救いの塔の瓦礫を踏み付けながら、ゼロスとしいなは足を進めた。目的地はもうすぐだった。 「まだ片付いてなかったんだね」 「まー、あんだけの塔だからなぁ。時間がかかるのはしょうがないんだろーが…、これじゃ手付かずに等しいな」 大きな瓦礫に登るとき、差し出された大きな手に自らのそれを重ね、強く引いてもらう。 「…ありがと」 「おー」 小さく笑う。この一回り大きい瓦礫を乗り越えれば目的地だ。 しいなの身体を瓦礫の上に引き上げ、ゼロスは目的の方向に視線を向けた。 「…あいつ…」 僅かに驚いたその表情に、しいなも視線を向けた。 「あ…」 瓦礫のなかに、まだ小さな茂みが生まれていた。その中心には、やがて大樹となる若い木がある。それがふたりの目的であった。 その木の前に、人影がある。ふたりのよく知った人物。 しいなは近寄った。瓦礫から飛び降りると、その音に影が振り向く。深い空のような、澄んだ青い髪を揺らして。 「…おまえたちか」 さほど興味もなさそうに呟く男に、しいなは笑いかけた。 「久し振りだね、ユアン」 ふたつの世界は統合された。 あるべき姿に戻ったとはいえ、世界中のマナの流れは一気に変わり、天変地異は頻発に起こっている。 しいなはいくつかの役割を平行して進めなければならなかった。それはミズホの新頭領であったり、テセアラからシルヴァラントに対する和平の使者であったりするのだが、今回は召霊符術士――いわゆる召喚士として、世界中の精霊を調査していた。 何故ゼロスと共に旅をすることになったのかは、別のお話。 顔を合わせた瞬間に、互いの目的は理解出来た。 ゼロスとしいなは精霊マーテルの様子を確認しに、ユアンはかつての婚約者マーテルの面影を探しに――。 ユアンは木を見つめた。まだ若い木。驚くほどマナの満ちた希望の光。その光の向こうに彼女の姿を探す。むろん、そこにはいない。 胸が締め付けられるような気持ちに、しいなは泣きそうになった。どうしても戻ってはこない幸せが確かにそこにあった。ゼロスはそれを見てひとつ息を吐く。 「おまえがそんな顔してもしょーがねーだろ」 「わかってるよ」 ユアンは少しむくれたしいなを見やる。 「…精霊マーテルの調査に来たのだろう。私はもうレネゲードに戻る。邪魔はすまい」 踵を返した男に向かい、小さく、え、と声が漏れた。 「マーテルに…、会って行かないのかい?」 一瞥。 「ロイドとコレットから聞いた。精霊マーテルは、私の知るマーテルとは違う。あくまで彼女と今まで犠牲になった神子たちの祈りが生み出した存在だ」 「それでも…」 食い下がるしいなの肩をゼロスが掴む。 「ゼロス…」 「察してやれよ。見た目好きな女そっくりの、中身が全く違う女なんて、会うだけかえって辛くなるんだよ」 しいなはきゅっと唇を噛む。 「俺らはコレットちゃんに入ったマーテルに会ってるけどよ、そいつはそれすら逃してるんだぜ。下手な同情はおまえの悪い癖だ」 その言葉にユアンは肯定も否定もしないまま、立ち去ろうとした。 「…待って」 足を止め、ユアンはおもむろに振り返る。 「おい、しいな…」 「あたし、出来るかも知れない」 ユアンは軽く、ゼロスはあからさまに眉を寄せた。 「何をだ?」 「…マーテルを呼ぶこと。精霊のほうじゃなくて、ミトスのお姉さんを」 「はあ?」 ゼロスは軽く呆れているようだった。 「だって、好きな人と会えないままなんて…辛いじゃないか」 「だからって」 「すごく失礼なことだと思う。あんたにも、マーテルにも。だけど、あたし、あんたにも世話になったし…、恩返しったら何だけどさ」 何度もゼロスの言葉を遮って、しいなは訴えた。情にほだされやすいのはしいなの優しさという長所でもあり、冷静さを欠く短所でもある。 「もちろん、ユアン自身が嫌ならいいんだ。でも、きっと、今なら呼べる」 眉間のシワを解き、ユアンはしいなと向かい合った。 「…根拠は」 怒りは感じない。しかし期待も感じない。腕組みしながら淡々とした声で問いかけた。 「…ひとつめは、あたしが召霊符術士だということ。精霊と人間の魂は似て非なるものではあるけれど、精霊マーテルの中に潜むマーテルなら、もしかしたら喚ぶことが出来るかも知れない」 隣で小さく「…マジかよ」と呟く声が聞こえた。 「ふたつめは?」 「あたしがちょっとだけ自分の体内のマナを操作出来ること。もちろん、エルフやハーフエルフ、ゼロスやクラトスみたいに魔導注入を受けた人間には敵わないにしても」 ユアンとゼロスがちらりと視線を合わせる。 「以前、戦いであたしは体内のマナを空っぽにしちゃったことがあったんだけど…」 テセアラ救いの塔、ゼロスが裏切ったときのことだ。 |