キスくらいは…と思ったが、散々悩んだ挙げ句、やめた。布団を掛ける。
 まだ明るい部屋を横切り、デスクの引き出しから鍵束を出す。迷うことなく一つを選び、本棚に向かった。しいなには官能小説があると見せなかった棚。
 かちり、と音が響く。
 開いたそこにあったものは、官能小説などではない。所狭しと並べられたファイル。
 ゼロスは鍵を指で弄びながら、ファイルの山を見つめた。
 そんなに昔ではない。10年は経っていなかったはずだ。ひとつを取り出し開く。
 ――ビンゴ。
 藤林しいな。ミズホ頭領のひとり娘。
 この調書を読むのは、フェアじゃない。そう思いながら、ゼロスは視線を走らせた。眉間にシワが寄る。ページをめくる手を止め、立ち尽くした。
 努めて、冷静さを保ち、ファイルを片付け鍵をしまう。
 ベッドに歩み寄り、腰を下ろした。
「…きついよなぁ」
 ミズホには、精霊と契約し使役させる秘技・召喚術がある。その継承者である藤林しいなは幼年時、雷の精霊ヴォルトと契約を試み失敗。数十名で臨んだ儀式の生存者はたったふたりであった。ひとりは藤林しいな自身。もうひとりは、彼女の父でミズホ頭領の藤林イガグリ――彼は今も原因不明の昏睡状態から目覚めない。
「……頭領…」
 ぽつり、としいなは涙を流した。ゼロスはその涙を拭い、手を握る。



 あたしはぼんやりした意識の中、誰かが手を握ってくれているのを感じた。
 コリンが傍にいるようになって、あたしはひとりぼっちではなくなったけれど、手を握られることはない。だから、思い出した。小さい頃のことを。あたしがまだ、里のみんなと手を繋いでいたときのことを。
 あの事故が起こる前のことを。

 光を感じて、うっすらと目を開けた。見慣れない天井…天蓋?
 一気に意識が覚醒して、あたしは跳び起きた。髪はボサボサで、カーディガンもバスローブもはだけている。だいぶ胸が開いてしまっていたので、慌てて直した。
「ん…、おはよ、しいな」
「コリン…、おはよう」
 勢いよく布団をずらされたため、コリンも起きてしまったようだ。
 そっとベッドから降りる。スリッパに足を差し込むと、自分でも驚くくらい鼓動が激しくなった。
 あたし、ゼロスのベッドで寝ちゃった? 天蓋を見た先の記憶がない。
 スリッパも脱がされて、ベッドの真ん中に移動させられて、布団も掛けられて――寝顔なんかばっちり見られて?
 なんで? あたしらしくもない。そんなにゼロスに心を許していた? そう悪いやつじゃない。それはわかる。…違う、疲れていただけ。仲間意識があっただけ。それ以外のなにものでもないんだ。
 あたしはかぶりを振って、ベッドの横に置いてあった着替えを手に取った。

「…ゼロス」
 テセアラ城の屋根の上で、ゼロスは眠っていた。と思っていたら、目を閉じたまま応えた。
「セバスチャンに聞いたのか?」
「…うん」
 ゼロスが横になっている隣に腰を下ろす。
「ベッド占領しちゃってごめんね」
「まったくだ。まさか寝るとは思わなかったぜ?」
 あたしの頬が熱くなった。ゼロスはまだ目を閉じたままだったが。
「ま、可愛い寝顔も見れたし、構わねーけどな」
 やっぱり、見られた。なんとなくいたたまれない気持ちになってくる。
「…あのさ…、寝てるとき、もしかして、手を握っててくれた?」
「……いいや?」
 否定。じゃあ、あのぬくもりは誰のものだったのか。
「俺さまと手を繋いでる夢でも見たか?」
「違う!」
 そこでやっとまぶたを開き、ゼロスは微笑んだ。「よっ」と反動をつけそのまま上体を起こす。
 あたしたちは並んで座りながら、東の空から昇る太陽を見つめていた。なるほど、これは絶景ポイントだった。
 街が少しずつ光に照らされて、陰が消えていく。
 まだ少し肌寒い。微かに震えると、ゼロスは肩を抱き寄せてきた。
「女の子は身体冷やしちゃダメよー?」
 まただ。また慣れない女の子扱い。離して、と言おうとしたら、ゼロスは再び口を開いた。
「なあ、しいな」
「…何さ」
 朝陽に照らされたゼロスの横顔を見た。ゆっくりとこちらを向く。距離が近い。
 目が合った。

「…俺さまたち、付き合わないか?」



 To be continued...

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