「試供品よ、化粧品の」
 にっこりと笑う。
「格好が格好だからそんなにしっかりは出来ないけれど、口紅くらいならと思って」
 何色かの口紅が絵の具のパレットのように並んだ厚紙をコレットの顔の横に並べ、比べ見る。
「少し日焼けしたようだから、オレンジにしましょうか。明るい色がいいわね」
 同じく試供品である紅筆の袋を破り、唇の上に色を付けていく。
「そうね、マスカラとまではいかなくても、まつげも少し上げてみましょうか。これは借り物なのだけれど」
 ビューラーを取り出したリフィルに、用意周到というかなんというか、しいなは苦笑いした。
「…これでいいわね」
 コレットは鏡に顔を向け、わあ、と声を上げた。
「口紅とまつげだけなのに…」
 満足げなコレットに、三人は顔を見合わせて笑う。一度頷いてから、しいなはプレセアのほうを向いた。
「さ、次はプレセアだよ」
「え…?」
「コレットの服を見てたときにねえ、可愛いワンピースを見つけたんだ。プレセアにいいんじゃないかなと思って」
 紙袋を取り出したしいなに、プレセアはうろたえた。
「でも…」
「私も見たけれど、似合うと思うわよ。プレセアもイメチェンしてみたらいいわ。どうせなら、ね」
 リフィルの言葉を聞きながらしいなが出したワンピースは、ハイビスカスがプリントされた、色鮮やかなものだった。両肩でリボンを結ぶシンプルなデザインだが、かえってそれがハイビスカスの花を際立たせる。
「いつもグレーのワンピースだからね。たまにはこんな色も着たらいいんだよ」
「うん、プレセアも着替えよう!」
 プレセアはじっとコレットを見た。いつもと違う服、いつもと違う髪型、いつもはしないお化粧…いつもと違った美しさを持つコレットが、少し羨ましかった。
「…で、では着てみます」
 先程の、着替える前のコレットのように、プレセアもはにかんだ。

「…これでいいのかな?」
「…そうね、じゃあ…」
「…で、いいね。よし、出来上がり」
 プレセアは鏡を見た。丁寧にまとめられた一本のお下げ髪を前に垂らしている。結わえたリボンは赤とオレンジのハイビスカスのワンピースに映える緑。少し厚底のサンダル。そして、ほのかなピンクのリップクリーム。
「どう?」
「どうだい?」
「どうかしら?」
 三人に詰め寄られ、プレセアは軽く身を引いた。
「…なんだか、不思議です。自分が違う人のようで…」
 コレットは頷いた。
「その気持ち、わかる。わたしもそう思ったもん」
 リフィルとしいながしめしめと顔を見合わせる。
「イメチェンって言ったらそんなもんさ。さあ、ビーチに行こうか?」
 え、とコレットとプレセアが声を揃えた。
「…しいなさんとリフィルさんは?」
「あたしたちはいいよ。ねえ、リフィル?」
 しいなが苦笑いをリフィルに向けたが、リフィルは意地悪そうに笑った。
「あら、私はあなたに似合いそうな服も何着か見付けておいたわよ? あなたの場合、試着しないことには解らないから買いはしなかったけどね」
 しいなの唇端が引き攣った。
「そうとなれば…」
「しいなさんもイメチェン、ですね」
 コレットとプレセアがしいなににじり寄る。
「ちょっ…、待っておくれよ」
「さ、何着か持ってくるから、コレットとプレセアはしいなの服を脱がせておいて頂戴」
「…リフィ…ちょっ、コレット、プレセア、やめ…!」
 しいなの叫びもなんのその、コレットとプレセアに試着室へと運ばれてしまった。



「…大きいですよね」
「…大きいね。うらやましい」
「あのねえ!」
「これだからしいなは試着しないとダメなのよね…」
「胴回りはぴったりなんですけどね…」
「うらやましい…」
「ちょっと!」
「このプロポーションだもの、強調しない手はないわよ?」
「でもデザインと身体のラインが合ってません」
「どう見ても胸のところが…」
「あたしは着せ替え人形じゃないよ!」
「いっそシンプルなデザインにしてはどうかしら?」
「それも有りですね。思い切ってこういうのはどうでしょうか」
「…スタイルいいなあ…」
「…あ、あたし、こういうスカート、着たことないんだけど…」
「なら好都合じゃないの。下着は透けてないわね?」
「大丈夫です」
「じゃあ靴はこんな感じかな?」
「…は、恥ずかしいよ…」
「よく似合ってるわよ。化粧は…あんまりしないほうがいいわね」
「コレットさんと同じくらいで大丈夫だと思います」
「口紅はどれが似合うかな?」
「う……」
「唇が荒れてるわよ。もう少し気をつけなさい」
「透明なのでいいんですか?」
「あ、でも、艶が出て…」
「……」
「これでいいわね。髪は下ろしたほうがいいわ」
「綺麗です」
「じゃあ帽子はこれ!」
「…なんかさ…」
 鏡を見るしいなに、三人の視線が集まった。
「誰? これ…って感じなんだけど」


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