「ゼロス様…!」
 ゼロスはペロッと舌を出した。
「ごめんごめん。退屈でつい、ね」
「せめて私には声をおかけ下さい」
「…わかったよ。しょうがないなあ」
 ゼロスはしいなを見て笑った。ほらね、過保護でしょ――そう言いたかったのかも知れない。
 セバスチャンはしいなを見た。
「こちらは…?」
「しいな。さっき知り合ったんだ」
「は、はじめまして…」
「はじめまして、しいな様。私はセバスチャンと申します。代々の神子さまの執事を勤めさせて頂いております」
「え…?」
 しいなは目を見開き、おおきくしばたたく。
「…神子?」
 ゼロスはちょっと困ったように笑った。
「…まだ、正式には神子じゃないけど、ね」
 しいなは己の迂闊さを恥じた。紅の髪、ゼロスという名前、貴族。少し考えれば解るはずだ。次代の神子ゼロス・ワイルダーだと。
「あたし…すごく失礼なことを…」
 マナの一族ワイルダー家といえば、王家に次ぐ権力を持つ子爵だ。しいなは王家に仕えるミズホの民。直接の主従関係ではないにしろ、神子、あるいはそれに準ずる者を呼び捨てにしたり、敬語をおろそかにするなどはさすがにはばかられる。
「いいんだ」
「…え…?」
 ゼロスは首を横に振った。それから真っ直ぐにしいなを見つめる。
「呼び捨てでも、敬語なんて使わなくても構わない」
 外気に冷たくなりはじめたしいなの手を、ゼロスはそっと握った。
「しいなは…特別だから」
「と、特別って…」
 顔を真っ赤にするしいなに、ゼロスはぱっと手を離す。
「また一緒に遊んでくれる?」
「え? う、うん。あたしは構わないけど…」
 ちらりとセバスチャンを見上げた。その視線に、ゼロスも自分の執事を見る。
「構わないよね?」
「ええ。きちんと私に一声かけてからお出かけなさるなら、ですよ」
 ゼロスの口元が緩む。
「約束ね」
 手袋を脱いで小指を差し出す。しいなもためらいがちに同じ指を絡ませた。
「うん…」
 きゅっと握って、離す。
「またね、しいな」
「…またね、ゼロス…」
 屈託のないゼロスの笑顔に、しいなはややぎこちない笑みを返す。
 ゼロスはセバスチャンを従えて貴族街に向かう。何度も何度もしいなを振り返り、その度に手を振っていた。
 やがて見えなくなり、しいなは軽い溜息をついた。ふと視線を移すと、小さな雪だるまが目に入る。ミニチュアのバケツ、ボタンの目、枯れ枝の腕。ゼロスが置き去りにした雪だるま。
 そっと手に取る。冷たかった。それでも放っておく気にはなれず、持ったままゼロスが消えた方向と反対側に歩きだした。


 つづく

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