恋は突然やってくる。 まるで精巧に作られた落とし穴のように、思いも寄らないかたちで、前触れもなく落ちてしまう。 うまいことを言うものだ、と感じた。 いつものように突然やって来て、「寝かせてくれ」と人の膝を枕がわりに横になった男を、しいなは溜息混じりに見た。 すうすう寝息を立てて深い眠りに付いている。鼻をぎゅっと摘むと、唸ってから横を向いた。 「まったく…」 噂は聞いていた。眠らない男。いつ寝首をかかれるかわからない生活を余儀なくされた神子さまは、例え女性と一晩の恋を楽しんだ後ですらその横では眠らない。 教皇騎士団から追われながらメルトキオ城下街に侵入することになったとき、地下水道を抜けようと提案したのはゼロスだった。城門が全て閉められた後に自宅に帰る際に、よく使っていた抜け道らしい。何故そんな時間に外出し、また帰宅する必要があったのか聞かれたとき、ゼロスは遠回しではあったが当たり前のように女性を抱いた後だからと言った。 外には泊まらない。他人は信用しない。 そのゼロスが、こうしてあたしの膝で深い眠りに落ちている――しいなは複雑な心境になった。 信頼されていると捉えるべきだろうか。目を閉じて溜息をついてからもう一度目を開くと、ゼロスがこちらを見上げていた。 「お、起きたのかい?」 声が上擦ったしいなにゼロスは少し呆れているようだった。 「寝てる人の鼻つまんどいて言う台詞かよ…」 あくび。 「どうしたよ?」 「えっ?」 「色っぽく溜息なんかついちゃって。恋煩い? 俺さまに」 顔がかっと熱くなり、しいなは容赦なく立ち上がった。ゼロスの頭が膝から落ちる。鈍い音がした。 「いってえ!」 「人が優しく膝を貸してやってたってのに、調子に乗るんじゃないよ!」 頭を抱えてうずくまる男を見下ろして、しいなは胸が痛んだ。 「だいたい…、あんたには膝を貸してくれる女の子なんか山ほどいるはずじゃないか。なんでわざわざミズホに来てまで、あたしに借りに来るのさ…」 語尾はほとんど聞こえなかった。ゼロスの視線がみるみる真剣なものになったことに気圧されたのだ。 「…それを、聞くわけ?」 にやりと口角が上がる。 「言わなくても、解ってるはずだぜ?」 ゼロスはおもむろに立ち上がり、しいなを追い詰める。じりじりと後ずさるしいなの背中が壁に到達するまで、時間は必要なかった。 |