当だわ。まだゼロス様の周りをうろついてらしたのね」 「ああ嫌だわ。さ、神子さま、参りましょう」 取り巻きたちがゼロスを促したが、ゼロスはしいなの去った方向を呆然と見つめていた。 涙…? しいなが? 情にほだされやすい彼女は、割と涙脆い部分がある。長い付き合いでそれは知っている。だが何故、今涙を流していたのか…。 「ゼロス様?」 取り巻きの声は聞こえなかった。 「神子さま!?」 走り出す。脇目も振らず、彼女を探すために。 自分でもまさか泣くとは思わなかった。胸が痛い。 メルトキオを出て、森を抜けた先の湖畔に膝を抱えて座り込み、しいなは溜息をついた。 どうしたらいいのだろう。こんなんじゃ仕事も出来やしない。 |