puppy love




 息を吐いた。澄んだ群青色に白いもやもやが溶ける。
「…さむ…」
 防寒着は着ているが、首や手が寒い。ぶるっと震えると、隣に立っていたゼロスがちらりと視線をよこした。
「…しょーがねーな…」
 ぶつぶつ言いながらゼロスはマフラーを解く。
「え、いいよ。そんなつもりじゃ…」
「いいんだよ。女の子に寒い思いさせるわけにはいかねーだろ。妖怪暴力鬼女も女には変わりねーし…あだっ」
「殴るよ!」
「だから殴ってから言うなって…」
 マフラーを貸そうとしているのに、割に合わない…とは思わない。こうしているのは楽しい。

 ゼロスはしいなの首に優しくマフラーをかける。
「…ありがと」
 唇を尖らせたしいなの頬が赤くなるのを見逃すゼロスではない。ふっと息を吐いて笑う。
「でも、あんた、寒くない?」
「気にすんな。てかおまえがあっためてくれたら嬉しいんだけど? 例えばベッドの中…いてててて!」
 しいなは真っ赤な顔でゼロスの長い髪を引っ張った。
「減らず口もほどほどにしな、このアホ神子!」
「わかった、わかったから離せって!」
 ぱっと離すと、ゼロスは涙目で髪の毛先をつまんだ。
「手加減しろよな…」
 そんなゼロスをちらりと見て、しいなは思い切ったようにマフラーを外す。
「何やってんだ、おまえ…?」
 ゼロスは固まった。あろうことか、しいなは一本のマフラーをふたりに同時に巻いたのだ。それほど長くはない。距離が、近い。
 しいなはゼロスの顔を見なかった。赤い頬でぼそりと吐き捨てる。
「これで、ふたりともあったかいだろ?」
 ゼロスは既視感を感じた。



 母親が殺されて、一年経った頃だった。
 それは突然訪れた。
 赤い雪がフラッシュバックする。
 自覚せざるを得なかった。脚ががくがくと震え出したのだった。
 強烈なトラウマ。
 コートを着て、マフラーを巻いて、完全防備をしているのに、震えは止まらなかった。
 街は一面の銀世界。この寒い空の下に好き好んで出てくるものなどいない。
 孤独――。

 ――いた。

 精霊研究所の前に、ぽつりと小さな人影が見えた。
 黒い髪。見慣れない装束。メルトキオの子供ではない。
 塀にもたれ掛かりながら、少女は息を自分の手に吐きかけていた。
 何かに誘われるように、ゼロスは足を運ぶ。
 少女がこちらに気付いた。
「なに?」
「…寒くないの? そんな格好で」


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