お互いに片想い 〜Dearest〜




「あの〜、おふたりはどういう関係で?」
 軽口を叩くゼロスと、それに腹を立てるしいなを見て、ジーニアスがそう質問した。
「腐れ縁!」
「腐れ縁〜」
 異口同音。しいなは怒りの声、ゼロスは笑顔。ふたりに迫られてジーニアスは思わず退いた。



 あたしは、ジーニアスにちいさな嘘をついた。
 腐れ縁…。
 確かにそうなのだけど、それは間違いないのだけれど…。



 テセアラに無事帰還したその夜のこと。
 ロイドとジーニアス、コレットとリフィルはそれぞれテセアラ城に部屋をあてがわれ、一晩を過ごす。
 当然、ゼロスは自宅に帰る。

「…あのさ」
「んー?」
「なんでこんなことになってるのか、詳しく説明してくれるかい?」
 あたしは、何故か、ゼロスの家の、ゼロスの部屋、ゼロスのベッドの上で、その主に押し倒されていた。
「さっき言ったでしょーよ。でっかい貸しを返してもらうのよ、おまえに」
 コレットの天使疾患を治すため、テセアラを旅することを許されたあたしたちの監視役として、ゼロスが名乗り出たことである。確かにあそこでゼロスが名乗り出なければ、教皇関係者辺りが就いたかも知れないのだが…。
 ゼロスは嬉々としてあたしの髪を撫でている。解かれたリボンは、ベッドサイドのテーブルに置かれていた。
 もしみんなが見ていたのなら、押し倒された時点で即座に張り倒したはずだった。
 溜息。
 その体勢のまま、ゼロスは具体的に何かをしてくるわけではない。ただ、髪や頬を撫でているだけだ。女遊びが激しいのは承知しているが、だからこそ無理強いはしないだろう、と思っている。…多分。
「のこのこ俺さまの部屋に入るから悪いんだぜ?」
 あたしはただ、旅立つ前に会った手前、シルヴァラントでの出来事を話さなければと思っただけだ。こうなることを期待していたわけではない。
「今まで、あんたの寝室に足を踏み入れた女の子と一緒にしないでおくれ」
 冷静に言ったつもりだ。ゼロスはまぶたをしばたたく。それから口端を持ち上げた。
「この部屋には、おまえ以外の女を入れたことなんてねーよ」
「…え?」
 口は笑っているが、目は真剣だ。この男はよくこういう表情をする。思わず胸が悲鳴をあげるような顔だ。
「…どういう意味さ」
 わずかに頬が熱い。
「言ったろ? 解ってんだろ、ハニー、ってな」
 髪を撫でていた手を服にかけた。
 すうっと風が通る感覚。肩がむき出しになった。
 あたしはゼロスを見上げたまま、再び溜息をつく。
「…抵抗しねーの?」
 少し顔を近付けて、ゼロスは訝しそうに見つめてきた。そんなことを聞くのなら、最初からこんなことをしなければいいのに。
「…あんたに借りを作ったのは確かだし。借りは、借りさ」
 クラトスに剣を突き付けられたあたしに、ロイドが言ったことを思い出す。借りは借り。返さなければ。
「…おまえはそれでいいのか?」
「いいも何も。…ただ」
「ただ?」
 あたしは視線をそらした。どんな表情をしていたかは、自分でも解らない。
「どうせあんたに抱かれるなら…、別の形で抱かれたかったと思っただけさ」
 言ってから、視線をゼロスに戻す。今度は口元すら笑わない真剣な顔。
 沈黙。
 痺れを切らしかけ、あたしが口を開こうとしたときに、ゼロスが沈黙を破った。
「…傷痕がある」
「…え?」
「ここ」
 顎を、つ、となぞる。
「ああ…、蹴られたんだよ」
「蹴られたぁ? 誰にだ」
「あんたの知らない奴」
 眉間にシワを寄せ、ゼロスはもう一度質問を繰り返した。
「…誰だ」
「コレットの監視をしていた男だよ。クラトスって奴さ。世界の最高機関クルシスの天使だって」
「クラトス…」
 噛み締めるように、ゼロスはその名を呟く。まるでその相手を思い浮かべているような、苦々しい表情である。
「…ここは?」
 額の傷。ゼロスはいたわるように優しく撫でた。
「多分ルインで…かな。街がディザイアンに襲われてさ」
 肩がはだけたまま、押し倒された体勢のまま、あたしは説明した。
「…そーか。それなりに苦労したみてーだな」
 言いながら、ゼロスはあたしの服を直す。
「…いいのかい?」
 借りを返さなくても、と続けようとして遮られた。
「したいのか?」
「ばっ…!」
「おまえがしたいんなら、遠慮なくやるぜ?」
 耳が熱い。そんなあたしに、ゼロスはくつくつと笑った。
「顔すげー真っ赤」
「うるさい!」
 押し倒す体勢を解き、腹を抱えて笑っている。あたしは上体を起こし、着衣の乱れを直しながら笑うなと怒鳴った。
「とりあえず今のおまえの顔で返してもらったことにするわ」
 下ろしたままの髪を、また優しく撫でる。
 並んでベッドに座るあたしたちは、もう既にいつものあたしたちだった。
「まあ、よく無事で帰ってきたな。俺さまの元に」

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