「あ、うん。あたし、ミズホってとこ出身なんだ。こことは全然文化が違うからね」
 あたしは花瓶に差してある白い花を見ながら説明する。
「ああ、聞いたことあるぜ。隠れ里ミズホの話。会ったことはないけどな」
「裏稼業が生業だからね。あんたみたいな表舞台の世界に生きる人間とは接点は少ないさ」
 ゼロスは苦笑いする。
「そんなことホイホイ言っていいのかよ。面割れちまっちゃあ困る職種だろーが」
「あ…」
 あたしは口を押さえた。ゼロスとしばらく見つめ合っていたら、また笑われてしまった。
「おまえ、案外ドジだな」
 椅子の背もたれに額を付けて、肩を震わせている。
「そ、そんなに笑うことないじゃないか! それより、他の人に話したりしないだろうね!?」
「しねーよ。こんな可愛いの他の奴になんか教えてやるかよ」
「……」
 またそうやってすぐにからかう。やっぱり信用ならない。顔から火が出そうなのをごまかすように、あたしはゼロスを睨んだ。
 本棚の前に移動する。歴史を中心とした学問書、辞書、事典…勉強の苦手なあたしには難しいちんぷんかんぷんなものばかり。…意外だ。
 その中で、彼らしい箇所を見つけた。宝石、香水や音楽、菓子、星座…ファッションやロマンチックな会話には欠かせないものばかりだ。あたしは着飾ることには、そんなに興味はない。しかし、心引かれて一冊の本を手に取る。花。ページをめくっていると、ある写真を見つけた。
 そのページをゼロスに見せる。
「これが、あたしのファミリーネームだよ。藤の花」
「…ウィステリアか。なるほどな」
 辞典を受け取り、あたしとそのページを交互に見た。
「まだちょっとウィステリアには…早いな。もちっと成熟してもらわないと」
「…どういう意味だい」
 その視線になんとなくムカムカする。ゼロスは意に介さずじっと見つめてきた。
「そうだな…、おまえは、コスモス、ヴァイオレット、アイリス…ラベンダー…そんなところだな」
「勝手に言ってな」
 辞典を引ったくり、棚に戻す。横に移動すると、扉のついた棚があった。中は見えない。
「そこは見ねーほうがいいぜ」
「何があるのさ」
「官能小説」
「……!?」
 扉に触れようとした手を急速に引っ込めた。持ち主はニヤニヤしながらこちらを見ている。
 罵倒しようとして口を開くと、ドアをノックする音が響いた。
「ゼロス様、お茶をお持ちしました」
「入れ」
 セバスチャンだった。部屋の隅のほうに赤い顔で突っ立っているあたしを見ることなく、あくまで事務的な動作だった。
「あとは自分でやるから下がっていいぞ」
「かしこまりました」
 セバスチャンが退室するのと同時にゼロスは立ち上がる。
「ほれ、こっち来い」
 ティーポットに茶葉を入れ、湯を注ぐ。ソーサーを並べ、砂時計が全て落ち切るのを確認し、カップに紅茶を注いだ。手慣れた、無駄のない、洗練された優雅な動作。
 あたしはポカンとしていた。紅茶の香りがふわりと鼻をくすぐる。
「プレーン? ミルク? それとも、レモン?」
「あ…プレーンで」
「夕食前だから菓子はないが…まあ次の機会にな」
 次の機会があるのだろうか?
 椅子に座る前にコリンの姿を探した。ふかふかのベッドの上で休んでいるようだ。
「構わないぜ。寝せとけ」
 ゼロスは本当に気にすることなく、立ったまま紅茶を啜った。あたしは椅子に座り、熱いカップに唇をつけた。いい匂い。
 喉を熱が通り過ぎる。ほっとした。やっぱり今日の騒動であたしは相当疲れていたんだなと再認識した。
 ふう、と長く息を吐いたあたしを、ゼロスは満足げに見た。にやりとした笑みも彼らしいのだが、こんな笑顔をされると照れてしまう。

 食事までの間、そして食事時、食後と尽きることなくずっと言葉を交わしていた。ゼロスは、話すのがうまい、と感じた。短い時間であたしはたくさんのことを話したと思う。それでも、あたしの家族や生い立ち、過去には触れないでいてくれた。あたしが少しでも暗い表情になると、察して話題をすぐに切り替えていた。
 そのかわり、ゼロスも自らの表面しか話さなかった。話したくないことが多いからなのか、話してしまえばあたしが自分のことも話さなければとプレッシャーを感じるだろうと思ったからなのかはわからない。

 それでもいろいろな話を聞いた。例えば食べ物の話。
「しいなは料理するのか?」
「まあ、それなりにね。野宿とかするから、ちゃんと肉も魚もさばけないと。調理も出来ないと生きていけないわけだから」
「俺さましいなの手料理食べてみたいな〜」
「…一宿一飯の借りも出来ちまったし…。いいよ」
「マジ? 言ってみるもんだなあ」
「あんた、好きなものは?」
「メロン」
「…切って出すだけって醜態は見せないようにするよ」

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