若い3人を見送りながらイガグリ老はニコニコと笑っていた。
「ワシの願い事、教えてやろうかの?」
「頭領、お戯れを」
 タイガは苦笑いした。
「どうせおぬしにはバレバレじゃ」
 まるでイタズラっ子のようにべっと舌を出す。
「今年はしいなも20歳じゃ。ワシが眠っている間に、随分大きくなったの」
「そうですね」
「…しいなと初めて会ったときのことを覚えておるかな」
 タイガはよく覚えていた。鬱蒼としたガオラキアの森に捨てられていた子供。怨霊や魔物の棲むあの森で、年端もいかない少女がひとりで生きていたことは、奇跡だった。
「突然連れて帰って養子にする、なんて言い出しましたからね。あのときは驚きましたとも」
 イガグリ老は笑ったが、すぐに俯く。
「あれは特別な力を持っとった。現に次々と忍びの術技を覚え、研究所で召喚士の適性試験にも通った。じゃが、そのせいで人生が狂ってしもうた…」
 言うまでもなく、ミズホの大事故のことである。たくさんの命が失われたその責任は、わずか7歳の少女のちいさな肩に全て負わされたのだ。
「ワシはの、あれに幸せになってほしいだけなんじゃ。血の繋がった肉親も知らぬ。随分辛い人生を歩んで来たのじゃろ。こんなことを言うとおぬしに怒られるかもしれんが、頭領になんぞこだわらなくてもいいと思っておる」
「…それは、しいなを嫁に出すということですか?」
 狼狽したタイガに、迷いなくイガグリ老は頷く。
「おぬしの話では、おろちはしいなをよく支えてくれた。ゼロス殿はあれの女を呼び覚ました。そしてロイド殿に恋をした」
 その通り、とタイガは頷く。
「最終的にしいなが誰を選ぶかじゃが、ワシは誰でもいいと思っとる。それくらいの我が儘はさせてもよかろう」
 一度言い始めたら頑固な老人に、タイガは溜息をつく。
「誰が我が儘なのやら…」
「ほっほっほ。さて、参拝するかの」
 もう随分離れてしまったしいなを見てから、イガグリ老は踵を返す。タイガもそれに続いた。



 並んで歩きながら、話題を元に戻していた。
「俺さまはな、今年こそしいなが俺さまのものになるように願い事しといたんだぜ?」
「残念だが願い事を人に言うと叶わなくなるそうだ」
「うるせーよ」
「事実だ」
「いい加減にしな。何度言わせる気だい?」
「…」
「…」
 懲りないふたりの男に、まったく、と肩をいからせながら、しいなは自分の願い事を思い返す。


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